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春秋くんは今日も胃痛を抱えている。
春秋くんは今日も胃痛を抱えている。
はじめアキラ
BLファンタジーBL
2025年06月17日
公開日
1.3万字
完結済
「あと五分じゃなくて一時間!?遅刻してえのかお前!!」  魔王とその軍勢を育てるための学校・魔王学園アルカディア。その高等部一年生の木曾春秋は、いつもルームメイトに振り回されている。  その名も長良氷。  彼ときたら天下絶世の美少年であるにも関わらず、生活力ゼロのボケっ倒し人間ときた。  幼馴染で、彼に片思いしている春秋は今日も今日とて面倒を見るのに追われており……。 ※同作者の長編『魔王陛下の継承者』と同世界観の作品です。ただしこちらは性的描写も残酷描写も皆無となっています。

<前編>

 俺のルームメイトである魔性の男、長良氷ながらこおりを紹介しようと思う。

 どういうルームメイトかって?いや、一緒にアパート借りてるとかそういうわけじゃない。俺達は魔族の子供、将来魔王軍に入るための養成学校である『魔王学園アルカディア』の高等部に通っている一年生の生徒だ。ここは男子校で全寮制であるため、俺・木曾春秋きそはるあきと氷は同じ部屋で暮らしているというわけである。まあそれだけの関係だ。俺がちょっとその、氷に対していろいろあれこれな感情を抱いている以外には。

 あくまで片思いだし、向こうは俺の気持ちなんかこれっぽっちも気づいていないだろう。と、今大事なのはそういうことじゃない。

 この氷というクラスメートが極めて厄介極まりない、ということである。


「ううん……」


 今日も今日とて、氷はベッドの上でシーツにくるまっている。二段ベッドの上から降りてきた俺は、思わずその姿に見惚れてしまう。毎朝見ているのに、本当に心臓に悪いったらない!

 腰まである長い銀髪。同じいろの長い睫毛、女の子のような繊細な美貌。もしドレスでも着て眠っていたら、さぞかし絵になったことだろう。パジャマ姿で寝っ転がっているだけでも、ああ今日も綺麗すぎてやばい、と思うくらいなのだから。

 問題は。


「……おい、氷。てめえ」


 俺は低い声を出す。


「もう八時だっつってるだろうが!いつまで寝てやがるんだあああああああああああ!?いい加減自分で目覚ましかけろゴラァ!!」

「ふわあああああ!?」


 俺は強引に彼のシーツをひっぺがした。こう見えてもこの木曾春秋、腕力には自信がある。なんといってもアメフト部のラインバッカーなのだから。シーツをなんとか手繰り寄せようとする華奢な氷ごと、ベッドから引きずりだした。無惨に床に転がったお姫様は、むにゃむにゃと何かを言っている。


「……ねむい。あと、一時間……」

「あと五分じゃなくて一時間!?遅刻してえのかお前!!」


 なんて甘えた奴なんだ、と俺は頭を抱える。彼の枕元に置かれた置時計を見て、さらにため息が出た。――氷漬けになっている。どうやら時計のアラームが鳴った直後に、寝ぼけながら魔法をぶっぱなしたらしい。むしろ半分ボケてる状態でよくぞ置時計だけ綺麗に凍らせたものだ。


「そもそも朝飯が終わるまであと三十分しかねえんだっつの!俺まで飯食いっぱぐれるだろうが!ほらさっさと着替えろ」

「あうう……」


 俺の言葉に、彼はどうにか欠伸をしながら体を起こした。そして、寝ぐせだらけの頭を掻いてこう言ったのである。


「ああ、うん……おはよ、春秋。ありがとお、起こしてくれて」

「……お、おう」


 いや、お礼を言われている場合ではないのはわかっている。そもそもこの攻防はほぼ毎朝だ。いい加減自力で起きてくれと言いたい。言いたいのだが。


――くっそ……これも惚れた弱みか!


 にっこり笑顔でお礼を言われると、それだけで許してしまう。我ながら甘いったらない、と俺はため息をついたのだった。




 ***




 この世界には二種類の存在がいる。大多数の人間と、少数の魔族。魔法が使えるのは魔族だけだ。その歴史はとても複雑で、過去何度も両方の種族は争いを起こしてきているのだった。そしてそのたび、魔族を率いて人間と戦うリーダーを魔王と呼び、このアルカディアはその魔王を見出すための学校とされているのである。

 今年、新しい魔王が生まれると言われている。人間たちとの関係は悪化の一途を辿り、再び戦争になる可能性が高いとされているためだ。

 とはいえ、次世代の魔王の継承者は三年生の中から選ばれると決まっているので、今年一年生の俺や氷はあまり関係がない。ただ、戦争がいざ起きた時、魔王と共に戦う魔王軍に入ることが暫定的に決まっているというわけである。その時に備えて魔法と戦いの訓練をし、勉学に励む。それが今の俺達の仕事なのだった。

 魔王に見いだされずとも、戦いで戦果を挙げればその一族には莫大な恩賞が出る。そういうのを狙って、身分の高い魔族の子ほどアルカディアに突っ込まれることが多い。俺も氷もそのクチだった。小さな頃からの幼馴染二人で、共にアルカディアに投げ込まれたというわけである。

 正直戦争になってほしくはない。とはいえ、子供の頃からの片思いの相手と切磋琢磨しながら送る学園生活は楽しい。しかも親の協力もあって同室にしてもらえたのだ。在学中に必ず想いを伝えるぞ、とひそかに誓ってここいる俺だった。

 まあ、それ以前に、いろいろと問題はあるのだが――。


「おはよう、みんな」

「!お、おはようございます、氷さん!!」


 なんとか氷を叩き起こし、服を着替えさせ、髪の毛を全力でセットして朝御飯を食べさせ、遅刻しないギリギリで教室へダッシュ。

 その結果、見た目だけは完璧な美少年が出来上がるわけである。今日も今日とて俺の苦労も知らず、教室に来た氷に対して教室中が色めき立つ。この一年四組において、氷の容姿は突出していると言っても過言ではなかった。彼が入室するだけで、クラスメート達の注目度が違うといったら。


「今日も綺麗だね、氷さん……」

「もったいないよな、三年生だったら間違いなく魔王候補だったのにさ。魔法の成績も学年トップだし……」

「いいなあ春秋くん、あんな綺麗な人と同じ部屋で暮らせるなんてさー」

「幼馴染なんだって聞いてるけど、もしかしてそういう関係だったりすんのかね?」

「ここ男子校だからなー。結構同性カップル多いしなー」

「そもそも先代の魔王様も、魔王様と参謀の方ってカップルだったっていうし……」

「羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい妬ましいぃぃぃい!」

「こ、怖いんですけど田中くん……!」


 どうしよう。微妙に呪詛みたいなものまで聞こえてきたのは聞こえなかったことにしたい。そしてしれっと自分まで話題の中心になるのは勘弁願いたい。


――確かにそうだよ、氷は昔っから美人だよ!俺の自慢の幼馴染だよ、魔性の男だよ!


 俺は引きつり笑顔を浮かべて、彼の後ろから教室に入る。子供の頃から、氷という存在は周囲の注目の的だった。どこにいても絵になる男。いや、男、と呼ぶのもはばかられるくらい性別を超えた美貌。一緒にいるだけでその空間がキラキラしているし、ちょっとしたミスやトラブルもわりとそのチートじみた顔面偏差値だけで赦されてしまうようなところがあるのは否定しない。

 だが。


――お前らこいつが実際どういう奴か……全然知らないだろ!


 これである。

 幼馴染の自分はよく知っていた。同室にしてほしかったのは片思いというのもあるが、実際それだけではないのである。


「ん……」


 バッグの中を漁りながら、少しだけ眉をひそめる氷。ああこれは、と俺はこそこそこそっと彼の傍に寄る。


「氷様、何か悩んでるのかな……?」

「幼馴染と二人だけの会話、二人だけの世界、妄想膨らむわー」

「なんのお話されるのかな?」


 まるで高嶺の花を見る女子たちのような会話がクラスメートたちから聞こえてくる。しかし、その内容は実際のところ。


「……氷、お前今度は何忘れた?」


 俺がジト目になって尋ねると、氷は相変わらずの眠そうな無表情で(なお、ただ壊滅的に朝が弱くて頭ぼーっとしているだけである)言うのだ。


「スマホ、ない」

「おい」

「充電してた気がする。多分、寮の部屋。困った。今から取りに行っていい?」

「ダメに決まってんだろ!もう授業始まるっつーの!つか、俺毎朝言ってるよな?鞄の中身ちゃんと確認してから出ろって言ってるよな、忘れたのか!?」

「時間、なかった……」

「それはお前が寝坊したせいだ自業自得だこのアホー!!」


 これだ。

 生活力が、壊滅的にないのである。そして天然ボケと呼ぶのもおこがましいくらいボケっ倒しの人間。実のところこのアルカディアで寮生活をするにあたり、氷の両親も俺の両親と一緒に京堂校長にお願いしに行っているのだ。


『本当に申し訳ないんですけどうちの長良氷とその木曾春秋をですね寮の同じ部屋にしていただけないでしょうかでないとその多分そのうち氷は部屋を爆発させたり水浸しにしたりそうでなくてもあるいは毎日のように遅刻して授業にまともに参加できないとかなんかこうとんでもないことになりそうなので本当にこんなお願いして申し訳ないんですけど面倒みられるのが春秋くんくらいしかいなくて他の生徒に任せるのはしのびないのでもう本当の本当の本当にお願いしますうううううううう!』


 まあ、こんなかんじ。

 子供の頃から、彼は俺の弟分のようなものだった――同い年だというのに、とにかく俺が面倒を見るしかなかったのである。彼の凶悪すぎるボケにつっこめる人間がいなかったがために。どうしようもない生活能力のフォローできる人間がいなかったがために。

 おかげで、彼の傍にいればいるほど春秋は毎日毎日胃に穴があきそうになっているわけだが。


――くっそ……惚れてなけりゃ見捨てられるのにいいいい!


「スマホないと、LINEできない」


 しょんぼりした顔で言う春秋。


「どうしよう。お財布もない」

「休み時間に取りに行けって!」

「休み時間、財布取りにいってたらお昼寝の時間ない……」

「昼寝すんな!!」


 まあこんなかんじ。なお、彼のイメージを崩さないためにひそひそ声で喋っているので周りにはまったく聞こえていないはずだ。

 おかげで、今日も氷は『幼馴染とミステリアスな会話をする麗しの美少年』扱いのままである。


「秘密の会話したいな!どうすればおれも氷と同じ部屋になれんのかなー」

「無理だって。お二人は同じ部屋にするようにって校長先生が直々に指示したらしいし……本当に恋人同士なのかもよ」

「そんなあ、狙ってんのに……」


 付き合ってもいないのに、カップル扱いされるまでがお約束だ。ああ、そうだったら本当にどれだけ良かったことか!


――お前らなあ!人の気もまったく知らないで!


 今日も今日とて、俺の胃痛に満ちた一日が始まるのだった。


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