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<中編>

 見た目だけなら完璧なこと。

 そして、周りが右を見ても左を見ても男しかいない環境であること。

 ついでに言うなら――「魔王の継承者、もしくはその側近ポジにつくためには成績優秀者とカップルだといいらしい」なんてよからぬ噂が広まっていること。

 そのせいで今日も今日とて、休み時間に氷は捕まっている。今も、俺がトイレでちょっと離れた隙にこれだ。寮の部屋に戻る途中で、小学生みたいに可愛い顔をした一年生が氷の前でもじもじしているではないか!


「は、初めて見た時から、こ、ここここ氷くんのことが好きでした!ぼぼ、ぼぼぼ、ぼくと、お付き合いしてください!」


 ちなみに。

 実際、この学園はほんっとーに同性カップルが非常に多い。同部屋同士でカップルになっているだの、やることやって大変なことになっただの、そういう噂も絶えないわけで。元々ゲイではなかったはずの生徒がそういう方向に走っちゃうことも少なくないわけで。

 とするのであれば、女性のように麗しい氷にそういう目を向けてしまう生徒が少なくないのも分からない話ではない。問題は。


「えーっと……」


 氷はうーん、と考えこんでいる様子だ。よし、まだ返事はしていないな?と俺は慌てて駆け寄る。


「すまんそこの君!えっと、一組の滝山くんだな!?」

「え、え?えっと……木曾くん?氷さんの同室の……」

「そうだ、悪いこと言わん、こいつはやめとけ!!」


 俺は氷の腕をむんずと掴むとはっきりと断言した。


「こいつこの見た目で生活力が皆無なんだ。付き合ったら大変な目に遭うぞ、俺が保証する!」

「おい、春秋」


 そんな俺に、非難の目を向けてくる氷。


「大変な目に遭うって、ひどい。オレは今日も頑張って生きているのに」

「知ってるよ!」


 そりゃあお前なりに頑張ってるのはわかってますけど!と悲鳴を上げたくなる俺。

 その頑張りがいつも斜め上にかっとんでいるから問題なのだ。今朝だってアラームを鳴らそうとした結果置時計を一つダメにしておいて何を言うのか。もっと言えば。


「そもそもお前は、二つのこと同時に考えられないだろ。今だって完全にフリーズしてたくせに!」


 ここで放置するのは大変まずい。相手の少年にも悪い。俺はきっぱりと告げる。


「そもそもお前自分がなんで寮の部屋に戻ろうとしてたか思い出せ!スマホは!?財布は!?」

「……そういえば、そうだった」

「ほれみろ忘れてる!」


 彼は安易に返事はしなかったかもしれない。が、返事をしなかったらしなかったで、今度はそのことをずーと考えて授業中上の空になるに決まっているのだ。


「そんなわけでごめんな、滝山くん!こいつ用事があるから、このへんで!」

「あ、ちょ、ちょっと!?」


 何故同室の奴が現れて告白を遮ってくるのだろう。きっと相手はそう思ってかなり混乱しているはずだ。一世一代の告白のつもりだったのかもしれない。申し訳ない気持ちはある。だがダメなのだ、こいつ、誰かと恋人にでもなろうものなら絶対相手の人生を狂わせるに決まっているのである。彼の面倒をみられるのは自分だけなのだから。

 ああ、片思いしているから、それだけで止めているわけではないのだ断じて!


「……春秋」


 俺にずいずいと腕を掴まれて部屋に連行されながら、氷は不満そうな声を出す。


「いつも、オレが告白されてると、お前が邪魔してくる。なんで?」

「そりゃあ、お前の面倒みられるの俺だけだからだっつの!」

「それだけ?」


 普段からそこまで口数が多いわけではない。それでも何故か、今日はやたら饒舌な氷である。


「それだけで止めてる?他に理由はないの?」

「……っ」


 ああもう、何でそんなことを尋ねてくるのだろう。そっちは俺のことなんか、幼馴染の友達としか思っていないのだろうに。


「ね、ねえよ、馬鹿!」


 結局、俺も素直にはなれないのだ。卒業するまでに想いを伝えるぞ、なんてやたら長い期限を定めてしまっているのも、つまりはそういうことなのだから。




 ***




 魔族と人間は、見た目だけならさほど違いはない。

 ただ魔力を持っているのが魔族だけであるため、基本的に魔法は魔族の血を引いていない限り使うことはできないとされている。人間と比べて圧倒的に数が少ない魔族が、人間と渡り合える唯一にして絶対の武器であるのが魔法だ。ゆえに、魔王学園では魔法に関するカリキュラムがかなり多く盛り込まれることになるのである。

 また、自主練習で魔法を使うのも許可されている。日頃の生活でも、皆に迷惑がかからない範囲でなら魔法を使っていいことにはなっているのだ。流石に、意中の相手を思い通りにするために雷魔法で攻撃して体の自由を奪った奴とか、洗脳魔法を使って奴隷にしようとした奴なんてのは普通に退学になりもするが。


「春秋ー」


 魔法がどれくらい得意かは、魔族によってもバラつきがある。そんな中、氷の素質はこの学園の長い歴史の中でも五本の指に入るだろうと言われていた。

 今日も今日とて、息をするように飛翔魔法を使っている。学園の敷地内にあるスーパーへ買い物に出かけようとしていたところで、すいーっと光の翼を生やして飛んできたのが氷だった。


「今、どこいくところ?」

「え?いや、今日は晩飯は弁当買おうかなと思ってて。つか、お前もどこにいたんだよ、姿が見えなかったけど」


 アメフト部の練習に参加している俺と違って、氷は完全に帰宅部である。部活が終わって部屋に行ったらいなかったので、一体どこに行ったのかと思っていたが。


「先生のところ行って、外出許可取ってた」


 ほら、と彼は宙にふよふよ浮いたまま一枚の紙きれを取り出した。


「春秋、遊びに行こう。アメフト部の練習、日曜日は休みのはず」

「え、ええ?そりゃ休みだけど、なんで急に」

「新しくできたゲーセンに行きたい。だめ?」

「ダメじゃねえけど……」


 最初に説明した通り、今この世界では人間と魔族での争いが起きかかっている状態だ。魔王学園アルカディアの敷地内はほとんど魔族しかいないし、この学校があるトウキョウ自治区は比較的魔族が安全に暮らせる場所として知られてもいる。

 が、この学園から離れれば離れるほどそうではない。人間たちはどうやら、外国人を見分けることができるように顔立ちでなんとなく人間か魔族かがわかるのだと聞いたことがある。同時に、魔族に対して良い感情を抱いていない人間は非常に多いのだ。

 まあようするに。生徒の安全にかかわるため、学園の敷地外に出るためには外出許可がいるのである。それも、一人で出かけたい、という要望は基本的に通らない。最低二人以上で、それも短時間でという制限がかかるのが基本なのだった。

 多分今回も、春秋と二人で、ということで許可を取ることに成功したのだろうが。


「……俺だって興味あるけどさ」


 彼が一緒に渡してきたのは、最近シブヤのあたりにできたという新しいゲームセンターのチラシだ。かなり規模も大きいし、大好きなクレーンゲームも多い。面白そうではあるが。


「外出して、人間とトラブルになった事例も多いだろ?シブヤらへんはほとんど人間ばっかり出入りしてるって話だし、大丈夫か?」

「平気」


 そんな俺の問いに、氷はあっけらかんと答える。


「オレ、とても強い。だから問題ない」


 それも、間違ってはいない。

 彼の魔法のスキルがあれば、人間のゴロツキなんか三秒で倒すことができるだろう。彼が一番得意なのは氷属性魔法だが、それ以外の魔法もわりとバランスよく使えると知っている。帰宅部でのほほんとしているが、実際身体能力だって低いわけじゃない。腕力はないが、脚力は結構あってかけっこが得意だというのは幼い頃から知っていることだ。

 だからまあ、万が一危ない目に遭ってもなんとかはなるのだろう。もちろん俺だってアメフトで鍛えているからパワーに自信あるし、魔法も――氷に遠く及ばないにせよ、最低限自衛できるだけの力はあると自負しているが。


「そりゃ、強いのは知ってる、けど。でもなあ……」


 本当に大丈夫だろうか。俺は心配で、何度も彼とチラシを見比べてしまう。氷はゲームが大好きだが、どっちかというと春秋の方が好きなのもまちがいなかった。ゲームセンターに行きたい、というのは実は自分と一緒に出掛けるための言い訳なのかもしれないと思う。無論、誘って貰えるのは嬉しいし、まるでデートみたいだと舞い上がる気持ちもなくはないが。

 いやしかし、でも、もしものことがあったら――。


「ダメ?」


 が、ここで彼の子首を傾げての困ったような笑顔である。普段そんなに笑わない氷が時々見せてくれる笑顔。自分はこれに、めっぽう弱い。しかも上目遣いがセットともなれば!


「……ダメ、では、ない、デス……」

「なら良かった」


 俺は油が切れたロボットのように、かくかくと頷くしかなかった。顔が熱くてたまらない。大体、上目遣いの時にちらっと見えるセクシーな鎖骨、狙っているのならまさに反則ではないか!


――くっそ……お前な!お前な!基本全部受け身のくせに、なんで時々じゃぶじゃぶ行動力溢れてるんだよもう!


 とりあえず、日曜日は少しでもマシな私服を着ていこう、と決める。ただでさえ自分は氷と比べてどこまでもフツメン顔なのだ。少しでも並んで見劣りしないお洒落くらいはしておかなければ。

 急なことで戸惑いはあったし懸念要素もあったが、それはそれとして彼と一緒に出掛けられるのはとてつもなく嬉しいことである。デートともなれば、今度こそちゃんと想いを伝えられるかもしれない。俺的には、そういう狙いもあって、びしっと決めたつもりだったのだが。


「おい、こいつでいいよな?」

「そうだな、連れていけ」


 デート当日。ショッピングモールで、俺がトイレに行って出て来たまさにその瞬間だったのである。

 俺ははっきり見てしまった。目の前で、屈強な黒服の男達に連れていかれる氷の姿を。


「ちょ、ちょちょちょ、まっ」


 人間たちとトラブルになるくらいは想定していた。だがしかし、こんな白昼堂々、人目の多いショッピングモールでこんな堂々と犯行に及ばれようとは。

 最悪なことに、そこは建物の一階だった。自動ドアを飛び出したところで、俺は黒塗りの車に連れ込まれて攫われる氷を見てしまったのである。

 それを見て、俺は思わず叫んでしまうのだった。


「氷おま、抵抗しろって!何ぼーっとしてんの!?」


 ぼけーっとしているから誘拐なんてものに遭うのだ。俺は胃がきしきしと痛むのを感じていたのだった。


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