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第3話 神カメラマン、誕生

「お願いっ……零士くん、やってくれない……?」


「――は?」


 香奈は拳を握りしめながら、震える声で続けた。


「今日の配信、この戦闘補助AIっていうテーマのおかげで過去最高の伸びなんだ!

 これまで半年間活動を続けて来たけど、こんなにリスナーさんが集まってくれたことないんだよ……ボク、このチャンスを掴みたい!」


 その言葉に、後ろからパーティメンバーも駆け寄ってくる。


「お願いします! 皆で一生懸命努力してきたんです!」


「もうボスだけだしさ……頼みますっ……!」


 全員が地面に膝をつき、真剣な眼差しで俺を見ていた。

 若者らしい熱意は認めるが……。


「ダメだ。異常トラブルってのは連鎖するもんだ。

 今回、おしゃかになったのが……そう思えないと、早死にするぞ」


 香奈の表情が少しだけ引きつる。


「そ、それでも、お願い! ボクたち、慎重に動くから……だから……!」


 その目に、覚悟が宿っていた。

 まったく、若いってのは怖いもん知らずだ。

 俺は大きなため息をついて、外したイヤホンをケースにしまい込んだ。


「……手持ちカメラはあるのか」


「え……ほ、ほんとにっ!?」


 香奈の顔がぱっと輝く。


「あるある! よねっ、リサ!」


「う、うんっ! あんまり画質良くないけど……」


 後方支援の少女、リサが慌ててリュックを下ろし、機材ポーチから小型のカメラを取り出した。

 くすんだ筐体に細かな傷。

 型も少し古いようだが、最低限の映像は撮れそうだ。


「この先はボス戦だ。気を抜くなよ」


「うんっ!」


 俺は無言で首にストラップをかけ、手慣れた動きでカメラを取りつける。

 左手で構え、レンズ角を微調整しつつ、破損したドローンに接続。

 ドローンのタッチパネルをトントンと操作、有線カメラモードに切り替える。


「え……なにそれ、手際よすぎ……」


 香奈がぽかんと目を見開いていた。


「……昔、ちょっとな」


 あえて詳細は語らず、カメラの初期化を済ませる。


「AIDA、システムを停止しろ。以降は指示なしでいい」


『……理由を伺っても?』


「次に判断ミスされたら困る。ここは初心者向けの低ランクダンジョンだ。

 彼らでも、本来の実力で十分ボスを突破できるはずだ」


『了解。サブ機能へ移行します』


 その間に俺は落下したドローンを拾い上げる。

 カメラを左手に、ドローンを右手に持って操作する。


「……準備完了。配信再開できるぞ」


「うんっ! いくよっ!」


 香奈が手を掲げる。


「配信、再開するよーっ!」


 画面が再びつながり、コメント欄がゆっくりと動き始める。


 :あれ? 戻った?

 :お、視点変わったな

 :おかえりー


 視聴者数は五百人近くまで落ちていたが、反応は確かにある。


「みんな、ごっめーん! ちょっとトラブってた!

 さてさて気を取り直して……いよいよボスだよっ!」


 香奈がカメラに向かって満面の笑みを浮かべる。

 そのまま一行は、ボス部屋へと足を踏み入れた。


 石造りのアーチをくぐると、広い円形の空間が現れる。

 中央には、大型魔物の影。


「戦闘開始っ!」


「グルアアアアアアッ!!」


 香奈とボスがほぼ同時に声を上げる。

 俺は左手のカメラを構え直し、敵の挙動を追った。


 今回のボスはコボルトロード。

 犬面人体の、三メートルほどの体躯をした魔物だ。


 コイツは香奈のようなすばしっこいアタッカーと対面したとき、右手の大剣で正面を横にひと薙ぎすることがほとんどだ。


 行動を先読みし、攻撃の全体像が映るようにズームアウトする。

 予想どおり、コボルトロードは剣で一閃。


「食らうか!」


 大盾を持った少年が前に飛び出し、香奈の身代わりになる。

 ガインと鈍い金属音が鳴り、衝撃で彼は後方へ転がった。


「今度はこっちの番だよっ!」


 入れ替わるように出てきた香奈が、アークブレードを敵の喉元目掛けて突き上げる。

 初手が決まらず、上半身にカウンターを食らう時、コイツの次の行動は――。


 敵が動き出す、その寸前。

 時間にしてコンマ一秒ほど早く、俺は敵の移動先にピントを合わせる。


「ルゥアッ!」


 読み通り。

 コボルトロードは、俺がカメラを構えた方向に跳躍した。


「そこだ!」


 リサと、もう一人の少年の放ったボウガンの矢が、コボルトロードの太ももに突き刺さる。

 上手い。

 空中では避けようが無いからな。


「チャーンス!」


 コボルトロードの着地点めがけ、勢いよく突進する香奈。

 大きくアークブレードを振りかぶり、ボスの腹部を切り裂く一閃。

 魔物が、崩れ落ちた。


「討伐、完了っ!」


 香奈がカメラに向かって振り返る。

 ふむ、やはり余裕を持って討伐できたな。


「皆、応援ありがとう! ボクたち――」


 言いかけて、香奈の目が配信端末の視聴者カウンターに吸い寄せられる。


「――え、さんまん……? ……!?」


 目を見開いたまま、硬直する香奈。


 :今気づいたのかよwww

 :香奈ちゃん可愛い

 :カメラすごかったんだが!?

 :神カメすぎてリピートしてる

 :切り抜き出回ってたよ~


 な……っ!

 コメント欄の数字を見て、思わず声が出そうになったのを慌てて呑み込む。

 俺はスマホを取り出し、念のため配信サイトを確認する。

 やはり、三万人。

 カウンターのバグじゃない。

 間違いなく今の配信が、三万人に視聴されていた。


 :さっきのカメラどうやったの?

 :香奈ちゃん、プロのカメラマン雇った!?

 :もうプロってレベルじゃねーぞ

 :あんなの海外のトップストリーマーのライブでも見たことないぞ


 コメント欄は大盛り上がり。

 どうやら、俺のカメラワークがこの熱狂の原因らしい。


 ……本気か?

 ただ淡々と映してただけだ。

 特別な演出も何もしていない。

 昔ちょっと映像関係の機材を触ったことはあるが、プロ以上の評価なんて意味がわからない。


「零士くん……! すごいよ!」


 香奈が振り返って、満面の笑みを浮かべる。


 ――おい、ちょっと待て。


 :れいじ?

 :レイジって言ったな

 :【悲報】俺たちのカナ、男がいた

 :プリズム☆ラインの古参だけど、パーティにレイジなんて奴はいない

 :多分、神カメラマンのことっぽいな


 香奈の不用意な発言が火を点けたらしい。

 案の定、コメント欄がざわざわし始めていた。


「あわわ……あっ、ば、バッテリーがもうないかも! 配信終わります!

 またやるから来てくれたら嬉しいなあっ!」


 早口でまくしたてるように言うと、香奈は締めに声を張った。


「それじゃあみんな、おつカナ~!」


 画面が暗転し、配信が終了する。

 少し静まり返った空気の中、香奈が俺の方へ駆け寄ってきた。


「あ、あはは……ゴメン」


「ゴメンじゃねえ、思いっきり本名出たぞ」


「で、でも下の名前だけだし! 顔も写ってないし!」


 香奈は笑ってごまかす。

 俺は内心でため息をついた。

 まあ、今さら文句を言っても始まらない。


「あ、あの、それで……ね?」


 香奈が言い淀みながら、ちらちらと俺の様子を伺ってくる。

 俺は続きを視線で促す。


「お願い! 零士くん、私たちの専属カメラマンになってくれないっ?」


 はあ? と俺は目を細めた。

 さっきの偶然のバズりで、勘違いしてるんじゃないだろうな。


「断る。俺はただの研究員で、カメラは素人。今日だけの臨時だ。

 さっきバズったのは……たまたまだろ」


「えええええっ!? た、たまたまって……“神カメラマン”って言われてたよ!?」


 香奈の叫び声がダンジョンに反響する。

 俺はそれを背に、黙って転移魔法陣へ向かった。

 魔法陣の縁に立ち、一度だけ振り返る。


「協力ありがとう。良いデータが取れた」


 言い終え、俺は光の輪の中へ踏み込んだ。

 香奈の「ま、待ってよぉおおおおっ!」という声が背後から聞こえたが、もう振り返ることはなかった。



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 夜更け。

 自室のソファに倒れ込むと、全身が鉛のように重かった。

 ダンジョンの疲労、慣れない撮影こと、そして――


「……また、見ちゃったなあ」


 脳裏を過ぎる過去の断片。

 汗ばむ額を拭う気力もなく、俺はそのまま意識を手放した。


 テレビの音だけが、部屋に残る。


『……いてのニュースです。#神カメラ がSNSトレンドを席巻――』


 遠くに聞こえるその音も、まもなく夢の中に溶けていった。


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