「お願いっ……零士くん、
「――は?」
香奈は拳を握りしめながら、震える声で続けた。
「今日の配信、この戦闘補助AIっていうテーマのおかげで過去最高の伸びなんだ!
これまで半年間活動を続けて来たけど、こんなにリスナーさんが集まってくれたことないんだよ……ボク、このチャンスを掴みたい!」
その言葉に、後ろからパーティメンバーも駆け寄ってくる。
「お願いします! 皆で一生懸命努力してきたんです!」
「もうボスだけだしさ……頼みますっ……!」
全員が地面に膝をつき、真剣な眼差しで俺を見ていた。
若者らしい熱意は認めるが……。
「ダメだ。
今回、おしゃかになったのが
香奈の表情が少しだけ引きつる。
「そ、それでも、お願い! ボクたち、慎重に動くから……だから……!」
その目に、覚悟が宿っていた。
まったく、若いってのは怖いもん知らずだ。
俺は大きなため息をついて、外したイヤホンをケースにしまい込んだ。
「……手持ちカメラはあるのか」
「え……ほ、ほんとにっ!?」
香奈の顔がぱっと輝く。
「あるある! よねっ、リサ!」
「う、うんっ! あんまり画質良くないけど……」
後方支援の少女、リサが慌ててリュックを下ろし、機材ポーチから小型のカメラを取り出した。
くすんだ筐体に細かな傷。
型も少し古いようだが、最低限の映像は撮れそうだ。
「この先はボス戦だ。気を抜くなよ」
「うんっ!」
俺は無言で首にストラップをかけ、手慣れた動きでカメラを取りつける。
左手で構え、レンズ角を微調整しつつ、破損したドローンに接続。
ドローンのタッチパネルをトントンと操作、有線カメラモードに切り替える。
「え……なにそれ、手際よすぎ……」
香奈がぽかんと目を見開いていた。
「……昔、ちょっとな」
あえて詳細は語らず、カメラの初期化を済ませる。
「AIDA、システムを停止しろ。以降は指示なしでいい」
『……理由を伺っても?』
「次に判断ミスされたら困る。ここは初心者向けの低ランクダンジョンだ。
彼らでも、本来の実力で十分ボスを突破できるはずだ」
『了解。サブ機能へ移行します』
その間に俺は落下したドローンを拾い上げる。
カメラを左手に、ドローンを右手に持って操作する。
「……準備完了。配信再開できるぞ」
「うんっ! いくよっ!」
香奈が手を掲げる。
「配信、再開するよーっ!」
画面が再びつながり、コメント欄がゆっくりと動き始める。
:あれ? 戻った?
:お、視点変わったな
:おかえりー
視聴者数は五百人近くまで落ちていたが、反応は確かにある。
「みんな、ごっめーん! ちょっとトラブってた!
さてさて気を取り直して……いよいよボスだよっ!」
香奈がカメラに向かって満面の笑みを浮かべる。
そのまま一行は、ボス部屋へと足を踏み入れた。
石造りのアーチをくぐると、広い円形の空間が現れる。
中央には、大型魔物の影。
「戦闘開始っ!」
「グルアアアアアアッ!!」
香奈とボスがほぼ同時に声を上げる。
俺は左手のカメラを構え直し、敵の挙動を追った。
今回のボスはコボルトロード。
犬面人体の、三メートルほどの体躯をした魔物だ。
コイツは香奈のようなすばしっこいアタッカーと対面したとき、右手の大剣で正面を横にひと薙ぎすることがほとんどだ。
行動を先読みし、攻撃の全体像が映るようにズームアウトする。
予想どおり、コボルトロードは剣で一閃。
「食らうか!」
大盾を持った少年が前に飛び出し、香奈の身代わりになる。
ガインと鈍い金属音が鳴り、衝撃で彼は後方へ転がった。
「今度はこっちの番だよっ!」
入れ替わるように出てきた香奈が、アークブレードを敵の喉元目掛けて突き上げる。
初手が決まらず、上半身にカウンターを食らう時、コイツの次の行動は――。
敵が動き出す、その寸前。
時間にしてコンマ一秒ほど早く、俺は敵の移動先にピントを合わせる。
「ルゥアッ!」
読み通り。
コボルトロードは、俺がカメラを構えた方向に跳躍した。
「そこだ!」
リサと、もう一人の少年の放ったボウガンの矢が、コボルトロードの太ももに突き刺さる。
上手い。
空中では避けようが無いからな。
「チャーンス!」
コボルトロードの着地点めがけ、勢いよく突進する香奈。
大きくアークブレードを振りかぶり、ボスの腹部を切り裂く一閃。
魔物が、崩れ落ちた。
「討伐、完了っ!」
香奈がカメラに向かって振り返る。
ふむ、やはり余裕を持って討伐できたな。
「皆、応援ありがとう! ボクたち――」
言いかけて、香奈の目が配信端末の視聴者カウンターに吸い寄せられる。
「――え、さんまん……?
目を見開いたまま、硬直する香奈。
:今気づいたのかよwww
:香奈ちゃん可愛い
:カメラすごかったんだが!?
:神カメすぎてリピートしてる
:切り抜き出回ってたよ~
な……っ!
コメント欄の数字を見て、思わず声が出そうになったのを慌てて呑み込む。
俺はスマホを取り出し、念のため配信サイトを確認する。
やはり、三万人。
カウンターのバグじゃない。
間違いなく今の配信が、三万人に視聴されていた。
:さっきのカメラどうやったの?
:香奈ちゃん、プロのカメラマン雇った!?
:もうプロってレベルじゃねーぞ
:あんなの海外のトップストリーマーのライブでも見たことないぞ
コメント欄は大盛り上がり。
どうやら、俺のカメラワークがこの熱狂の原因らしい。
……本気か?
ただ淡々と映してただけだ。
特別な演出も何もしていない。
昔ちょっと映像関係の機材を触ったことはあるが、プロ以上の評価なんて意味がわからない。
「零士くん……! すごいよ!」
香奈が振り返って、満面の笑みを浮かべる。
――おい、ちょっと待て。
:れいじ?
:レイジって言ったな
:【悲報】俺たちのカナ、男がいた
:プリズム☆ラインの古参だけど、パーティにレイジなんて奴はいない
:多分、神カメラマンのことっぽいな
香奈の不用意な発言が火を点けたらしい。
案の定、コメント欄がざわざわし始めていた。
「あわわ……あっ、ば、バッテリーがもうないかも! 配信終わります!
またやるから来てくれたら嬉しいなあっ!」
早口でまくしたてるように言うと、香奈は締めに声を張った。
「それじゃあみんな、おつカナ~!」
画面が暗転し、配信が終了する。
少し静まり返った空気の中、香奈が俺の方へ駆け寄ってきた。
「あ、あはは……ゴメン」
「ゴメンじゃねえ、思いっきり本名出たぞ」
「で、でも下の名前だけだし! 顔も写ってないし!」
香奈は笑ってごまかす。
俺は内心でため息をついた。
まあ、今さら文句を言っても始まらない。
「あ、あの、それで……ね?」
香奈が言い淀みながら、ちらちらと俺の様子を伺ってくる。
俺は続きを視線で促す。
「お願い! 零士くん、私たちの専属カメラマンになってくれないっ?」
はあ? と俺は目を細めた。
さっきの偶然のバズりで、勘違いしてるんじゃないだろうな。
「断る。俺はただの研究員で、カメラは素人。今日だけの臨時だ。
さっきバズったのは……たまたまだろ」
「えええええっ!? た、たまたまって……“神カメラマン”って言われてたよ!?」
香奈の叫び声がダンジョンに反響する。
俺はそれを背に、黙って転移魔法陣へ向かった。
魔法陣の縁に立ち、一度だけ振り返る。
「協力ありがとう。良いデータが取れた」
言い終え、俺は光の輪の中へ踏み込んだ。
香奈の「ま、待ってよぉおおおおっ!」という声が背後から聞こえたが、もう振り返ることはなかった。
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夜更け。
自室のソファに倒れ込むと、全身が鉛のように重かった。
ダンジョンの疲労、慣れない
「……また、見ちゃったなあ」
脳裏を過ぎる過去の断片。
汗ばむ額を拭う気力もなく、俺はそのまま意識を手放した。
テレビの音だけが、部屋に残る。
『……いてのニュースです。#神カメラ がSNSトレンドを席巻――』
遠くに聞こえるその音も、まもなく夢の中に溶けていった。