目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第4話 特定班が優秀すぎる件

 ガタンゴトン――。


 平日の朝。

 車輪の揺れに合わせて、窓の外をコンクリートの街並みが流れていく。

 混み合う通勤ラッシュの車内に、俺は立ったまま揺られていた。


 家から出勤なんて、何ヶ月ぶりだろう。


 つり革にぶら下がりながら、ぼんやりと考える。

 この数年、俺は一日十五時間勤務。

 清々しいほどのブラック労働で、職場での寝泊まりが当たり前になっていた。


 寝床が布団だと、逆に身体が痛い。

 疲労が抜けきらない身体を無理やり引きずって、今朝は珍しく出勤してきたというわけだ。

 俺は軽く伸びをしながら、吊り広告に目をやる。

 ――と、そのとき。


「……ねえ、あれじゃない?」


「うそ、マジで?」


 すぐ近くの座席に座っていた女子高生ふたりが、小声で話しているのが耳に入った。

 視線を向ければ、どちらもスマホを手に持ち、こちらをチラチラ見ている。


 気のせいかと思ったが、周囲を見渡すと、他の乗客も妙に視線を送ってくる。

 中年男性、OL、学生……立っているだけで、なんとなく場の空気がざわついていた。


 なんだ、これ……?

 俺、なんかやらかしたか?


 胸元を見ても、パスケースもネームプレートもつけていない。

 まさか寝癖……いや、さすがに外に出るからと、ちゃんと直したはず。

 耐え切れなくなって、俺は女子高生たちの方へ身体を向けた。


「……何か?」


 女子高生ふたりがビクッと肩をすくめた。

 そして、恐る恐るといった様子で、片方がスマホの画面をこちらに差し出す。


「あ、あのっ……の人ですよね……!?」


 スマホの画面には、SNSの投稿が表示されていた。

 『神カメラマン特定したwwwww』という文面と共に貼られていたのは――


 ――三年前、AIDAの開発チームとして受けた、小さなネットメディアのインタビュー記事。

 薄暗い研究室で撮られた、俺の若き日の写真。

 メガネをかけ、真面目そうな顔で受け答えしている。


「……は?」


 思わず、素っ頓狂な声をあげる。

 脳がバグる感覚。

 あれは確か、一部のコアなガジェットヲタクが見る、小さな技術記事だったはずだ。

 まさか、そんなものが今さら掘り出されて……?


 スマホを取り出し、自分でも検索をかける。

 “#神カメラマン”のタグをタップ。


 すると出てくる、出てくる。

 昨日の配信の切り抜き動画。

 戦闘中のスロー再生。

 視線誘導の構図まとめ。

 さらには「読みが人間の域を超えてる」とか「実は元プロじゃ?」なんて考察スレまで立っていた。


「う、そ……だろ」


 呟いた声が、喉から勝手に漏れた。

 気づけば視線が集まっていた。

 JKたちが身を寄せ合って、上目遣いで言葉を発する。


「あの……写真、撮ってもいいですか?」


「いや、ちょっと」


 それを合図に、周囲の客たちが控えめにスマホを構えたのを確認する。


 パシャッ。

 パシャ、パシャパシャ……。


 鳴り響くのは無機質なシャッター音。

 許可してないけど!


 完全にバレた。

 じわじわと汗が滲む。

 逃げ場がない。

 俺はスマホをポケットに突っ込み、次の駅のホームに止まろうとしている車両のドアを睨んだ。


 扉が開くと同時に、一歩先へ飛び出すために。

 この地獄から、少しでも早く抜け出すために。



------



「――通して! どいてください!」


 俺は怒鳴りながら、をかき分ける。


 次から次へと突き出されるマイク。

 シャッター音とフラッシュが視界を埋め、足元ではコードが絡まりそうになっている。

 カメラのレンズが顔スレスレまで迫り、リポーターらしき面々が叫んだ。


「神カメラマンさん! SNSでは“AIの読みを人間が超えた”と話題になっています! 本人の自覚はありますか!?」


「噂によると世界各国のトップストリーマーがあなたに注目しているそうです! この状況、どう受け止めてますか!? 一言――!」


 うるさい! 近い! 下がれ!


 とにかく門を越えて研究所に入れば、こいつらを撒ける。

 こんなオンボロ研究所でも、一応のセキュリティはあるんだ。

 通門証をスキャンすれば、自動ドアが開く。

 あとは一気に入って……!


 肩をぶつけながら最後の記者を押しのけ、なんとかゲート前にたどり着いた。

 その瞬間、ウィンと低く響く駆動音。

 目の前の扉が、まるでタイミングを見計らったようにスッと開く。

 中から現れたのは――


「――いや~もう、ほんっと大盛況じゃーん! あ、どうもどうも!

 私、この首都魔力技術研究所――通称“首都研”の所長、滝沢美穂でぇ~っすぅ」


 ド派手なスーツに身を包み、もりっもりくるっくるの髪と光沢パンプス。

 どこぞの司会者かと思うほど華やかに決めた所長、滝沢美帆だった。


「うわあ……」


 思わず声が漏れた。

 いつも白衣にすっぴんで研究室へ来るのに……。

 どこからどう見ても“表に出る気満々”の格好をしている。


「滝沢所長! 戦闘補助AI『AIDAアイダ』の開発責任者として、今回の件について一言!」


「“神カメラマン”風間氏はどういった社員なのでしょうか!」


「彼が今後、配信界に参入する可能性は!」


 当然のように記者たちが群がる。

 所長はニコニコしながら受け答えを始めた。


「いや~彼はほんっと優秀なんですよ~。うちの天才です天才!

 カメラセンス? あれはもう、才能としか言いようがないですねぇ。

 あ、実はですねぇ……今回の任を命じたのは、何を隠そうワ・タ・シ。

 自分で言うのも何ですけど、人を見る目には自信あるって言うかぁ」


 うわああああ!

 じ、地獄だ……!

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?