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第5話 中級ダンジョン、挑戦しちゃうぞっ

 俺は所長の袖を力強く引っ張り、強引に顔を近づける。

 授業参観で自分の母親だけ気合い入れすぎてる、あの感覚に近い!


「もう止めてください! コイツら追い返しましょうよ!」


「んー? ちょっと待って、今めっちゃ良い流れだから」


「良い流れって……警察案件ですよもはや。電話しますね、俺」


「えー? でもさぁ、これAIDAにとってもすっっごいチャンスじゃん?

 上手くやれば、研究費がっぽがっぽだよ?」


「う……」


 実益を出されると、ぐぅの音も出ない。

 これほどなのか……?

 ちょっとバズッただけで、ネットで特定されメディアが押し寄せるほど……?

 どうやら俺は、ダンジョン配信というコンテンツの注目度を侮っていたようだ。

 俺が黙っていると、所長はウィンクして付け加える。


「今や注目や人気がそのままお金になる時代。

 つまり、君がバズると開発が加速するわけですよ。

 ……ね? 一概に否定もできないでしょう?」


「……っ」


 頭痛がする。

 全方位から。

 確かに所長の言葉は正論かもしれない。

 それでも、それでも俺は……。


「というか、首都魔力技術研究所ウチもう財政がヤバいんだよぉ……。

 世のため人のため、技術革新を起こそうと日夜研究に励んではいるけれど、どの研究も鳴かず飛ばず。

 もう店を畳むしかないってとこ一歩手前なんだよ……」


「く……ええい、泣き落としはやめてください!」


 そこに、さらに追い打ちをかけるように。


「はーいっ、ちょっと通してねーっ!」


 人ごみの奥から響く、明るく元気ハツラツな声。


 ……やめてくれ、聞き覚えがありすぎる声だ。

 群衆の隙間をダッシュですり抜けて、少女がまっすぐこっちに向かってくる。

 赤茶のショートヘア。

 きらきらの目。

 満面の笑み。


 間違いない、俺の身バレの原因を作ったストリーマー、香奈だ。


「こんカナ~! “プリズム☆ライン”のリーダー、カナちゃんだよっ!」


 くるっとターンしてカメラに向かってぴょこんとポーズ。

 両手を頬に添えて笑顔全開、キラッとウィンクまで添えている。

 空気も距離感も完全に無視した天真爛漫っぷりに、報道陣のあちこちからどよめきが漏れた。


「誰だ、あれ……?」


「ああ、あの神カメ動画のストリーマーか?」


「なんか、映像で見たより元気だな」


 記者たちが困惑したように、ひそひそとささやき合う。

 所長は口元を緩めて、「んふふ~来ちゃったねぇ」と。

 まるで娘の晴れ舞台を見るかのように、頬を緩ませていた。

 俺は内心のざわめきを殺して、言葉を発する。


「何しに来たんだ、お前……!」


 やや押し殺した声で問うが、香奈は全く動じない。

 それどころか、首をこてんと傾けてニコッと笑う。


「あれ~? 零士くん、びっくりしてる? えへへっ、ごめんね、急に来ちゃって」


 まるでいたずらが成功した子供みたいな笑顔。

 こっちの混乱など一切気に留めず、香奈はカメラに向き直って勢いよく声を張り上げた。


「今日はですねー! 皆さんに発表がありまーす!」


 香奈はマイクでも持っているかのように拳を握り、大げさに声を張った。

 にっこり笑顔でカメラをまっすぐ見据え、言葉を続ける。


「私たちプリズム☆ラインは、一週間後――」


 ここで一度、得意げに間を取る。

 視線はばっちりレンズ越しの視聴者へ。


に挑戦しまーすっ!」


「……」


「……」


「……」


 報道陣は、誰ひとりとして反応しなかった。

 ペンは止まり、フラッシュも鳴らない。

 カメラすら少し下がる。


 凍る空気。

 スベった、というより真空。

 あまりの無風っぷりに、逆に心配になるレベルだった。


 香奈は一瞬だけ「ん?」という顔をしたものの、すぐに持ち直して無理やり笑顔を繋いでいた。

 ただその耳がほんのり赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。


「あれ、反応薄い?」


 香奈がほんの一瞬だけ戸惑ったような顔をした。

 だがすぐにニッコリ笑い直して、追撃を放つ。


「もちろんっ! この神カメラマンさんと一緒に、ですっ!」


「「「うおおおおおおおっ!」」」


 ピシャッ――パシャッ、パシャパシャパシャッ!


 一瞬で爆発するフラッシュの嵐。

 無反応だった記者たちが一斉に前のめりになる。

 報道陣の目の色が変わるのが、はっきりと分かった。


「神カメラマン、続編だって!?」


「今すぐ記事にしろ! 見出し確保!!」


 まるで群がるハイエナのように、報道陣がざわめく。

 立ち上がり、スマホやメモ帳を構える者もいる。


「えへへっ」


 その中心で、香奈が満面の笑みで俺の腕をがしっと掴み、ぴったりとくっついた。

 腕に柔らかい感触が伝わる。

 いや、そういうのじゃなくて!


「ちょ、おま、何して!?」


「いっしょに写った方が絵になるでしょ?

 ストリーマーは常にを意識する生き物なんだっ」


 無邪気な笑顔。

 その間もカメラのシャッター音は鳴り止まず、場の熱はうなぎ上り。


「な……何言ってんだお前……!」


 思わず素で引いた声が出る。

 俺の顔は、完全に引きつっていた。


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