俺は所長の袖を力強く引っ張り、強引に顔を近づける。
授業参観で自分の母親だけ気合い入れすぎてる、あの感覚に近い!
「もう止めてください! コイツら追い返しましょうよ!」
「んー? ちょっと待って、今めっちゃ良い流れだから」
「良い流れって……警察案件ですよもはや。電話しますね、俺」
「えー? でもさぁ、これAIDAにとってもすっっごいチャンスじゃん?
上手くやれば、研究費がっぽがっぽだよ?」
「う……」
実益を出されると、ぐぅの音も出ない。
これほどなのか……?
ちょっとバズッただけで、ネットで特定されメディアが押し寄せるほど……?
どうやら俺は、ダンジョン配信というコンテンツの注目度を侮っていたようだ。
俺が黙っていると、所長はウィンクして付け加える。
「今や注目や人気がそのままお金になる時代。
つまり、君がバズると開発が加速するわけですよ。
……ね? 一概に否定もできないでしょう?」
「……っ」
頭痛がする。
全方位から。
確かに所長の言葉は正論かもしれない。
それでも、それでも俺は……。
「というか、
世のため人のため、技術革新を起こそうと日夜研究に励んではいるけれど、どの研究も鳴かず飛ばず。
もう店を畳むしかないってとこ一歩手前なんだよ……」
「く……ええい、泣き落としはやめてください!」
そこに、さらに追い打ちをかけるように。
「はーいっ、ちょっと通してねーっ!」
人ごみの奥から響く、明るく元気ハツラツな声。
……やめてくれ、聞き覚えがありすぎる声だ。
群衆の隙間をダッシュですり抜けて、少女がまっすぐこっちに向かってくる。
赤茶のショートヘア。
きらきらの目。
満面の笑み。
間違いない、俺の身バレの原因を作ったストリーマー、香奈だ。
「こんカナ~! “プリズム☆ライン”のリーダー、カナちゃんだよっ!」
くるっとターンしてカメラに向かってぴょこんとポーズ。
両手を頬に添えて笑顔全開、キラッとウィンクまで添えている。
空気も距離感も完全に無視した天真爛漫っぷりに、報道陣のあちこちからどよめきが漏れた。
「誰だ、あれ……?」
「ああ、あの神カメ動画のストリーマーか?」
「なんか、映像で見たより元気だな」
記者たちが困惑したように、ひそひそとささやき合う。
所長は口元を緩めて、「んふふ~来ちゃったねぇ」と。
まるで娘の晴れ舞台を見るかのように、頬を緩ませていた。
俺は内心のざわめきを殺して、言葉を発する。
「何しに来たんだ、お前……!」
やや押し殺した声で問うが、香奈は全く動じない。
それどころか、首をこてんと傾けてニコッと笑う。
「あれ~? 零士くん、びっくりしてる? えへへっ、ごめんね、急に来ちゃって」
まるでいたずらが成功した子供みたいな笑顔。
こっちの混乱など一切気に留めず、香奈はカメラに向き直って勢いよく声を張り上げた。
「今日はですねー! 皆さんに発表がありまーす!」
香奈はマイクでも持っているかのように拳を握り、大げさに声を張った。
にっこり笑顔でカメラをまっすぐ見据え、言葉を続ける。
「私たちプリズム☆ラインは、一週間後――」
ここで一度、得意げに間を取る。
視線はばっちりレンズ越しの視聴者へ。
「
「……」
「……」
「……」
報道陣は、誰ひとりとして反応しなかった。
ペンは止まり、フラッシュも鳴らない。
カメラすら少し下がる。
凍る空気。
スベった、というより真空。
あまりの無風っぷりに、逆に心配になるレベルだった。
香奈は一瞬だけ「ん?」という顔をしたものの、すぐに持ち直して無理やり笑顔を繋いでいた。
ただその耳がほんのり赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。
「あれ、反応薄い?」
香奈がほんの一瞬だけ戸惑ったような顔をした。
だがすぐにニッコリ笑い直して、追撃を放つ。
「もちろんっ! この神カメラマンさんと一緒に、ですっ!」
「「「うおおおおおおおっ!」」」
ピシャッ――パシャッ、パシャパシャパシャッ!
一瞬で爆発するフラッシュの嵐。
無反応だった記者たちが一斉に前のめりになる。
報道陣の目の色が変わるのが、はっきりと分かった。
「神カメラマン、続編だって!?」
「今すぐ記事にしろ! 見出し確保!!」
まるで群がるハイエナのように、報道陣がざわめく。
立ち上がり、スマホやメモ帳を構える者もいる。
「えへへっ」
その中心で、香奈が満面の笑みで俺の腕をがしっと掴み、ぴったりとくっついた。
腕に柔らかい感触が伝わる。
いや、そういうのじゃなくて!
「ちょ、おま、何して!?」
「いっしょに写った方が絵になるでしょ?
ストリーマーは常に
無邪気な笑顔。
その間もカメラのシャッター音は鳴り止まず、場の熱はうなぎ上り。
「な……何言ってんだお前……!」
思わず素で引いた声が出る。
俺の顔は、完全に引きつっていた。