朝の空気は冷たいが、心地よく澄んでいた。
中級ダンジョン、グラビトール坑道の前。
整備された石畳の広場にプリズム☆ラインの四人が並び立つ。
その中央に、香奈がいた。
「こんカナ~! 今回は私たちプリズム☆ラインが、中級ダンジョンに挑戦しちゃうよっ!」
きらきらとした笑顔を向けながら、香奈が元気よく右手を掲げる。
それと同時に、視聴者カウンターがびくんと跳ね上がった。
【視聴者数:101,236人】
はなから十万人越え。
前回の待機人数が1000人ちょっとだったことを考えれば、驚異的な伸びだ。
コメント欄も瞬時に動き出す。
:キターーーーー!
:神カメまた見られるのか!?
:前回の続き、待ってたぞ!
:やっぱカナちゃん推せる
カメラの向こうにいる十万の視線。
香奈の緊張は隠しきれない。
それでも、あの笑顔は崩れない。
俺は少し後ろに立って、配信機材の最終チェックを済ませながら小さく息を吐いた。
今日はAIDAは使わない。
理由は単純。
中級モンスターの動きについて行けるほど、まだAIDAの性能は高くない。
それでもある程度は役に立つだろうが……。
このレベルになると、わずかな読み違いが命取りになる。
不確定なAIの指示は、いまの香奈たちにとって足枷になりかねない。
香奈たちは、それぞれの武器を確認しながら息を整えている。
ケンタは巨大な盾とハンマー、リサとショウタはボウガンを肩に下げ、香奈は軽量の長剣を腰に収めていた。
「よーしっ、準備万端! それじゃ行くよっ、みんな応援よろしくぅ!」
元気よく香奈が言う。
このダンジョンは、そんな軽い気持ちで入って良い場所じゃない。
だが、彼女たちはそれを承知のうえで来ている。
自分たちの命の灯の輝きを、エンターテイメントとして提供するために。
俺はピントを調整しながら、ダンジョンに入る彼女たちの背を追った。
ダンジョンの内部は、初級とは明らかに空気が違っていた。
天井は高く、岩肌がむき出しの通路には仄かに青白い鉱石の光。
湿った風が肌を撫で、足音ひとつで空気が揺れるような静けさ。
そして何より、底知れない
「おわ~……雰囲気あるねぇ……」
「壁の鉱石、持って帰って売ったらいくらになるかな」
「無許可、無資格での採掘は違法です。証拠映像もばっちりありますので、大人しく出頭してください」
「新しいパーティメンバー募集中でーす、皆さんこちらまでご応募くださいね」
「おい! まだやってねえだろ!」
香奈たちは軽口を叩きながら進んでいたが、緊張は隠せていない。
それでも、確かにあの六日間の訓練が彼らの中に息づいている。
動きに無駄がない。
周囲の警戒も、それぞれの役割意識もある。
よし、いい傾向だ。
そんなことを思った矢先だった。
「来たっ!」
香奈が声を上げ、前方を指差した。
瓦礫の影から、灰緑色の小柄な影が飛び出してくる。
「キィブルルル!」
ジャンピングゴブリン。
鍛え上げた下肢で高く跳び、前衛を飛び越えて後衛を狙う厄介なやつ。
敵は一度しゃがむと、ぴょんと高く跳躍。
「させるかよ!」
ケンタが前に飛び出す。
ゴブリンの辿る軌道を読み、同じように跳んで進路を妨害する。
「うおおおおっ!」
空中でゴブリンと交錯し、体当たり。
跳ね飛ばされ、着地に失敗したゴブリンがバランスを崩し、地面を転がった。
「今っ!」
ショウタとリサが、すかさずボウガンを構える。
軽く引かれた引き金と同時に、二本の矢がゴブリンの関節へと突き刺さる。
「グギィイィ……」
「とどめっ!」
香奈が地を蹴り、一気に間合いを詰めた。
抜き放たれた長剣がゴブリンの喉元を一閃。
新聞紙の剣じゃない、カーボンに魔石を練り込んだ、高熱をもって対象を焼き切る熱剣。
ゴブリンが呻きもせず崩れ落ちたその瞬間、コメント欄が一斉に動いた。
:やっぱ神カメラマンすごい、戦闘が見やすすぎる
:中級ダンジョンの魔物でもこんな綺麗に撮影できるのか
:#神カメ安定 流行らせよう
:プリズム☆ライン、なんか強くなってね?
ほとんどは俺のカメラワークを賞賛するコメントだが、一部、香奈たちの進化に気づいている者もいる。
俺はカメラを通して教え子の動きを見つめながら、静かに息を吐いた。
成長が、こうして目に見える形で結果になっている。
もちろんまだ危なっかしいところは多いが。
「……無駄じゃなかったな」
マイクに拾われないよう、小さな声でつぶやく。
けれど油断はできない。
これがまだ入り口でしかないことを、俺はよく知っている。