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第10話 中級ダンジョンで見せる進化

 朝の空気は冷たいが、心地よく澄んでいた。


 中級ダンジョン、グラビトール坑道の前。

 整備された石畳の広場にプリズム☆ラインの四人が並び立つ。

 その中央に、香奈がいた。


「こんカナ~! 今回は私たちプリズム☆ラインが、中級ダンジョンに挑戦しちゃうよっ!」


 きらきらとした笑顔を向けながら、香奈が元気よく右手を掲げる。

 それと同時に、視聴者カウンターがびくんと跳ね上がった。


 【視聴者数:101,236人】


 はなから十万人越え。

 前回の待機人数が1000人ちょっとだったことを考えれば、驚異的な伸びだ。

 コメント欄も瞬時に動き出す。


 :キターーーーー!

 :神カメまた見られるのか!?

 :前回の続き、待ってたぞ!

 :やっぱカナちゃん推せる


 カメラの向こうにいる十万の視線。

 香奈の緊張は隠しきれない。

 それでも、あの笑顔は崩れない。


 俺は少し後ろに立って、配信機材の最終チェックを済ませながら小さく息を吐いた。


 今日はAIDAは使わない。

 理由は単純。

 中級モンスターの動きについて行けるほど、まだAIDAの性能は高くない。

 それでもある程度は役に立つだろうが……。

 このレベルになると、わずかな読み違いが命取りになる。

 不確定なAIの指示は、いまの香奈たちにとって足枷になりかねない。


 香奈たちは、それぞれの武器を確認しながら息を整えている。

 ケンタは巨大な盾とハンマー、リサとショウタはボウガンを肩に下げ、香奈は軽量の長剣を腰に収めていた。


「よーしっ、準備万端! それじゃ行くよっ、みんな応援よろしくぅ!」


 元気よく香奈が言う。

 このダンジョンは、そんな軽い気持ちで入って良い場所じゃない。

 だが、彼女たちはそれを承知のうえで来ている。

 自分たちの命の灯の輝きを、エンターテイメントとして提供するために。

 俺はピントを調整しながら、ダンジョンに入る彼女たちの背を追った。


 ダンジョンの内部は、初級とは明らかに空気が違っていた。


 天井は高く、岩肌がむき出しの通路には仄かに青白い鉱石の光。

 湿った風が肌を撫で、足音ひとつで空気が揺れるような静けさ。

 そして何より、底知れないが、充満している。


「おわ~……雰囲気あるねぇ……」


「壁の鉱石、持って帰って売ったらいくらになるかな」


「無許可、無資格での採掘は違法です。証拠映像もばっちりありますので、大人しく出頭してください」


「新しいパーティメンバー募集中でーす、皆さんこちらまでご応募くださいね」


「おい! まだやってねえだろ!」


 香奈たちは軽口を叩きながら進んでいたが、緊張は隠せていない。

 それでも、確かにあの六日間の訓練が彼らの中に息づいている。

 動きに無駄がない。

 周囲の警戒も、それぞれの役割意識もある。


 よし、いい傾向だ。

 そんなことを思った矢先だった。


「来たっ!」


 香奈が声を上げ、前方を指差した。

 瓦礫の影から、灰緑色の小柄な影が飛び出してくる。


「キィブルルル!」


 ジャンピングゴブリン。

 鍛え上げた下肢で高く跳び、前衛を飛び越えて後衛を狙う厄介なやつ。

 敵は一度しゃがむと、ぴょんと高く跳躍。


「させるかよ!」


 ケンタが前に飛び出す。

 ゴブリンの辿る軌道を読み、同じように跳んで進路を妨害する。


「うおおおおっ!」


 空中でゴブリンと交錯し、体当たり。

 跳ね飛ばされ、着地に失敗したゴブリンがバランスを崩し、地面を転がった。


「今っ!」


 ショウタとリサが、すかさずボウガンを構える。

 軽く引かれた引き金と同時に、二本の矢がゴブリンの関節へと突き刺さる。


「グギィイィ……」


「とどめっ!」


 香奈が地を蹴り、一気に間合いを詰めた。

 抜き放たれた長剣がゴブリンの喉元を一閃。

 新聞紙の剣じゃない、カーボンに魔石を練り込んだ、高熱をもって対象を焼き切る熱剣。

 ゴブリンが呻きもせず崩れ落ちたその瞬間、コメント欄が一斉に動いた。


 :やっぱ神カメラマンすごい、戦闘が見やすすぎる

 :中級ダンジョンの魔物でもこんな綺麗に撮影できるのか

 :#神カメ安定 流行らせよう

 :プリズム☆ライン、なんか強くなってね?


 ほとんどは俺のカメラワークを賞賛するコメントだが、一部、香奈たちの進化に気づいている者もいる。

 俺はカメラを通して教え子の動きを見つめながら、静かに息を吐いた。

 成長が、こうして目に見える形で結果になっている。

 もちろんまだ危なっかしいところは多いが。


「……無駄じゃなかったな」


 マイクに拾われないよう、小さな声でつぶやく。

 けれど油断はできない。

 これがまだ入り口でしかないことを、俺はよく知っている。


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