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第9話 大切な仲間が死んだ

「一体目、ジャンピングゴブリン。……行くぞ」


 俺は膝を深く曲げ、地を踏みしめた。

 次の瞬間、バネ仕掛けのように爆発的な跳躍を仕掛ける。


「えぇ!? そんないきなり――てか零士くん飛びすぎっ!」


「言ってる場合か! 構えろ!」


 視界が一気に跳ね上がる。

 空中で身体を小さく丸め、反転。

 着地直前、重力を受け流すように姿勢を調整し、後衛へ一気に滑り込んだ。


「か、構えろって、どこにいるの!?」


「右――じゃねえ、あれ、どこいった!?」


 驚いて立ち止まる香奈に、ケントが焦って誤った指示を出す。

 二人は慌てて構え直すが、もう遅い。

 警戒する暇すらなく、新聞紙の模擬剣がその額に優しく触れた。


 ぺし。


「あうっ」


 標的はリサ。

 俺の攻撃をおでこで受け止めた彼女は、珍しく間の抜けた声をあげた。

 俺はそのまま一歩後ろに下がり、軽くため息を吐く。


「ジャンピングゴブリンは、その名の通り跳躍を得意とする。

 足場の凹凸、壁面の岩などあらゆる物を利用し、前衛を無視して奇襲を仕掛けるのが奴らの基本戦法だ」


 沈黙が場を支配する。

 香奈は歯を食いしばり、リサは悔しそうに眉をひそめて頭を押さえていた。

 ケントは盾を見つめたまま拳を握り、ショウタは吸盤付きの模擬ボウガンを下げたまま、小さく首を振った。

 誰もが、黙っていた。


「今ので一人、大切な仲間が死んだぞ」


 その一言が、重く空間にのしかかる。

 ダンジョン攻略はお遊びじゃない。

 中級ダンジョンでは、一撃のミスが死に直結する。

 俺はその現実を、どうしても伝えたかった。


「……理解してくれれば、それでいい。

 さ、気を取り直して。もう一度ジャンピングゴブリンだ」


 その言葉に、香奈が拳を握り直す。


「……うん、今度こそ」


 ケントは静かに盾を構え直し、リサとショウタが頷きながら立ち位置を修正した。

 先ほどまでとは明らかに違う、引き締まった空気が漂い始めていた。



------



 六日目の夕方。

 石造りの広間に、新聞紙の剣が鳴らす乾いた打撃音が響いた。

 香奈の持つソレが、俺の胴に触れてひしゃげている。


「――三十体目、討伐成功。……よくやったな」


 俺が静かに告げると、張り詰めていた空気が一気にほどけた。


「は、はああああああぁ……! やっっっっっと……!」


 香奈がその場に崩れ落ちた。

 ごろんと背中を地に預け、両手を広げて息を吐く。

 全身は汗まみれ、髪の毛は湿って額に張りついていた。

 それでもその顔には、何よりも眩しい心からの笑顔が浮かんでいた。


「や、やりましたね……!」


 ショウタが膝に手をつき、肩で息をしながら呟く。


「うぅ……体が……もはや石像だ……」


 ケントが仰向けになりながら、盾を脇に放り出して呻いた。


「…………も、むり……」


 リサはただ目を閉じて、地面に突っ伏していた。


「あはは、リサが完全に魂抜けてる」


 香奈が笑いながら腹筋をさすった。

 全員が床に倒れ込み、ぜえぜえと呼吸を繰り返している。

 乾いた笑い声と、熱のこもった息遣いが交差して、しばらくフロアから消えなかった。


 俺は壁際に腰を下ろし、ペットボトルの水をあおりながら彼らを見やる。

 この六日間、彼らは本当によく食らいついてきた。


 跳躍、突進、連携、奇襲。

 すべてのパターンを、何度も繰り返して身体に叩き込んだ。

 初日には悲鳴すら出なかったリサが、今では射線の確保を口にする。

 ケントは前衛として、敵の動線を読むようになった。

 ショウタは命中精度を上げ、味方との連携もとれるようになった。


 そして、香奈。

 恵まれた運動神経任せの無鉄砲とも言える突進は、今や狙いのある一撃に変わりつつある。


「お疲れさん。……よくやった。全員、文句なしだ」


 俺は自然と、言葉に温度を込めていた。

 香奈がへとへとの顔をこちらに向ける。


「おわ……零士くん、褒めてくれるの珍しいね」


「そうか? ……ま、たまにはな」


「んへへ」


 俺の答えに、香奈は目を細めてへにゃっと笑った。 

 その笑顔を見て、ふと昔の記憶がフラッシュバックしかける――が、俺はすぐに思考を切った。

 今はまだ、その時じゃない。


「さあ、そろそろ片づけるぞ。約束どおり、今日はだ」


「ごはんっ!!」


 香奈が叫びながら、腕を突き上げた。


「オレ焼き肉が良い!」


「にく! おにくにくにくっ、おにくにくっ!」


「え~、お肉かぁ」


「運動後のたんぱく質の摂取は、肉体を作るうえで非常に有効です」


 賛成三、反対一。

 多数決で決定かな。

 ……一名、変な歌をうたっている奴がいるが。


 六日間の特訓は終わった。

 これから一日の休息日を挟んで、明後日が配信の日だ。


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