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第8話 俺を倒してみやがれ

 スタルト迷窟前、午後一時。


「えーっと、全員そろってるかなっ!」


 ダンジョン前の広場。

 香奈が両手をパンと打って声を張った。

 陽光が石畳を照らし、ダンジョンの入り口には薄く魔力の膜がかかっている。

 ここが初級ダンジョン、スタルト迷窟。

 先日の配信で、彼女たちが突破したダンジョンよりもさらに低ランク。

 完全な初心者向けのダンジョンだ。


「じゃあ、あらためて自己紹介しよっか!

 今日は私たち“プリズム☆ライン”本気の特訓デイだしねっ!」


 ぴょんと一歩前に出る香奈。


「ボクがリーダーの香奈! 前衛だよっ! 今日も全力でがんばりまーす!」


 元気全開の笑顔が今日も眩しい。


「リサです。後衛担当。ボウガン持ち。」


 うって変わって落ち着いたハスキーな声の少女。

 無表情でスマホを操作しながら、最小限のボリュームで挨拶をする。


「ショウタといいます。ダンジョン攻略は昔から憧れてて、色々教えていただけると嬉しいです」


 前髪で目が隠れている少年。

 気弱そうだが、丁寧な言葉遣いだ。


「ケント! 前衛っす! 壁役なら任せてください!」


 とびきり明るい笑顔で、巨体を揺らしながら手を振る。

 なるほど、役割分担はバランスが取れてる。

 俺は一歩前に出て、軽く頭を下げた。


「俺は風間零士。今日からお前ら訓練漬けにするから、よろしく」


「「「「はいっ!」」」」


 四人が声をそろえて応じた。

 香奈のテンションに引っ張られて、チーム全体が明るい。

 そのとき、ふとショウタが呟いた。


「ここ……あまり魔物も出ないし、出たとしても弱い個体ばかりですよね」


「ん、そうなの?」


 と香奈が首を傾げる。


「確か人類が初めてボス討伐に成功したダンジョン……だったような」


 ショウタは顎に手を当てて、視線を流しながら言った。


「よく知ってるな、その通り」


 俺は彼の言葉に軽くうなずく。


「そんなとこで特訓? ホントにやる意味あるの?」


「ちょちょちょ、リサ! こっちが頼み込んでOKしてくれたんだからさっ……!」


 あわわと慌てる香奈。

 俺はフンと鼻で笑う。


「やる意味があるかどうか、楽しみにしとけ。さ、行くぞ」


 俺は言い残し、ダンジョンの膜をくぐって中へと足を踏み入れた。

 ダンジョン内部は、昼でも薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。


 けれど、そこに危険の気配はない。

 すでに魔物の発生は抑制されており、空間ごと安定化処理が施されている。まさに訓練向きの環境だ。


「うわ……ほんっとに敵がいない」


 香奈がきょろきょろと壁を見回しながら口を開く。


「視界も広いし、ちょっとした遺跡観光って感じっすねー」


 ケントが笑いながら言う。


「そうだな。ダンジョンってのはボスが討伐されてされればされるほど、魔物の湧きリポップが抑制される」


「少し調べてみました。ここはダンジョンが地球に出始めて一年経たないくらいで制覇され、そこから初心者向けとして何度も何度も利用されている。だから、これほど極端に魔物の気配が無いわけですね」


 俺の説明にショウタが続いた。

 好きというだけあって、こういう面には興味津々らしい。


「……気を抜かないで。少ないし弱いからといって、魔物は魔物。

 命の危険は常にあるのよ」


 リサの鋭い警告に、香奈が「りょ、了解っ」と姿勢を正す。

 そんな会話を交わしながら、俺たちはしばらく廊下を進んだ。


 やがて、天井が高く広がった。

 広々とした空間にたどり着いた。


「わっ……すごい……!」


 香奈が思わず声を漏らす。

 ここが今日の目的地。

 スタルト迷窟の中間地点に存在する広間。

 遮蔽物も最小限、全員の動きが把握しやすい理想的な訓練エリアだ。

 俺は荷物を下ろし、バッグのジッパーを開ける。


「さあ本題だ。今から行うのは、実戦型訓練」


「実戦……?」


 香奈がごくりと息をのむ。


「お前たちが一週間後に挑戦するのは、中級ダンジョン『グラビトール坑道』……であってるな?」


 パーティの四人は、ほぼ同時に首を縦に振る。


「俺が今から、する。それに対処してみせろ」


「えーっ!?」


 大声で驚く香奈。


「模倣って、そんなことできるの?」


「もちろん体のサイズ、形態まで真似ることはできない。

 でも攻撃パターン、戦術、予備動作はばっちりだ。ある程度の予習にはなる」


 そう、俺の頭脳には奴らの動きが全てインプットされている。

 香奈たちに対してどう反応するか、トレースするのは容易だ。


「た、対処してみせろったって……戦うってことか? 零士さんも俺たちも、怪我しちまうぜ!」


「走り込みとか素振りとか、そういうのかと思ってましたが」


 眉をひそめるショウタ。


「そんなもん一週間じゃ意味ないぞ」


 ケントの懸念に応えるように、俺はバッグからとっておきのアイテムを取り出す。

 まずは、新聞紙を丸めてテープで巻いた――剣。

 それを香奈にぽいと投げ渡す。


「これ、新聞……?」


 俺は他のメンバーにも次々と配っていく。

 壁役タンクのケントには、盾は本物を使ってもらうとして、武器のピコピコハンマー。

 後衛のリサとショウタには、吸盤付きスポンジ弾の模擬ボウガン。


「お、おもちゃじゃん」


「いいだろ? 殺傷能力はゼロ。今日はまずこれで、敵の動きを体に叩き込む」


「マジかよ……!」


 ケントが思わず笑いを漏らす。


「でも、楽しそうだねっ!」


 香奈が剣をくるくると振ってみせた。


「ルールはシンプルだ。オレに対して、一撃でも入れられたらとりあえずは合格。次の敵に進む」


「一撃入れる……なるほど、わかりやすいね!」


「一日で三十体倒せたら、帰りにメシでも奢ってやる」


「「「「やったーっ!」」」」


 一瞬でメンバー全員が沸き上がった。

 やれやれ、ほんとに単純な奴らだな。

 だがその単純さは、成長には悪くない。

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