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第12話 神の指揮

 ドアが閉じると同時に、空気が変わった。


 広いボス部屋。

 岩盤で構成されたドーム状の空間に、鉄のような重圧が満ちていた。

 香奈たちはすでに布陣を整え、正面の巨大な影と対峙していた。


 中級ダンジョン、グラビトール坑道の最深部。

 そのボス、グレイバーン・ミノタウロス。


 身の丈三メートル。

 岩のような灰色の筋肉と、重厚な鎧に覆われた巨体が、地響きを立てて一歩を踏み出す。

 両手に握られた戦斧は、人間の胴体ほどもある刃がついた凶悪な武器。

 その一振りで、建物すら粉砕する。


「うわっ、く、っそ、重っ……!」


 ケンタが真っ向から受け止めた。

 だが、ミノタウロスの膂力に勝てるはずもなく、盾ごと吹き飛ばされた。

 床を滑るように転がるケンタを、ショウタが慌てて受け止める。


「ケンタ、無茶しないで」


「お、俺、がやらな、きゃ……誰が、受け止める、ってんだ……」


 かひゅーかひゅーと浅く息を吐きながら、ケンタが言う。

 それをかばうように、刃を握り締めた香奈が、横合いからミノタウロスに跳びかかった。

 狙いは脇腹、分厚い鎧の隙間だ。


「くらえっ!」


 鋭い斬撃。

 だがその瞬間、ミノタウロスが腕をひねり、巨大な前腕で香奈の剣を受け止める。

 ガッと甲高い音が鳴り、逆に香奈の身体が弾かれるように後方へ吹っ飛んだ。


「う、うわっ」


「香奈! こんの……ちょっと、止まりなさいよ!」


 リサが慌てて矢を放ち、何本かミノタウロスの肩に突き刺さるも、ほとんど効いていない。

 逆に苛立ちを煽ったのか、ミノタウロスが一歩踏み込んで吼える。


「グ、ォォォォォォ――!!」


 咆哮とともに地面を蹴って、大地が揺れた。


「き、来やが……ぐわあっ!」


 ケンタが再び前に出て盾を構えたが、衝突ののち、壁に叩きつけられるようにして倒れた。


「ケンタ!」


 リサの叫びが響く。

 香奈は跳躍して距離を取ろうとする。

 しかしミノタウロスは、既にその刃を構え直していた。


「固いうえに、早いっ……!」


 そこに容赦などない。

 このままでは、本当に誰かが死ぬ。

 そう確信した瞬間、俺の口が勝手に動いていた。


「――全員、左へ!」


 その一言に、香奈たち四人が一斉に身体を反らした。

 迷いのない動き。

 誰一人として反応が遅れない。


「ブルアァァァァ!!」


 直後、ミノタウロスの戦斧が振り抜かれた。

 空間を裂くような唸りと共に、床を斜めに抉る。

 石が爆ぜ、破片が視界を白く染める。


 だが四人は無事。

 全員がギリギリで……いや、寸分違わず正確に攻撃を避けきった。


 :え!?

 :神カメさん指示してて草 

 :イケボ

 :イケボすぎ


 配信に声が乗るが、今さら何も隠すつもりはない。

 既にニュースで声も顔も素性も全てバレてしまっているし。

 むしろ、今言葉を届けずに何が “誰も死なない戦場りそう” か。


「ケンタ! 次の攻撃は斧を振り上げた直後、重心が前に乗る! 左足を狙え!

 リサ、ショウタ、狙撃準備。合図で右膝を打ち抜け!

 香奈、切り込みはその直後。タイミングは俺が伝える!」


 俺の脳内には、過去五年間で解析してきたあらゆるミノタウロス型魔物のログが高速で走っていた。

 筋肉の膨らみ、斧の軌道、わずかな軸足の傾き。

 その全てが、次の攻撃動作の伏線だ。


「グォォォォォォ!」


 ミノタウロスが再び吼える。

 斧が天高く振り上げられた。

 一見危険に見えるこの時。

 ここが、最大の反撃チャンス。


「ケンタ、今だ! 俺を信じろ!」


「おりゃあああああああッ!」


 ケンタが叫びながら、盾を後ろに投げ捨てる。

 両手で握ったハンマーを、渾身の回転と共に叩きつけた。


 ドッ!


 衝撃で敵の左膝が一瞬崩れる。

 巨体がよろけた。


「今だ、撃て!」


 ボウガンの発射音が重なる。

 リサとショウタの放った矢が、ミノタウロスの右膝に命中。


「連射! 攻撃をやめるな!!」


「「はいっ!」」


 バシュン、バシュンビシュン。

 次から次へとボウガンの一撃が、敵の膝に吸い込まれていく。


「グオ、オオ……!」


 驚異的なタフネスを誇るミノタウロスも、流石にぐらりと揺れる。

 左膝と右膝、両方を砕かれた脚はもはや支えきれず、巨体が前のめりに崩れていく。

 その瞬間を、待っていた。


「香奈!」


「おまかせっ!」


 俺が呼ぶより早く、彼女は動き出していた。

 ったく、タイミングは俺が、って言ったんだがな。


 猛ダッシュのさなか、香奈はこちらを一瞬だけ見た。

 視線が交差するその刹那。

 俺は言葉ではなく、浅くうなずいて意思を伝えた。


「とっ……どめだぁっ!」


 香奈が跳躍。

 地を蹴った反動とともに、高く、鋭く、空を裂くように。

 剣に宿った最後の気力が、一直線にミノタウロスの喉元を貫く。


 ――ズバッ。


 数秒の静寂。

 そして、灰色の巨体がゆっくりと、重力に従って崩れ落ちた。


 ズズゥゥウウウン。


 床が揺れ、埃が舞い上がる。

 彼女たちの戦闘、その全てをカメラに収めながら、俺は一歩だけ足を踏み出した。

 あいつらは、勝ったんだ。

 ――コメント欄が、爆ぜた。


 :ヤバいヤバいヤバい!!!

 :なんだこの連携!?

 :神カメラマン⇒神指揮官だろもはや

 :余裕でルクシアちゃんの配信よりおもろい

 :【速報】視聴者50万突破 ―俺たちのカナ、伝説になる―


 【視聴者数:503,811人】


 香奈たちは、その場にへたり込みながらも笑っていた。


 歯を食いしばり、命を賭けて掴んだ勝利。


 その姿を、俺はモニター越しに見つめていた。

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