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第13話 笑顔の裏の涙

「えっと、改めまして――」


 香奈がカメラに向き直る。

 普段より少しだけ張りの失われた声が、配信に乗る。


「中級ダンジョン、グラビトール坑道! 

 無事に……では無いかもしれませんがっ、超バズりながらクリアできましたーっ!」


 背後のメンバーたちも、それぞれ手を振る。


 :ナイスー!

 :めちゃくちゃカッコよかった!

 :50万越えすげぇ……

 :っぱ神カメさんだよなぁ


 コメント欄は爆速で流れ続けている。


「ケンタの盾も、リサとショウタのボウガンも最高だったね。

 それに何より、れ……神カメさんの指示も!」


 また名前言いそうになったな……。

 まあ、とっくに身バレしてるから、今さら隠すことでも無いけど。

 和やかな空気のなか、香奈が手を掲げて締めのタイミングを作る。


「よーし、じゃあ次の企画はー……」


 そこで一旦とめ、ちらりとこちらに視線を向ける。

 俺はその意図を読めず、小首を傾げて返答した。


「つ、いっちゃおっかな~? ってことで次回もお楽しみにっ!

 今日も見てくれてありがと! おつカナ~!」


 :おつカナ

 :おつカナー!

 :また中級!? 拡散拡散!

 :神回確定


 香奈の終了挨拶後、三秒ほど余韻を残し、俺は配信停止操作をする。


 場に、静けさが戻る。

 俺は香奈に歩み寄ると、低い声で問いかけた。


「どういうつもりだ?」


「うう……ですよね……」


 香奈の表情が一瞬で曇る。

 その後ろで、リサたちも空気の重さに気づいたように口を閉じた。

 こちらに目を合わせず、わざとらしく泣き顔をつくる香奈に、俺はため息を吐く。

 いや可愛いけど、それで許されると思うなよ。


「……お前も十分理解していると思うが、今回突破できたのは、あくまでだったからだ。

 俺が用意した練習メニューで、出現モンスターを完全に把握してた。

 ま、ゲームで言うと、グラビトール坑道状態だったわけだ」


「うん、知ってるよ」


「ならどうして、次も中級あんなことが言える」


「次もまた同じように特訓してもらえばいいんじゃないかなー……なんて、あはは」


 上目づかいで、ごまかすように笑う香奈。


「戦力の底上げは短期間で済むものじゃない。今回、ギリギリの戦いだっただろ。

 地力が伴ってない状態で次も同じクラスに挑むってのは、無謀って言うんだ」


 沈黙。

 香奈が、俯いたまま小さく口を開いた。


「わかってるよ……そんなの。零士くんが言いたいことは正しい。全部、正論だよ?」


 その声は震えていた。


「でも……でも、ボクには、時間がないんだよ……!」


 その瞬間、香奈の声が爆ぜた。


「いま動かなきゃ、いまやらなきゃ、もう間に合わないの!」


 香奈は息を荒げて、俺を見上げる。


「零士くんには……わからないよ」


 そう言い残して、香奈は背を向けて駆け出した。

 ボス討伐をきっかけに出現した、外へ続く転移魔法陣に向かって。


「香奈っ!」


 リサが後を追いかける。

 二人の背中が光の向こうに溶けていった。

 その場に残されたのは、俺とケンタ、ショウタの三人。

 しばらくの沈黙のあと、ケンタがぽつりとつぶやいた。


「あいつ、無理してんすよ」


「……?」


 俺が視線を向けると、ケンタは静かに続きを述べる。


「香奈の家、母ちゃん一人で三姉妹育てててさ。

 ……ちょうど、半年くらい前かな。

 末っ子ちゃんに重い病気が見つかって」


 そこで言葉を区切り、大きくため息。

 そして、再開する。


「――もう、あんまり長くないんだって」


 ケンタは虚空を見つめながら、普段とは違う静かな声で言った。

 続いて、ショウタも口を開く。


「助かる可能性はあります。でもそれには莫大な手術費用が必要らしくて……。

 香奈のお母さんも過労がたたって倒れてしまって、中三の妹さんは受験で手いっぱい。

 香奈が動くしかない状況なんです」


 言葉が、喉に引っかかる。


「それであいつ、社会経験の無い自分が大金を稼ぐ方法はないかって考えて、配信コレ始めたんすよ」


「お母さんと妹さんの面倒を見ながら、病院にも足しげく通って。

 色んなバイトをかけもちして、空いた時間で撮影や編集をして」


 ショウタの声が震えている。


「俺たちも何かできることあればって言ったんすけど……。

 配信手伝ってもらってるだけで十分すぎるって、何もさせてくれないんすよ」


「本当は一番苦しいはずなのに、香奈は僕たちの前ではいつも笑顔なんです。

 だから零士さん……もう少しだけ、香奈のために、協力してもらえませんか?」


 眩しい笑顔。

 あの明るさ、前向きさ。

 それが演技だったとは思わない。

 けれどその裏に、こんなに重たいものを抱えていたなんて、想像すらしていなかった。


 俺はいったい、香奈の何を見ていた?


 画面越しの笑顔か。

 バズりたいって祈る軽さか。

 無謀に突っ込んで、命より配信を優先する強引さか。


 違う。

 その全部の奥に、家族を守りたいという必死な想いがあったんだ。


 無鉄砲なんかじゃなかった。

 甘くなんかなかった。

 あいつは自分のすべてを懸けて、本気で戦っていたんだ。


「……俺が間違ってたよ」


 思わず、内心から言葉が零れ落ちる。

 ただの目立ちたがりだと思っていた。

 自分を過信している子供だと思っていた。


 しかしそれは誤り。

 数字を追いかける理由も、生き急ぐようなその姿勢も。

 どれもこれも、全てが彼女なりの決意。

 自らの命を賭してでも、大切な人を守るという覚悟。


 俺は、戦場の全てを読み取ってきたはずなのに。

 肝心なものは、何一つ見えていなかった。


「…………ふう」


 息を、ひとつ。

 喉が痛い。

 胸の奥が焼けるように苦しい。

 それを振り払うように、俺は歩き出す。


 魔方陣をくぐり、俺はダンジョンの外に出た。

 夜風が肌を撫でる。

 空気が一変し、現実に引き戻される感覚。


 だが次の瞬間、目の前の空間に黒塗りのリムジンが滑り込んできた。


「く、車……?」


 こんな過疎った低級ダンジョンの前に?

 しかも大企業の社長やハリウッドスターが乗るような、そんな高級車が?


 まるで演劇のような完璧なタイミング。

 車体は鏡面のように月を映している。

 後部ドアが、静かに開く。


 まず、脚が現れた。

 艶のあるヒールに包まれた細く、しなやかな足。

 次いで、風を味方にしたような動きで、彼女は立ち上がる。


 プラチナブロンドの長髪が、月明りを反射しながら夜を照らす。

 光の粒が舞うように、その髪が揺れた。

 青灰色の大きな瞳が、まっすぐこちらを射抜く。


「……っ」


 ごくり。

 思わず唾を呑み込む。


 姿勢、動作、視線。

 すべてにおいて隙がない。

 ただ立っているだけなのに、圧倒的な完成度。


 磨き上げられたモデル体型に、ハイブランドのジャケットを纏い、洗練された所作で足を運ぶ。

 彼女が俺の前で立ち止まった瞬間、世界が静寂に包まれた気がした。


「初めまして、風間零士さん。

 いえ――とお呼びした方がいいかしら?」


 その声は、まるで劇場のスポットライトを浴びた主演女優のよう。

 自然と耳に入り、胸の奥に残る。


「私は “天城あまぎルクシア”。世界で最も愛されるストリーマーよ」


 女王の微笑。

 そして、宣告のような自己紹介が、夜に響いた。

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