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第2話 お供を呼び出そう

 いつの間にかまた寝てしまっていたようだ。

 今回も狐たちが私の周りに集まって寝ているし、子狐たちは子狐たちで私の上で丸くなって眠っている。

 どうやら彼らは私の周りに集まることで安心感を覚えているようだ。

 さながら母親か父親のようなものだろう。


 私が起き上がると同時に狐たちも顔を上げる。

 子狐たちはまだ寝ているので落とさないようにそっと体の上から降ろす。

 身軽になったところで立ち上がると、狐たちが頭をこすりつけてくる。

 もはやこれは挨拶だな。


「みんなおはよう」


 それだけ言うと、私は洞窟の外へ向かった。

 ついでにその途中にある小さな社の手入れをしておく。

 埃を取り除くと壊れた個所を見つけたが、修理するための道具がない。


「この社は直しておかないとなぁ」


 この社に祀られていたのは何の神様なのだろう。

 少し気にはなるが、壊れた状態では確認することはできない。

 そんなことを考えていると、少しだけ自分の体に力が戻っていることに気が付いた。


「よかった。休んだからか少しだけ回復したみたいだ。これくらいあれば手伝いを呼べるだろう。でも、今呼べるのは一人だけだな」


 残念ながら九人の従者のうち一人しか呼べないようだ。

 誰にするか。


 うん、決めた。


「おいで、さくら」


 私はそう言い、指をパチンと鳴らす。

 すると目の前に小さな黒い穴が開き始め、完全に円形になったところで、小さな手が黒い穴から出て来た。


「うんしょっと。ふぅ。呼ばれたから来ました、マスター。ふむ? ここは一体どこです?」


 桃色髪の巫女服を着た小さな狐耳の少女は、こちらに出てくるなりそう言った。


「さぁ? 私にもわからないよ」


「はぁ、そうですか」


 私がそう言うと、さくらは少し不機嫌そうにそう言った。


「それで、昨日は突然どこに行かれたのですか? 今いる場所についてもそうですが、お部屋を訪ねてみたら誰もいませんでしたので」


「いや~、私にもわからないんだ。友人が訪ねてきて盃を酌み交わしたんだけど、そのあとの記憶がなくてね。気が付いたらここにいたんだ」


「力を残したまま?」


「うん。そうなる」


「はぁ~……」


 私がそう答えると、さくらはため息を吐いて頭を抱えてしまった。


 さくらは身長60cmほどの小型の妖狐女性型の神霊だ。

 見た目は女児なのだが、まだ生まれてそんなに経っていないので仕そんなものだ。

 しっかり者のまじめな性格で、庶務雑務や武芸に長けている。

 情けない話だが、私のお世話担当の一人でもある。


「とにもかくにも、まずは帰らないと話になりませんね」


 さくらはそう言うと出てきた黒い穴を指さした。


「いやぁ、あの穴は私じゃ通れないよ。もう少し力が戻れば帰れるようになるから」


 さすがにさくらの通ってきた穴では小さすぎる。

 私が通ったらパスタのように引き延ばされてしまうだろう。


「仕方ありません。であれば、しばらくは私もここにいます。私がいるだけで私を通してマスターに力が流れ込むはずですので、多少は回復が早まることでしょう」


「うん。ありがとう」


「いえ……」


 私が素直にお礼を言うと、さくらは照れたようにそっぽを向いてしまった。


「そうと決まれば、さっそく周囲のことを調べましょう。それと住居ですが……。マスターは横穴式住居がお好みですか?」


 さくらは私がいる方、つまり洞窟のほうを向いてそう言った。


「横穴式も竪穴式も好みじゃないからね? たまたま一泊しただけ」


 まぁこのままだったら二泊目は突入していただろうけど。


「布団はなさそうですが、なにやら臭いますね。マスター? お風呂に入れていないのはいいとしても、その服装はいただけません」


 さくらは鼻をひくひくと動かして私の臭いを嗅いだ。

 着の身着のままなので臭いが移ってしまっているのだろう。

 それにしても服装はどうにもならないな……。


「確かに今はジャージ姿さ。お休みだったのだからいいだろう?」


 せめてもの反抗である。


「普段通りにしろとは申しませんが、せめて狩衣や直垂くらいは……」


「それはしっかりしている部類では? さらに言えば古いと思うが」


 私の世界でも儀式のときはそういう服装をすることはあるものの、普段から着ているわけではないのだ。


「こほん。そうですね。今はスーツでしたか。まぁないものは仕方ありません。とりあえず周囲を調べてみましょう」


 さくらは一つ咳払いをすると光るパネルのようなものを空中に出現させた。


「ふんふん。どうやらここは、大きな島のようですね。全周に結界が張られています。あっ、この世界は……」


 さくらが何やらプレート上のものを見ながらつぶやいている。

 今さくらが見ているものは、世界の情報を見ることができる端末の一つだ。

 どこの世界であれ、その場所の情報が詳しく表示される。


「何かわかった?」


「はい。この世界はマスターが三十五番目に作った世界です。管理を眷属に任せたまま放置していたようですね」


 私の問いかけにさくらは冷たい目をしながら答えた。

 もしかしたら緊急事態の連絡が来ていたのかもしれない。


「ごめんなさい」


「はぁ。いいですけど。とりあえずこの島ですが……」


 どうにか許してくれたさくらは言いにくそうに言葉を詰まらせる。


「どうかした?」


 私がそう尋ねると、さくらは頭を振りこう言った。


「この島、一部は海の上に浮いていて錨を下すようにして海底とつながっています」


「ええっと、その一部は人工島ってこと? それとも大きくえぐれてるってことかな」


「はい、一部が人工島です。底部にいけば切り離して浮上することも可能なようですね。今の世界からすると完全にオーバーテクノロジーです」


「うわぁ……」


 さくらの言葉を聞いて私もびっくりした。


「質問なんだけど、この世界の文明レベルってどのくらいかな?」


「マスター? それくらい把握されていないのはおかしいのでは?」


「す、すまない」


「はぁ。マスターが楽しんでいらっしゃるゲームの開発元である地球に照らし合わせますと、多少前後しますが、十八世紀ほどと思われます。なので、この島は古代文明の遺産もしくは」


「もしくは?」


「マスターがこの世界を作る際に拠点として使っていたルピナス級次元航行艦の一部」


「あっ」


 言われて思い出したが、確かに覚えがあった。

 たしか、一部を一時的に使って、そのまま忘れてたんだっけ……。


「えっと、今からでもアクセスは……」


「力が戻るまで認証装置も起動しませんから無理です。なので、当面は快適な環境を作りつつ交易や商売をしつつ、力が戻るのを待って回収して戻る。というのが目標になります」


「りょ、了解。ところで交易ってどうすれば? ここは村なんてないでしょ?」


 しばらくここで暮らすのは問題ないが、どうやって人間たちのいる場所まで行けばいいのだろうか。

 戦えないことはないが、今のままでは飛ぶことすらできないというのに。


「まぁそれはおいおい探しましょう。とりあえず食料調達です。それから明日以降、またほかの子を呼び出してください。できれば雛(ひな)ちゃんをお願いします」


「ん? 雛を?」


「はい。あの子は防衛に特化した性質を持っているのと同時に、モノづくりにも長けています。当然、大容量倉庫も所持しているので、いるだけで探索も楽になりますので」


「あぁ、たしかに」


 雛とは私の従者の一人で、さくらの姉妹だ。

 拠点防衛など、守ることが得意でその守備は鉄壁。

 さらに武器防具の製造や修理も得意な上道具も作れる。

 そして何よりも大きな特徴として、とても大きな倉庫を複数所持していることだろう。


「わかった。じゃあ明日は雛を呼ぼうか。というわけで、さっそく探索に行こう」


「はい!」


 こうして私たちは、朝ご飯を求めて森をうろつくのであった。


「鳥、イノシシ、鹿、角の生えたウサギ、何とか食べられる木の実……ですか。まぁまぁ集まった気はしますが、圧倒的に野菜が足りないですね。まるで原始的生活です」


 以上が小一時間探索した成果だ。

 野生動物は案外多いらしく、イノシシみたいな危険な動物も存在した。

 まぁこれらはすべてさくらの成果なのだが。


「今のマスターが何にもできないことはよく知っていますから大丈夫です。それよりも水と火をお願いします」


 拠点の洞窟に帰ってくるなり、さくらは捌いた獲物の血抜きを始めた。

 それと同時に、洞窟内から休んでいた狐たちがわらわら出てきた。

 狐たちは小さなさくらをみかけると、飛びついてじゃれ始める。


「ちょ、こらっ! やめなさい! 蚤が移ります! マスター、早くこの子たちをお風呂に入れてください」


 野生の狐たちにまとわりつかれているさくらはそう声を上げた。

 若干涙目になっているさくらは、なんとか狐たちの頭擦り付け攻撃をかわそうと必死になっている。


「はいはい。ほらみんな。嫌かもしれないけど水浴びをしよう。一匹ずつこっちにおいで」


 水を嫌がるはずの狐たちだが、私の声を聞くと渋々ながら水に入っていく。

 この水は一匹ごとに取り換えてきれいにしなければいけない。

 それと排水は少し遠くに捨てるなどする必要がある。

 今はまだいないが念のための寄生虫対策だ。


 昨日調べたところ、エキノコックスは潜んでいないことはわかったものの、ほかの寄生虫についてはわからない。

 特に蚤に関しては、私ではすぐにどうこうすることができないので対策しておく必要があった。


「マスターのその能力は便利ですね。たぶんマスターと同じようなことができるのは鈴(りん)ちゃんくらいでしょうか」


「鈴には教えたからできるはずだよ。なんでも微生物の研究をしたいとか」


 鈴はさくらのもう一人の姉妹だ。

 物静かで研究熱心。

 魔法などの力に詳しく、薬学にも精通している。

 三姉妹では救護を担当でもある。


「うーん。蚤はいないね。なかなか優秀な子たちだ」


 どうやら蚤に関してはセーフだったようだ。

 これで私の尻尾も一安心っと。


「こら君たち! お肉はたくさんあるんだから落ち着いて持っていきなさい。お母さん狐は子供たちのために細かくしてくださいね」


 さくらはすでにお肉の配給係となってしまったようだ。

 先住民たる狐たちに受け入れられたようで何よりだ。


「そうです。マスター」


「うん? 何かな?」


 不意にさくらが呼び掛けてきた。


「いえ、本格的な探索は明日にするとして、今日はできるだけ周囲の環境を整えようと思っているのですが」


「うん」


「寝る場所どうしようかと思いまして」


「別にそのあたりでもいいのでは?」


 私がそういうと、さくらは首を横に振った。


「私が嫌なんです。せめて藁と木の板で簡易ベッドなどを……」


 このサバイバルにおいてなんと贅沢な願いだろうか。

 なので、現状できることをさくらに提案してあげる。


「今日は子狐たちと一緒に寝るといいよ。私は大人の狐たちと一緒に寝るから」


 私の言葉を聞いて、さくらは子狐たちを見た。

 そして、ため息を一つ吐いた。


「はぁ。仕方ありません。考えてみればそれなりの毛皮ですものね」


 さくらは苦笑しながらそう言った。


「まぁまぁ。まだ明るいし、食べ終わったらさくさく始めようか」


「はい」


 私とさくら、そして狐たちはこうして楽しい食事の時間を過ごしていったのだった。

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