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第6話 女神の異変、世界の異変

 戦闘が終わったメディカルルーム内には微妙な空気が流れ始めていた。

 一つは様子のおかしかった女神テューズが大人しくなったこと。

 そしてもう一つは私に抱き着く雛菊とそれをじっと見るさくら、雛、鈴の間に流れる無言の空気だ。


 この場の空気は少し耐えられそうにないので、女神テューズのことを確認するとしよう。

 そもそも、女神なのにまるでバンシーのような状態だったのはなぜなのだろう。


「ええと、テューズ……さん、だっけ? なんであんな状態になっていたのか少し聞いてもいいかな」

 最初の確認は女神テューズの異様な状態についてだ。

 通常、神族がああいう風に狂うなんて考えられないからだ。

 もし簡単に狂ってしまうようなら、神として長い歳月存在し続けることは難しいだろう。


「ごめんなさい。私にはわかりません。そもそも記憶が曖昧で……」


「ふむ」


 女神テューズは申し訳なさそうに私に答えた。

 となると、原因のさらに前の状態を知る必要がある。


「雛菊、君が眠った原因はなんだったんだい?」


 女神テューズがだめなら雛菊に聞くしかない。

 そう思った私は、雛菊に眠った原因を尋ねた。


「そうですね。まず、ご主人様がこの宇宙を実験の過程で創造してから長い時間が経ったのはご存じかと思います。割り振られた番号は三十五、通称第三十五世界です。ご主人様は安定していなかったこの世界から一時的に去られる際、わたくしに管理を託し、ルピナス級次元航行艦の一部を残して管理権限を与えてくださいました。私自身は星界から管理していましたので時間の長さは感じられませんでしたが」


「それはまぁ、覚えている……」


「本当ですか? マスター」


 ちゃんと覚えているというのに、さくらに怪訝な顔をされてしまった。

 もしかして、最近信用ない?


「ふふ。それは構いません。最初期ですがこの世界には第一人類が誕生し、長い歳月をかけて繁栄していきます。やがてお互いに大規模な戦争を起こし、それによって滅びるという出来事が起きました。これを第一紀とします」


 どのくらいの技術を生み出したかはわからないが、大規模戦争によって滅びるくらいには発展していたようだ。


「それから時は時間は流れ、第二人類が誕生しました。第二人類はある程度発展したところで第一紀の遺産を発見、それを使い発展を始めました。やがてそれらを源泉技術とし、一時的には宇宙へと出るまでに至ります。が、その人類もまた小惑星の衝突と飢饉による戦争によって滅びます。これを第二紀とします」


 よくあるパターンの滅亡といえる。

 安定し始めた星系での小惑星の激突というイベントはそうそう起こるわけではないが、起こるときは起こるものだ。


「それから時は経ち、新たな人類である第三人類が誕生し、知識もないまま第二人類の放棄された施設から遺産の兵器を盗み出し、戦争に用いるという事態が発生します。これにより、世界に大規模な汚染が発生し、修復しなければいけない事態が起こりました。わたくしはこれを機に、戒めの象徴を地上世界に作り出し、世界の浄化を進めるために眷属を生み出すことにしました。これを第三紀とします」

 世界に異常が発生し始めたのはこの時期からのようだ。


「汚染された地域の状態は深刻で、わたくしたちは生命が住めない状態になることを避けるための対策を行うことにしました。その際用いられたのが、魔力源である魔素です。魔素は汚染原因からエネルギーを吸収し魔力へと変換します。これを循環させるために循環機能を生み出し、眷属に管理させることにしました。そして時は流れ、第四人類が誕生したのです。今回の原因は、この第四人類です」


 ここでいよいよ原因が出てきた。

 この第四人類が行ったことが、今回の事態を生み出したのだろう。


「第四人類は魔素の影響を受け、非常に頭が良く魔術という術を行使することができました。魔術の元である魔法はわたくしの眷属が管理していますので、世界構成を揺るがすほどの術を行使することはできません。ですが、高度に魔術が発展した第四人類は、第二人類の遺産を使い、高度魔術文明というものを生み出します。この島と一時期繋がっていた大陸はその過程で生み出された浮遊大陸でした」


 話を聞く限り、相当頭が良かったようだ。

 状況次第では、別の世界にもアクセスし放題になるかもしれない。


「実際、第四人類の技術の発展は目覚ましく、やがては世界を移動する転移装置を作成しました。これにより、異世界の物資の回収が可能となったのです。が、同時にそれは空間の狭間に棲む、『アレ』を呼び寄せることになりました」


 雛菊の口調が変わる。

 雛菊の語る『アレ』が『アレ』なら、人類に対処することはできないだろう。


「『アレ』は転移装置からこの世界に侵入し、汚染を広げていきました。第四人類は対抗すべく技術の粋を結集し、『アレ』を空間の狭間に追放することに成功します。そしてそれと同時に過剰なエネルギーは暴走を始め、世界に深刻な汚染をもたらそうとしました。わたくしを含め、眷属全員はこれに対処することにしました。そうしてわたくしや眷属たちが持てる力を使い、汚染を広げないようこの大陸に結界を貼り、封じ込めることに成功しました。しかし、そこにやってきたのが再度現れた『アレ』でした」


「『アレ』はこの世界へのリンクを保持していたのです。最終的に撃退することに成功はしましたが、『アレ』により負傷させられて療養中だったテューズを除き眷属のほとんどが眠りにつくほどに力を使い果たし、わたくしも世界の維持に全力を使い、眠りにつくこととなりました。テューズがおかしくなったのは、『アレ』の残滓の影響なんです」


 と、すべてを語り終えた雛菊はふっと力を抜き、私に倒れかかった。


「お疲れ様。そしてありがとう。そうか、そのタイミングで私がああなっていたから今こうなってしまったのか」


 私は小さな雛菊に無理をさせたことを悔やんでいた。

 余談だが、私は帰還後、非常に面倒な研究と仕事を押し付けられ、若干鬱気味であった。

 それを発散すべくしばらく引きこもっていたのだが、どうやらその時期が重なってしまったようなのだ。


「『アレ』の残滓については任せて。あとでテューズを見ておこう。さて、そうなると世界の修復と汚染の排除をしないと帰るに帰れないわけか。さて、何からやるべきか」


 単純に転移しただけだと思っていたら、大きな問題が発生してしまった。

 やるべきことをやって、かつ、『アレ』の対処もやらないといけない。


「えっと、お姉様。結局『アレ』とはなんなのですか?」


 私たちの話を聞いていた女神テューズが雛菊に問いかける。


「詳しいことはご主人様から聞いてください」


 と、雛菊は私に丸投げしてしまった。

 仕方ない。


「『アレ』とは何もない空間に棲み着いている植物のような生命体の一種なんだ。世界を作る際、次元航行艦で空間内を確認し、残滓があったら排除するという作業が必要になる。正体は大昔の思念体の残滓のようなもので、寿命が尽きた宇宙を食い荒らしてその構成物質を取り込んで生きているんだ。あっちこっちに根を張っているから厄介なんだ」


 もちろん、私が帰った先でやっていることも『アレ』関連の処理だったりなんだったり色々である。


「そんな恐ろしいものが棲み着いているのですか? 世界に影響はでないのですか?」


 女神テューズが恐る恐る聞いてきたのでこう答えた。


「あるよ。世界に歪が生まれたらそこから侵入してくるし、生命体は死後に思念体を残すんだけど、その思念体を吸収しに来たりする。なので早めに回収するという作業も発生するんだ」


 放っておくと『アレ』は思念体を食い荒らして養分として成長してしまう。


「じゃあ、さっそくだけど、君の体にある残滓のかけらを処分しないとね」


 話も一区切りついたので、女神テューズに残っていると思われる残滓の処分を始めることにした。

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