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第10話 夜の焼肉

 陽がすっかり傾き月が顔を現し始めたころ、家の中から寝起きの雛がのそのそと出てきた。

 まだまだ眠そうな顔をしているけど、頑張ってくれたのであとはのんびりしてもらうとしよう。

 というわけで早速手作りの竈に石のプレートを設置する。

 この石のプレートは近くを流れていた河原で見つけた良さそうな平べったい石だ。

 きれいに洗った後、焼き肉用のプレートにするために乾かした後、割れないか確認するために一度熱しておいたのだ。

 まぁ本来あまりこういった石は利用すべきじゃないのかもしれないけど。


「さてと、まずは再度石を熱して水分が出ないことを確認っと」


 赤く燃える薪の上に鎮座する平べったい石のプレート。

 しばらく熱しても水が出てこなかったので水を垂らして温度を確認してみる。

 すると、じゅーっという音と共に水が石プレートの上で踊り、蒸発していった。


「じゃあ肉置くよ」


 さくらに薄切りにしてもらった肉を石プレートの上に置く。

 時間が経つと、色が変わり肉汁が出てきていい感じになる。


「じゃあさくらはこっちの肉をよろしくね。私はもう一つの竈で焼くから」


「はい、お任せください」


 さくらは嬉しそうにそう言うと、焼かれている肉をじっくりと観察し始めた。


「こっちは鈴やってみる?」


 鈴に声をかけると何も言わずに、こくんとうなずいて返事をしてきたので、焼けたタイミングを見計らって肉の管理を任せることにした。


「たのしい」


 肉が焼ける様子が楽しいのか、鈴の表情は変わらないがどこか嬉しそうだった。


「肉、情報は知っている。実物は初めて」


 シアは興味深そうに焼けていく肉を見つめている。

 何か思うことでもあるんだろうか?


「シア、そんなに肉を見つめてどうしたんだ?」


「食料となる有機物を見るのは初めて。粒子やエネルギーを吸収することはあってもこういう有機物を見る機会はなかった」


 シアの肉を見る様子はまるで科学の実験かなにかようだ。


 そんなことを考えていると、くいくいと私の袖が引っ張られる。

 引っ張られた方向を見てみると、雛菊が私たちの集まりとは別の方向を指さしていた。


 そんな雛菊に釣られて見てみると、女神テューズを輪の中に入れ、焚火を囲みながら踊るフェアリーノームたちの姿があった。

 ちなみにフェアリーノームたちの囲う焚火の中心には、ぱっくり開かれて串刺しになって回る巨大なイノシシの姿があるのだが見なかったことにしようと思う。

 彼女たちは思った以上にワイルドな生態をしているんだなぁ……。



 翌日、朝は少し霧が出ていたが天気は良いようで、作業するには申し分のない日となっていた。

 私は家の中ですし詰め状態で眠っている従者たちを起こさないように気を付けながら外に出ていた。

 大小さまざまだが、私以外は全員女性なので少し居心地が悪いというのもあった。

 ちなみに、狐たちは洞窟の中で眠っているようで、まだこちらには顔を出していない。


「さて、今日の作業前にやることをやっておきますか」


 まずは朝食の準備。

 といっても、肉や果物、木の実以外に何かあるわけではないのでそれらを食べるしかないわけだが。


「農耕しなきゃか。成長を早める薬か何かを用意しなきゃいけないな。まぁそれはみんなと相談するとして、とりあえず肉を焼いておくか」


 何はともあれまずは肉である。

 肉が食べたいわけではないが肉しかないのである。

 果物はあれどそれも数は多くないのでお腹は膨れない。


「香辛料とか生えてないかな。というか、塩もないんだよなぁ」


 どこかに岩塩はありませんか!?

 土中に塩でも生成されていればいいんですけど!

 残念ながらこの近辺にはそれらしいところがないのだった。

 海辺にでもでればチャンスはあるだろうけど。


「いっそ塩でも生成するか? いや、それは反則か」

 個人的な縛りプレイとして、得られないものを生成しないようにするという条件を課してみた。

 これでしばらくは楽しめることだろう。


「塩、いる?」


 そんなことを考えていると、突然シアが話しかけてきた。

 いったいどこにいたのだろうか。


「塩なんてどこにあったんだ?」


 シアに尋ねると、シアは森の奥を指さした。


「探索してみた。塩辛い水があったからそこから」


 どうやら結構遠くまで探索しに行っていたようだ。

 どこにあるんだろう?

 少なくともこの辺りには潮の香りは感じられないが……。


「ちなみにどうやってそこまで行ったんだ?」


「ん。わたしたちに距離の概念はない。ただそこに移動すればいいだけ」


 シアは何でもないことのようにそう答えた。

 あ、これ、完全に空間移動してますね。

 そんな風に考えているが、やはり『アレ』の能力は侮れないと思った。

 なんというか、移動している気配を感じないんだよね。


「ありがとう。寝なかったのか? 女神様は眠っていたようだけど」


「眠る。わからない。感覚が追い付いていない」


 昨夜は眠ったのか確認してみたものの、眠るということ自体わからないようだ。

 なので質問を変えてみる。


「夜のうちに情報整理とかしたのか?」


「全員が静かになってから情報整理を実行した。知らない感覚に遭遇したのでうまく情報化できなかったものもある」


 どこまで行っても機械的な返答しか返ってこないが仕方ない。

 でも意外と人間的な感覚もあるようだから、いずれは笑ったりするのかもしれない。

 少なくとも、今のシアの見た目は黒髪の美少女といった姿なのだから。


「そっかそっか。シア、ここはいいから少し仕事を頼んでいいか?」


「なに?」


 ちょっとした仕事を頼もうとシアに話しかけると、心なしかきょとんとした表情で問い返してきた。


「寝ている子らを起こしてきてほしいんだ」


「わかった」


 まぁ仕事といっても起こすだけなのだが、見た目が同性のほうが起こすのには都合がいい。

 シアはこくんと頷いて承諾すると、家の中へと入っていった。


 そしてしばらくすると家の中からさくらたちの悲鳴が上がるのだった。


「マスター、たすけてくださあああい!」


 珍しくさくらが助けを求めてきたのでさくらのほうを見る。


「これは興味深い。モフモフ? フワフワ? 手触り良好」


 なんとシアはさくらのピンと突き出た狐耳と尻尾を触りながら感触を確かめていた。

 しかも心なしか楽しそうだ。


「や、やめ……」


「これは、新感覚。どう表現すればいいかわからない」


「あうあうあう……。これ以上は、許してくださいいい」


 敏感な耳と尻尾をひたすら触られて、さくらは抵抗することができなくなっているようだ。

 哀れさくら。


「まああすたああああ」


 仕方ないのでそろそろ助け舟を出すことにした。


「シア、そろそろやめてあげて。また今度にしてくれるかな?」


 私の声を聞くとシアは触るのをやめてこっちを見た。


「今度はそっちも触らせてほしい」


「御免被る」


 真顔で恐ろしいことを言わないでいただきたい。


 ちなみに余談だが、男性の妖狐よりも女性の妖狐のほうが感覚が鋭い。

 なので耳と尻尾を触られるととても敏感になる。

 覚えておくといいだろう。

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