「この祠を壊してはならん!」
さっきから、これの繰返しだった。村長は、祠の前に立ちふさがり、修二たちが「祠壊し」をするのを邪魔している。
「そんな、むきになるなって。俺たちが祠を壊した動画をアップすれば、この村もバズって観光客が押し寄せるんだからさ」
最近、SNSでは「祠壊し文学」が流行っている。
「祠壊したら、呪われた」
「祠壊したら、ゾンビが出てきた」
祠を壊した後の展開は様々だ。だが、実際に壊そうという人物は一人もいない。みんな、怖いのだ。「祟りがあるんじゃないか」と。
でも、修二と絵里は違う。祠を壊して臆病者たちに知らしめるのが目的だ。「祟りなんてない」と。
「祠を壊すと災厄が解き放たれる! 何があっても、ここを離れないぞ!」
「災厄? 具体的には?」
絵里は、村長の背に合わせて体をかがめる。
こういうところに、誰もが惚れるが、落とせたのは修二のみだ。
「それは……知らん!」
「災厄の正体も知らずに止めようとしてるのか?」
修二は、眉をひそめて村長の言葉に首をかしげた。
「ダメなもんはダメだ」
村長は折れそうにない。
「絵里、こんな村、放っておこうぜ。廃れても知らないからな、村長」
「え、修二。いいの?」
修二は、コソッと耳打ちをする。
「夜は無防備なはずだ。また、あとでくればいい」
修二と絵里は、諦めた風を装って祠から立ち去った。
その日の夜。二人は再び祠の前にやって来た。真夜中ということで、村長の姿はない。
「よし、予定通りだな。さっさと祠壊すぞ!」
「スマホで動画撮るから、ちょっと待って」
絵里は、そう言うとスマホを慣れた手つきで操作する。
「OKよ。ライトもつけてるから、バッチリ映るわ」
「じゃあ、いくぞ!」
修二は、祠を思い切り蹴飛ばす。しかし、ミシッと音を立てるだけで、そう簡単には壊れない。
「これの出番だな……」
修二は、カバンからバールを取り出した。こんなこともあろうかと、持参していたのだ。
「絵里、少し下がってろ。木片が飛ぶかもしれない」
修二が、思い切りバールを振り上げ、祠めがけて振り下ろす。バキッと音を立てて木製の祠が悲鳴を上げる。
二度三度と繰り返すと、祠の姿は跡形もなかった。
「よし、これで『祠壊し』完了だな」
「さすが、修二。あとは、動画をネットにアップするだけね」
絵里が言い終わると同時に、辺りに轟音が響き渡る。
「え、まさか地震!?」
「いや、違うな。地震なら、地面全体が揺れるはずだ。これは一部分だけだ。あそこを中心に揺れてるな」
修二が指した先には、小さな穴が見える。音が大きくなるにつれて穴も大きくなり、次第にあるものが見えてきた。
「え、階段……?」
「なんだこりゃ。パッと見たところ、最近できたものじゃないな。まさか、これが災厄?」
二人は、戸惑いつつも穴に近づく。ぽっかりと空いた穴は、まるで二人を誘うようだった。
「これ、中に入る? 少しヤバい気がするけど」
修二は、少し間をあけて「行くしかないだろ」と答えた。
好奇心が恐怖を上回った。
階段をゆっくりと下っていくと、蔦が絡みついた壁が二人を出迎える。それは、長期間手入れがされていなかったことを意味していた。
「ねえ。もしかして、ダンジョンってやつじゃない? ほら、この前アメリカで見つかったらしいじゃん」
世間では、「日本にもダンジョンがあるはずだ」という説が一定の支持を集めていた。
「それはあり得るな」
修二はライトで辺りを念入りに調べながら先へ進む。
その時だった。暗闇の奥で何かがうごめいたのは。
「うわっ、なんだ!」
答えは返ってこなかったが、彼の前に現れたのは奇妙な生物だった。
人型をしたソレの耳は長細く、髪はブロンド、目は碧眼だ。
「エルフ……?」
修二の口から、自然と単語が漏れ出る。
その言葉に反応するように、耳がピクッと動く。それも束の間、謎の生き物はサッと動いて暗闇の中に消えた。
絵里は、修二の服の袖を掴むと「ここ、気味が悪いわ」とつぶやく。
「そうだな。外に戻るか」
二人が連れ立って階段を上っていると、月明かりが辺りを照らす。それは、ダンジョン誕生を祝うかのようだった。