「なあ、絵里。明日の朝、もう一度あのダンジョンに行かないか?」
修二は、民宿の廊下で別れ際に提案した。
「え、もう一度行くの? なんで?」
絵里には、意図が分からなかった。
あの不気味な空間に再び潜入する意図が。
「簡単な話、ダンジョンの様子をネット配信する。間違いなくバズる」
明日の成功を確信しているかのように、修二の目が輝いている。
「なるほどね。バズればスパチャが飛び交う。さすが、修二!」
絵里は、修二に抱きつくと厚い胸板に顔をうずめる。
「撮影機材はスマホしかない。でも、他に先を越されるわけにはいかないからな」
明後日は月曜日。高校生である二人は、都内に戻って授業を受けなければならない。次の土日を待っていては、出遅れるのだ。
「さあ、明日に向けて体を休めようぜ」
翌朝。二人は、すべてを飲み込みそうな穴の前に来ていた。昨日と変わらず、地下へと通じる階段が覗いている。
「よーし、配信スタートだ」
絵里はうなづくと、アプリのスタートボタンを押す。
「俺たちは今、謎の遺跡の前にいる。おそらく、日本初のダンジョンだと思う。みんなには、一緒に探検してもらいたい」
修二の声は緊張からか震えている。
「視聴者、集まって来たよ」
絵里は、小声で告げるとガッツポーズをする。
視聴者の数、7人。配信をスタートしたばかりだから、少ないのも無理はない。
「なにこれ」
「ヤラセ?」
「日本にダンジョンとか、ありえないだろ」
視聴者のコメントは様々だが、好意的とは言い難かった。
「視聴者のみんな、そう焦るな。階段を下りれば、ダンジョンだって分かるさ」
絵里の顔は曇っていた。
下った先にあるのは、蔦が絡まった壁のみ。昨日は、それより向こうには行っていない。絵里の反応も無理はなかった。
「さあ、どんどん行くぞ。絵里、足元に注意だ」
修二は、絵里の手を取ってエスコートする。
「もしかして、カップル?」
「リア充がイチャイチャを見せつけるだけだろ」
「あー、こりゃ見る価値なしだわ」
視聴者たちは、コメントを残して去っていった。
残った視聴者の数は3人。
修二たちに残された蜘蛛の糸だった。
「残ってくれた三人、ありがとう。君たちは歴史的瞬間に立ち会うことになるだろう」
二人が歩を進めると、壁は湿り気を帯びだした。
ぬかるみを避けて歩くため配信画面は自然とブレる。それが、不気味な雰囲気を一層強めていた。
「ダンジョンといえばモンスターだよな」
「アメリカでは、一層目にゴブリンいたらしいぞ」
「こいつら、大丈夫か?」
そのコメントを見て、修二の足は震える。
二人は「もし、モンスターに出くわしたら」ということを考えていなかった。
「ま、何とかなるさ」
言った矢先に、曲がり角から何かが飛び出す。
それは、オオカミのような姿をしていた。だが、普通のオオカミとは違い、背をかがめて二足歩行をしている。鋭い爪からは、真っ赤な液体が滴っている。
「嘘……」
絵里は、修二の手をギュッと握る。
祠壊しに使ったバールは、宿に置いてきている。二人の手元に武器になるものはない。
「グルルル」
モンスターは、足をバネのようにして飛びかかった。しかし、その爪が二人に届くことはなかった。
オオカミは紫色の炎に包まれると、その場で燃え尽きた。
「え、何が起きたの……?」
「あれだ!」
修二が指さす先には、エルフの姿があった。
手のひらから、わずかに煙が漂っている。
「え、もしかしてエルフ? めっちゃ美人じゃん」
「ちょっと、掲示板に書き込んでくるわ」
「切り抜き開始するわ」
コメント欄は、エルフの登場で盛り上がっていた。そして、スパチャが投げ込まれる。
「もしかして、これでバズる……?」
修二の顔は、希望の光で満たされ始めていた。
「配信、続けるよね?」
「もちろんだ。エルフに近寄るぞ。刺激すると攻撃されるかもしれない。注意しろよ」
絵里は、スマホのライトをオフにする。
「アナタたち、何をしに来た」
修二は言葉に詰まったが「君と友達になりたくて」と言ってごまかす。
「ホントウか?」
「ええ、そうよ。あなたを攻撃するつもりはないわ」
絵里は、両手を挙げて敵意がないことを示す。
エルフは、それ以上の追及をすることはなく二人に近寄っていく。途中、オオカミ型モンスターを踏むと、絵里は顔をしかめる。
「アナタたちを歓迎する。コレは、友好の証だ」
差し出されたのは、不思議な形をした木の実だった。
「これ、食べるの?」
絵里は、泣きそうな顔でささやく。
「食べるしかないだろ。そうじゃないと、俺たちが燃やされる」
修二は、大きく口を開けると木の実をゴクンと飲み込む。
「うまい。これは、どこに生えてるんだ?」
彼らがやり取りしている間、コメント欄は大盛り上がりだった。
「絶世の美女キタ――(゚∀゚)――!」
「次の配信に期待だわ」
「異種族の交流の瞬間、バッチリ切り抜いたわ」
そして、スパチャが飛び交う。二人が、その金額に驚くのは配信を終えたあとだった。