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【狗鷲(いぬわし)探偵事務所】失せ物(うせもの)、探します。
【狗鷲(いぬわし)探偵事務所】失せ物(うせもの)、探します。
厘/りん
現実世界現代ドラマ
2025年06月18日
公開日
1.8万字
連載中
失せ物(うせもの)無くしたものの捜索を専門とする探偵事務所の所長、狗鷲 保(いぬわし たもつ)は特殊な方法で失せ物を探しだす。 時に危ない目に巻き込まれながら、人の失物を探している。 しかし、その方法には代償があって…? ■助手 ズミは男の娘(女装)ですが、BL風味は無しです。心は女の子。 ◆以前某所に載せていた物語です。

№1 失せ物捜索「ウサギのぬいぐるみ」

第1話 「ウサギのぬいぐるみ」前編



  幼い頃から不思議な体験をしていた。


 俺はそのために気味悪がられて、親からも避けられていた。

狗鷲 保いぬわし たもつ もうすぐ三十路みそじ。いや、まだ二十七。


 あまり良い思い出はないけれど、その体質のおかげで『狗鷲(いぬわし)探偵事務所』を開業できた。


 初めの頃はなかなかお客が来なかったが、仕事の依頼である有名人の失せ物(無くしたもの)を探し出したら感謝されて、つながりのある友人を次々に紹介してくれた。

 結果、問題なく食えるようになってきた。


 ヤバい依頼もたまにあって、生死に関わる問題となるので依頼を受けるときは慎重になった。



 「たもつさん、依頼のメールがきてますので確認して下さい~!」


 彼……、いや彼女と言った方が良いのか? (履歴書には『年齢&性別不詳でお願いしまーす♡』と書いてあった)

 長い髪は綺麗な青色に染めて、俺にはよく分からないが、今流行りの服を着て耳にはたくさんのピアス、化粧は濃いめ(怒られる)の美人さんに、メールを読め! と言われた。


 「分かったよ、小太郎」

「小太郎じゃないってば!! ズミって呼んで!!」

マジで怒られる。椅子から勢いよく立ち上がり、私を指差す。

 「はいはい、分かりました。稲積 小太郎いねずみ こたろうさん」

 バン! と机を叩いて俺を睨む。


 「もうご飯作らないよ!!」

あああぁ……それだけはやめて欲しい。

「スミマセンでした。ズミさん」

ペコリと頭を下げた。

 「わかればよろしい」

ふん! と腕組みをしてドガッと椅子に座り直した。


 俺より年下のハズだが、食物連鎖……じゃなかった、台所を支配する『ズミ』には勝てなかった。

 ズミも元々、俺の “失せ物捜索” の依頼者だった。

まあ、色々あって一緒に仕事をするようになった。作る料理は美味いし、その他もろもろ優秀な助手だ。



 「えっと……。これか」

カチャカチャとキーを叩き、依頼内容を読む。


ーーーー


狗鷲探偵事務所 狗鷲保 様


 子供のくしたした、ウサギのぬいぐるみを探して欲しい。

他言無用。報酬は倍。詳しくは事務所にて。


◇無くした時期 一週間前くらい

◇白い(汚れている)ウサギのぬいぐるみ


       ○○区 田所 はじめ

                       ーーーー




 ウサギのぬいぐるみの写真も付属。


 「これか……」

気に入っていたのか、だいぶ汚れている。でも長い間、可愛がられてきたと思われる愛着を感じる。


 「ふむ……」

子供のぬいぐるみ、ねぇ……。ただのぬいぐるみを探せなんて。

「あ、この依頼受けて下さい! お金が良いですから!」

 一応最低依頼金を設定している。じゃないと、値切ってここに来る者が多すぎるからな。――倍の報酬か。


 決まりか……。ズミには敵わない。俺は写真のウサギをジッとみる。

依頼人じゃないよな?」

依頼は慎重に受けたい。ヤバい事には捲き込まれたくないので、裏調査はしっかりとやる。


 「大丈夫そうでーす!」

軽い調子で返事をしてきた。

 だけど、ズミの裏調査は信用が出来る。依頼の物・金・依頼人の調査をじっくりと検討してから依頼を受ける。

 「じゃあ依頼人に、依頼金を振り込むように連絡してくれ」


 うちは、にこにこ現金先払い制だ。

『万が一、依頼物が見つからなかったら全額返品(調査費以外)します』を宣言している。

今の所、依頼物は全部見つかっている。100%だ。


 「所長! きちんと振り込まれましたー!」

某飲食店のような明るい声で、知らせてくれた。

 よし。では、まず送られてきた写真をじっくりとみよう。

 「ズミ……。後で、頼む」

振り返ってズミにお願いする。

「はーい」


 俺の失物捜索は特殊だ。

推測で色々な場所に、探しに行ったりはしない。特殊なだけ代償が後から来る。それをズミに補ってもらっている。ズミはいないと困る人物だ。


 「ウサギのぬいぐるみ……。子供の年齢は? その子の写真は送られてきたか?」

カチャカチャとキーを打つ音の後、「そちらに送ったよ」とズミが言った。


 送られてきた子供の写真と年齢。

「田所 ゆいな(三歳)か。可愛い盛りだな」

髪の毛をツインテールの髪型にした可愛い女の子だった。この子のぬいぐるみらしい。


 家の中にないのか……?

「家の間取り図以外に、出かけた場所の資料はある?」

パソコンの画面を見たまま、ズミに聞く。

「はい、ハーイ!」

カタンと椅子から立ち上がって、ズミはこちらに資料を持ってくる。


 「何カ所かあるみたい。まとめてたから」

「ありがとう」

ズミは気が利くので助かっている。

「……説明しにここへ来る時、子供も連れて来てくれないかなぁ?」

 無くした物の持ち主に会いたい。その方がが高まる。


 「連絡しときますね〜」

「よろしく……」

 カチャ、シュッボ! ライターでタバコに火を点ける。深く吸い込み、フーッと吐き出す。


「保さーん! そろそろ、電子タバコに替えてくださいねー」

 はぁ……。電子タバコか。時代には逆らえないのかな。ため息をついて立ち上がる。

「ちょっとコンビニ行ってくる」

「はーい」


 禁煙は、したくない。

『でもタバコをやめると代わりに甘い物が好きになって、太る人っているみたいですね~』とズミに言われた。太るのは嫌だ。


 エレベーターで降りながら自分の太った姿を想像した。中に鏡があり、顔を見てうんざりする。今はマスクをして顔が半分隠れているから良いが、もともと自分の顔が好きではない。色々トラブルがあって顔を晒したくない。


 一階に着いて、扉が開く。

開いた扉の前に、小さい女の子を連れた男性が立っていた。まだその女の子は幼い。よく見ると女の子は、目を真っ赤にして泣いていた。両手を握りしめていて泣き声を我慢しているようだった。


「……田所さんですか?」

男性の困り顔に、連れている子の泣き顔を見て何となくそんな気がした。

 男性は一瞬驚いたような顔をした。チラと女の子を見て言った。

「あなたは、狗鷲探偵事務所の……?」

胡散臭いものを見るような視線を感じたが、無視をして頷いた。

「狗鷲探偵事務所の、狗鷲 保いぬわし たもつです。事務所へどうぞ」 

思ってたより急ぐ案件らしい。


「お茶をどうぞ。えっと……」 

ズミが女の子の座っているテーブルの前にりんごジュースを置こうとした。

 「わたし、ゆいな! おねいちゃん、可愛いね!」

 女の子……ゆいなちゃんは名前を言い、ズミを可愛いと言った。ニコニコと笑っている、ゆいなちゃんにズミはりんごジュースをテーブルに置いて話しかけた。

 「ありがとう、ゆいなちゃん! お菓子も食べる?」

ズミは機嫌よく、ゆいなちゃんに笑いかけた。

「うん!」

ゆいなちゃんは涙が引っ込んだようだ。それを横で見ていた田所さんは、ふうと息を吐いた。

女の子はずっと泣いていたのだろうか? 田所さんから警戒心が薄れたように思えた。


 子供は警戒心が強い。ズミはなぜか人の警戒心を緩める特技がある。わざとなのか、天然なのか俺には分からない。

 「助かりました。ずっと泣きっぱなしで……」

田所さんは首を触りながら言った。


 「さっそくですがご依頼品はウサギのぬいぐるみ、でよろしいでしょうか?」

「はい。この子、ゆいなのぬいぐるみなのですが失くしてしまって」

 ゆいなちゃんは、お菓子をほおばりながらチラッと父親を見た。ズミはゆいなちゃんの相手をしてくれてるので、田所さんに詳しく聞ける。


 「失くされたのは一週間前でしたね?」

 メールに書いてあった依頼内容を思い出しながら田所さんに話しかける。事務所の壁側に置いてあるソファーに座っている。

 「たぶん……」と自信なさげに言う。

「私は仕事が忙しくて、この子の事をあまりかまっていられないので」

 どうりで二人とも、よそよそしいはずだ。


 「妻とは離婚していて、この子の事はお手伝いさんにまかせている」

 なるほど。

「パパ、ゆいな、おトイレにいきたい」

ゆいなちゃんは、父親のスーツの袖を指で掴んで引っ張って教えた。父親は驚いて、娘の顔を見て固まっていた。子供の世話をしたことがないのではないか、と思った。

 「パパはお話があるから、が一緒に行ってあげるよ」

 ズミが気を利かして言ってくれた。

「うん!」

 ズミとゆいなちゃんは手をつないでトイレに行った。


 さて……。これは、なかなか難しいかもしれない。

「家の中とかは、お探しになりましたか?」

 ズミと一緒に行ったゆいなちゃんを見ていた田所さんに聞いてみた。

 「あ、ああ。ぬいぐるみは、住み込みで働いてくれてるお手伝いさんに探してもらったが見つからなかったと聞いた」

淡々と話す田所さん。普段、ゆいなちゃんはお手伝いさんに任せっきりなのが分かった。

 忙しい仕事らしい。


「そうですか。その他の場所は?」

ごほん、と咳払いをして俺に向き合った。

 「人を雇って、あの子の行った場所を調べさせた」

人を雇って? それでも見つからなかったのか。

「あの……。元奥様の所は?」

言いにくかったけれど必要な情報だ。田所さんはお茶を一口飲んでから答えた。

 「半年位は会ってない」

「そうですか……」

あんな小さな子と母親が、半年も会ってないのか……。だが私情をはさむ訳はいかない。


 「ただいま」

ゆいなちゃんとズミがトイレから戻ってきた。ちょこんと父親の隣に座った。持ち主のゆいなちゃんにも聞いてみるか。

「ゆいなちゃん。うさぎさん、どこで失くしたか覚えてる?」

 ビクッ! ゆいなちゃんがびっくりしたように体を揺らした。

 「あ……」

ゆいなちゃんの顔から、笑顔が消えた。フルフルと首を振って、知らないと言った。


 「保さん! 顔が怖いって! ゆいなちゃんが怖がってる――!」

ズミが少し冗談ぽく言ってくれたので、場が和んだ。

 「そ、そんなに怖いかな?」

無理やり笑顔になってみる。

 「よけいに怖いですよ。でも、このおじちゃんはこう見えても優しいのよ? ゆいなちゃん」

 ズミは、ゆいなちゃんの背中を手のひらでさすってあげた。少し笑顔が戻った。


 おじちゃんと言われて地味にへこんだが仕方がない。話を戻す。

「ぬいぐるみの写真はありますか?」

 それが無いと見つけずらい。

 「はい。持ってきました」田所さんはそう言い、スーツの内側のポケットから取り出した。


 「ありがとう御座います。俺が持っていてもいいですか?」

 手元にあった方が捜索をやりやすい。

「どうぞ」

 渡されたのは、ゆいなちゃんと手に握られたウサギのぬいぐるみ。ちょっとぬいぐるみが汚れているのが見えるので、ずっと離さずに持っていたのだろう。


 俺はゆいなちゃんの方を見て言った。

「必ず、見つけます」

田所さんは「お願いします」と頭を下げた。ゆいなちゃんは泣きそうな顔をした。




 二人の帰り際、ゆいなちゃんがズミの方を振り返ってバイバイと小さい手で挨拶をした。

「ん~! 可愛い」

 そう言いズミは、ゆいなちゃんに手を振り返した。

ゆいなちゃんは、俺の方をちらちら見ながら迎えの車に乗って帰っていった。


「……さて、探すか」

俺とズミは事務所に戻った。

 「ズミ。この後の事、よろしく」

 俺はこめかみを押さえてズミに伝えた。

「オッケーです。今日の予定はないし、予約してない客は追い返します~」


「助かる」

そう言って事務所の奥の部屋に向かった。

 仮眠室とドアに下がったプレートには書かれている。ここは実は重要な仕事場だ。

 なぜかと言うと……。


 俺は仰向けにベッドへ横たわり、借りたウサギのぬいぐるみの写真を見つめた。

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 この瞬間の感覚は慣れない。気持ち悪さに俺は目を閉じた。




































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