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10.この距離が許されるのは友達だったから、だったのに

(とりあえず労ってやらねぇと!)

 なんて思っていたのも束の間、完全にスパルタモードのせいで俺はすぐにそれどころではなくなってしまっていた。


「そこ、間違ってる」

「えっ、どこ」

「んで、こことそこも。とりあえずまずは覚えるところだから……はい、これ。家で暗記して来いよ」

「うっわぁ、アリガトウゴザイマス」

 にっこりと全く目が笑っていない目を向けながら口角だけ上げた友彰から渡されたのは、わりとずっしりとした自作の暗記ノート。しっかり緑のマーカーで大事なところが色塗られており、赤色の下敷きもセットで用意されているという周到ぶりだ。


「今時紙媒体って……」

 スマホでもこういう受験やテスト用の便利なアプリは様々配信されていて、スマホカメラで写真を撮るだけでデータを読み込み、目隠ししてくれる簡単なものだってあるにも関わらず、手製。

(これ、手で打ってんのかな)

 流石に紙に手書きではないが、パソコンで大事なところや俺の苦手なところがピックアップされているので、かなりの労力をかけて作ってくれたのが一目でわかった。


「桜汰は、スマホ禁止な」

「えっ」

「絶対ついでにネット見たりするし、あと液晶画面に写ってる文字、滑るタイプだろ」

「うっ」

「電子書籍より紙書籍派だもんな」

 さもわかっています、とでも言いたげに言われるが、それが全て事実なので何も言い返せはしない。

(本当にそうなんだよな)


 電子でしか売ってない本も最近は増えたので電子で買うことも多くなったし、辞書など重いものや、巻数の多い本などは電子で買う方が絶対楽だし便利だということはわかっている。

 わかっているが、それでも慣れないからか、目がチカチカし、集中しづらいのも確かだった。

 そのため、俺の部屋にはいまだに紙の漫画本が増え続けている。


「でもこれ、作るの大変だったんじゃないか」

「いや、まぁ元データはコピペさせて貰ってるし、全然大丈夫」

 そう口にする友彰へ、つい怪訝な目を向けてしまう。

 どう考えても簡単に作れるようなものではない。


(やっぱ緊張で眠れてないのかな)

 だから落ち着かなくてこんなに手の込んだものが出来上がったんだろうか。それとも、これを作るために睡眠時間を削ったのか――どっちなのかはわからないが、それでも少しでも休んで欲しかった。


(大人しくしなきゃな)


 そう決意し、用意してくれた問題集へと手を伸ばす。

 いつもなら、少し詰まったところがあるとすぐに聞いていたが、今日はなるべく自分でやろうと参考書と並べて解き始める。


 最初はそんな俺の様子を不思議そうに見ていた智彰だが、やはり疲れが出たのだろう。

 俺が問題を解き始めたタイミングで智彰の頭がこくりと動く。チラッと視線だけで様子を窺うと、目元もうつらうつらとし、まさに寝落ちる一歩手前。そしてカクリとまさに寝落ちてしまったのだ。

 やっぱり限界だったんだな、と思い、そっと筆記具を片付けようとしてあることに気付く。


「スッ……」

(……マホ! ねぇじゃん!)

 思わず声をあげそうになった俺は慌てて両手で口元を押さえる。ここで起こすのは可哀相だ。


 だがスマホがなかったら帰れない。まぁ一日くらいスマホが無くても死にはしないし、調べものなら家のパソコンですればいいから困りはしないが、いつもあるものがないと不安にもなる。それに鍵も閉めなきゃまずいし、それにここは床だ。クッションを背もたれにして座っている状態での仮眠は体勢的にもあまり疲れは取れ無さそう。


「ま、急いで帰んなくてもいっか」

 流石、十一月。外はいつの間にか真っ暗になってしまっているが、学校を出たのは十六時過ぎ。まだ夕方の六時にもなっていないし、俺は高校三年生の男子だ。女子ほど夜道に気をつけないといけないわけではないから、なんて自分に言い訳し、表情を緩めて眠りに落ちてしまっている偽装恋人の寝顔を盗み見る。


 片付けようとしていた筆記具を再び全て出し、受験勉強を再開だ。

「とりあえずこの用紙だけ解いちまうか」

 ポツリと小さく呟いて、俺は再びペンを走らせ始めたのだった。


 ◇◇◇


 勉強を再開してどれくらいたったのか。

(全然起きねぇじゃん)

 よく眠っているから、と、あれから更に勉強を進め、智彰が作ってくれた特製プリントを三枚解き終わった俺が思い切り体を伸ばしながらそんなことを考える。


 部屋に置かれてる時計を見ると、時刻は十九時半を示していた。そろそろ母から晩御飯の連絡が入る頃だろう。


「それにしても良く寝てるな」

 起こすのが可哀相になるくらい熟睡している智彰の顔を覗き込む。


「おーい、そんなに無防備だと何されてもしらねぇぞー」

 軽く声をかけるが全く起きる素振りはなかった。

 ここまで熟睡するということはそれだけ疲れが溜まって寝不足だったから、というのもあるのだろうが、それと同時に〝俺〟を信頼してくれている証だろう。そう考えると俺の中に嬉しさが込み上げる。


「ったく、本当にこいつは」

 口では文句を言ってみても、あがりそうになる口角は止められない。こんな寝顔が真横で見れるのも、そして智彰が作った部屋に当たり前のようにいれるのも、俺だから。

 そのことが堪らなく嬉しかった。


(それに俺は今、一応恋人だしな)

 寝顔くらい見ても許される立場ということに優越感が芽生える。それだけじゃない、恋人なんだから、まだ先に進む権利だって持っている。


 ――そんなことを考えたバチが、当たったのかもしれない。


「……どこまで近付いたら起きるのかな」

 まるで言い訳をするようにそんなことを呟き、眠ってる智彰の顔へと自身の顔を近付ける。


 本当にキスをしようと思ったわけではなかったけれど、でもキスする寸前まで顔を近付けたのは、間違いなく俺の小さな下心が原因だった。そして。


「桜汰?」

「ッ!」

 そんなに大きな声じゃない、むしろ囁くような、そんな声が俺の耳の奥で響き、慌てて顔を離す。まだ寝起きだからか、きょとんとした智彰と目が合って、俺から血の気が一気にひいた。


(バレた!)


「今、何しようとして……?」

 怪訝な声色を漏らした智彰が、自身の指先で、まるで何も異変がないか確かめるように手を伸ばしたのは、やはり自身の唇だ。

 その行動に、一気に顔が熱くなる。


(バレた、バレた、バレた!)

 俺が寝ていることをいいことに、勝手にキスしようとしていたことも。そして、俺がずっと智彰のことが好きだったということも。


 今から誤魔化そうにも、冗談だったということにしようにも、赤くなってしまっている俺の顔は戻せない。

 恋人アピールで寸止めだ、なんて言い訳も、ふたりきりの部屋では違和感しかなく、むしろ逆効果だろう。


 煩わしい恋愛を避けるために偽装を頼んだ親友が、実は自分に長年の恋を拗らせていたと知ったら。

 しかも、寝ている間にキスまでされそうになっていたと知ったら。


(そんなの、気持ち悪いに決まってる)


「……ご、めん」

 俺はなんとかそれだけ呟き、机に広げた筆記具や作ってくれた受験対策の問題集を乱雑に鞄へと突っ込んで智彰の家から飛び出したのだった。

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