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第4話

「じゃあ、多数決を取るぞ」


 ドクドクと心臓が鳴り響く。胸に手を当てなくても、心臓の音が耳に届いてくる。


『自分の一番大切な人に入れたいやつ、手挙げろ』


 二択しかないのだから一回目に手を挙げた人を見れば、必然的に誰がどちらを選んだか全て分かる。



 ポツポツと手が挙がっていく。



 手を挙げたのは、涼夏と環樹と真千と……私だった。



 水斗が状況を受け入れられていないようで、唖然としている。


「嘘だろ? 俺、間違ったこと言ってたか?」


 その水斗の独り言のような問いに私が答える。


「合ってるよ、水斗は正しいけど……ううん、やっぱり結局水斗以外が別の選択肢を選ぶなら、水斗が間違っているのかもしれない」


 私はもう震えていなかった。


「水斗の選択だったら、私はきっと自分が選ばれなかった時後悔するから。最後にちゃんと『自分を心から選んでくれた人がいたのか知りたかった』と思ってしまうから」

「里枝香もさっきまで俺と同じ意見だったじゃん」

「さっき水斗が言ったんじゃん。確率の問題だって。正直、自分が誰に投票するか言えない中で、被らない可能性はだいぶ低い。自分の命を賭けるには低すぎるもん」


 水斗はもう何も言い返さなかった。その代わりに口を開いたのは涼夏だった。


「ねぇ、最後の投票まであと一時間あるでしょ? 最後はいつも通り話さない?」

「いつも通り?」

「そう、いつも通りの会話。今日こんなゲームが行われていなかったら、話していたであろう会話をしたい。していたいの」


 涼夏が立ち上がる。


「どうせ誰か死ぬかもしれないんだから、それくらい良いでしょ」


 そして、そのまま私の隣に座った。そして、近くにいた真千の腕を引っ張り、真千を私と反対側の隣に座らせる。


「さ、環樹も水斗も座って。あと一時間しかないのよ?」


 いつも通りの涼夏だった。それは、最後のお喋りの始まりだった。


 涼夏が昨日買った淡い水色のワンピースの話をして、私と真千が盛り上がる。水斗が「淡い色の服って汚れ目立たねーの?」と言って、涼夏に頭を叩かれていた。環樹も「お前デリカシーなさすぎだろ」とツッコんでいる。

 図書室に笑い声が響き渡る。もうすぐ死ぬかもしれない中で、異様な光景だった。


 そして、五時が近づていく。


 最後の投票が始まる。



『今から最後の投票を始めます』



 端末を真千、水斗、環樹、私の順番で回していく。


 私は最後に端末を涼夏に渡す。涼夏が書き終えればそれで私たちの未来は決まる。まるで明日の朝食を決めているのではないかと思うほど簡単に決まるのだ。

 そんな気持ちでタブレットを持っている涼夏に目を向けると、何故か涼夏の口元は微笑んでいた。少しだけ唇を震わせながら。







 良く考えてみてほしい。







 放送は初めの方にこう言った。







『人を殺す方法なんてどれだけでもあるものですよ』






 しかし、こんな図書室でどうやって私たちを殺すというのだろう。






 爆薬なんてどれだけ探してもこの部屋にありはしないのに。







 最後の投票結果が発表される。






『三田 里枝香 一票、小室 水斗 二票、永山 真千 一票、野本 環樹 一票』







 世界が壊れる。








『相川 涼夏 0票』








 その瞬間、涼夏が倒れた。





 また放送が流れ始める。



『ねぇ、みんな。もう私は倒れた頃かな? 家で効果が出るのに時間がかかる薬を飲んできたから、そろそろ死んでると思うんだけど』



 放送はもう機械音ではなく、涼夏の声だった。


 倒れた涼夏以外の全員が言葉を失っている。


『みんなが大事な人をそれぞれ選べば、私はきっと選ばれなかったでしょ? だって、みんな両思いだもん。二つのカップルに挟まれて、私だけ邪魔者だって分かってるのに皆んなから離れられなくてごめんね』


 放送は淡々と続くのだ。




『皆んな私に遠慮しちゃ駄目だよ。私はみんなの幸せが一番大事なんだから。みんなが幸せならそれ以上に大事なものなんてないんだから』




「うわぁああああああああ!!!」




 始めに泣き叫んだのは、私だった。それから、後を追うように真千も泣き叫ぶ。水斗と環樹は言葉を失ったままだった。




 それでも、放送は続くのだ。





『皆んなといるのが楽しいのに、苦しくなり始めたのはいつだったかな。大好きな皆んなに嫌悪感を抱く自分が一番嫌いだった。私の世界の全てだった皆んなにどうやって笑いかければ良いか分からなくなった時に今日のデスゲームを起こすことを決めたの』


『みんな私に遠慮して、誰も告白もしないで、私を仲間にして笑ってくれる。その優しさが大好きで、大嫌いだったよ。じゃあね』





 プツッと放送が切れる。


 どんな気持ちで涼夏はこのデスゲームを作ったのだろう。


 先程までの放送は、きっと涼夏が雇った誰かだろう。


 どんな気持ちで準備を進めたのだろう。


 最後のメッセージを作ったのだろう。


 一回目も二回目も誰も自分に投票しなかった時、どんな気持ちだったんだろう。


 どんな気持ちで『みんな一番大事な人に投票しよう』と言ったのだろう。



 隣でもう息をしていない涼夏の口元はそれでも幸せそうに少しだけ微笑んでいて。



 私は獣のように泣き叫ぶ声を止めることなど出来なかった。


 あっけなくその日のデスゲームは終わったのだった。






 涼夏の手元に落ちている端末には、「小室 水斗」と書かれた下に「全員の名前」も書かれていた。






 そして、その下には「好きなものには正直でないとね」と涼夏の字で殴り書きされていた。






 端末の画面が変わる。







『もう一度言うね。みんなの幸せが私の幸せだから。私のことは忘れていいよ』







fin.




投票結果一回目


三田 里枝香→野本 環樹

小室 水斗 →野本 環樹

永山 真千 →三田 里枝香

野本 環樹 →三田 里枝香

相川 涼夏 →小室 水斗



投票結果二回目


三田 里枝香→永山 真千

小室 水斗 →永山 真千

永山 真千 →小室 水斗

野本 環樹 →三田 里枝香

相川 涼夏 →小室 水斗



投票結果三回目


三田 里枝香→野本 環樹

小室 水斗 →永山 真千

永山 真千 →小室 水斗

野本 環樹 →三田 里枝香


相川 涼夏 →小室 水斗(全員)


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