「あり得ないんだけど!」
声を荒げているのは、涼夏だった。
「落ち着け、涼夏。冷静になれ。別に全員適当に選んだだけだ。問題はここから投票をバラけさせること。後二回で完璧にしないといけない」
水斗の言っていることは正しい。それでも、涼夏の気持ちもよく分かった。この状況で自分の投票が入らないことは怖くて仕方ないだろう。環樹が水斗に続いて口を開く。
「とりあえず俺と里枝香に投票が二票な以上、この二人に投票したやつが変えなければいけない。逆に水斗に投票したやつは変えるな。そして、逆にもう水斗には……」
そんな環樹の言葉を遮るように、また放送が鳴る。
『それ以上の言及は禁止です。それぞれ自分で考えて下さい。これ以上はルール違反とします。ルール違反で死にたくないでしょう?』
その放送に環樹は唇を軽く噛んで、目を細めて言葉を止めた。
環樹は最後まで言えなかったが、伝えたかったことは『私と環樹に投票した人が入れる票を変えて、水斗に投票した人は変えない。そして、もう誰も水斗に票を入れない』ということだろう。
しかし、この状況で誰に投票するかの話し合いを出来ないと言われたら、話すことなんてない。こんな切迫した状況で世間話など出来るはずがなかった。
沈黙が続く。
「……ていうか、誰も私に入れないって何よ」
沈黙を破ったのは涼夏だった。どうやら苛立ちはおさまっていなかったようだった。
「涼夏、落ち着け」
水斗が
「だって、そうじゃん。 誰も私と真千には票を入れなかった! それだけは確定しているじゃない!」
「だから、それは適当に選んだだけだって……」
「違う! 私は一番死んでほしくない人に票を入れたわ!!」
そう叫んだ涼夏の言葉に、空気が固まる。それでも、涼夏は止まらない。
「私は一番死んでほしくない人に入れた。一番大事な人に入れた。私のことをそう思ってくれる人はいなかったってことでしょ!?」
「涼夏!」
ついに水斗が声を荒げた。
「もう一度だけ言う。俺は適当に入れた。大事なのはこれから票をバラけさせることだ」
その水斗の言葉に環樹が声をかけて同調する……と、思っていた。
「俺はでもちょっと涼夏の気持ち分かるな」
環樹の言葉に全員の視線が環樹に向く。
「いや、悪い。今言うことじゃなかった……いや、逆に今だから言うべきかもな」
環樹が浅く息を吐いた。
「水斗の言っていることが正しいことは分かってるし、俺もそう思ってる。でも、もし自分の一番死んでほしくない人に票が偶然入らなかったとしたら、きっと俺は後で後悔する。『ちゃんと一番大事な人に入れれば良かった』って」
環樹の言葉に真千が「私だって自分に票が入らなかったのは悲しいよ」と笑った。
「だって、あの時五分しかなかったんだよ? 皆んなもしかして深く考える時間がなくて、一番好きな人に入れたんじゃないかって思っちゃった」
真千の言葉に私は慌てて否定しようと「私は……!」と口を開いた。しかし、涼夏に止められる。
「いいよ、聞きたくない。二票入ってる里枝香に何を言われても響かない」
いつもの涼夏のはっきりした物言い。その物言いが自分に攻撃的に向けられていることに怖くなる。
「違うの、涼夏。私は本当に……!」
「聞きたくないって!」
「っ……!」
私が悲しさと悔しさと怖さで目に涙を溜めている様子を見て、涼夏が私を嘲笑う。
「私、里枝香のそういう所まじで嫌い。被害者ズラしないで欲しいんだけど。一番の被害者は票が入らなかった私と真千でしょ。ねぇ、真千?」
涼夏の言葉に真千は
そんな私たちの状況に水斗がため息をはいて、奥の椅子に座る。物理的に私たちと距離を取りたかったのだろう。この状況で、口を開ける人はもういなかった。
時間だけが過ぎていく。
時計の針が真上を差して、重なり合う。
『十二時になりました。ニ回目の投票を行います』
端末を一番に手に取ったのは、やはり涼夏だった。しかし、先ほどと違い「次は誰?」とは聞かずに私の方へ歩いてくる。
「はい、次は里枝香」
端末を渡された私は、働かない頭で何とか投票を終えようとした。水斗の言葉を参考に計画的に、名前がバラけるように考えて投票しようとした。
それでも、嫌でもあの涼夏の言葉が頭をよぎるのだ。
「私は一番死んでほしくない人に入れた。一番大事な人に入れた」
私は皆んなの言葉を思い出しながら、考えて投票を終えた。端末を隣にいた真千に渡す。真千は俯いたまま端末を受け取った。
真千の顔が曇っていることが気になったが、先ほどの状況からして私が声をかけるべきではないだろう。しかし、真千が投票を終えるのは早かった。もう誰に投票するかは決まっていたようだった。
真千から端末を受け取り、環樹が投票を終え、奥の机に座っている水斗まで端末を持っていく。
「ほら、次。水斗の番」
「……環樹、俺の言ってること間違ってる? ぜってー間違ってないと思うんだけど」
「……お前はいつも正しいよ。安心しろ」
環樹の言葉に水斗が「ありがと」と小さく答えて、端末を受け取り投票を終える。そして、またすぐに放送が始まるのだ。
『投票が終了しました。結果を発表します』
『三田 里枝香 一票、小室 水斗 二票、永山 真千 二票』
「なんでよ! また私に票が入ってないってこと!? なんでよ!」
涼夏の叫び声など無視して放送は『相川 涼夏 0票、野本 環樹 0票』と続けた。しかし今回の結果に一番顔をしかめたのは、二票入った水斗だった。
「は? なんで? 俺はさっきまで一票だったから、もう変更しないって話だったよな?」
そうだ、さっきの話では「一回目の投票で水斗に入れた人はもう変更せず、それ以外の人は水斗以外に入れる」という話だった。
「これじゃあ話し合いにならないし、バラけさせることも出来ない。あと一回の投票で全て決まるんだぞ?」
水斗の言葉に誰も返事をしない。
「おい! 誰か答えろよ! 全員で生き残りたいに決まってるだろ!?」
水斗の声が大きくなっていく。
「バラけさせるために協力する! 当たり前のことだろ! なんでこんなことも出来ないんだよ!」
その時、何故か涼夏が水斗におもむろに近づいていく。
「私ね、水斗が好きだよ。意味分かる?」
その言葉が告白か何なのか分からなかったが、きっと言いたいことは『私は水斗に投票する』ということだろう。あんな放送があったのに、涼夏は恐れもせずにルールギリギリをついていく。
そんな甘い告白のような言葉をかけられた水斗は、頬を赤める……わけもなく、
「お前、何言ってんの?」
「そのままの意味だけど」
「この状況で言うことか?」
「この状況だから言うんだよ。私の気持ちは変わらない」
イライラしたままの表情で、水斗はため息をついた。どうやらまだ正気は保っているようだった。
「じゃあ、いいよ。そういうことなら、他の奴が俺に入れなきゃいいことだし」
その言葉に涼夏はニコッと笑った。
「やめようよ、そういうの。全員一番大事な人に好き勝手入れればいいじゃん」
その言葉で水斗の糸は切れたようだった。
「ふざけんなよ! 人の命なんだと思ってんだよ!」
「だって、この状況を終えた後にまた普通に幼馴染として生活出来ると思う? 無理じゃない?」
「っ! だからって……!」
「今みたいに誰が誰に投票するか分からないし、二回目みたいな予想と違う結果にだってなるかもしれない。なら、さっき環樹が言ったみたいに後悔しない選択をした方がいいんじゃない?」
その言葉に水斗は「っ……! もう好きにしろよ!」と投げやりに言い放った。またも沈黙が流れ始める。
それでも、二回目の投票と最後の投票までは五時間も空く。沈黙が長く続く中で、私も思考が落ち着いてくる。私は小刻みに震える手を……もはや
「ねぇ、やっぱりみんなで生き残ろうよ」
私の言葉に一番に顔を上げたのは、水斗だった。
「とりあえず、一票だけ入った時の情報を大事にしよう」
放送でストップがかかる前に私は早口で言葉を続ける。
「一回目に水斗に入れた人はそのままで。二回目に私に入れた人はそのまま。残りの人について、もっと話し合おう」
私の精一杯の勇気は、真千に遮られた。
「それって、水斗と里枝香だけ生き残るのが確定してるじゃん。次が最後なんだよ? 私は二回目の投票のままでそのままいって欲しいくらい」
そうだ、二回目の投票で真千は二票入っている。
「でも、それじゃあ誰かが……」
私が言葉に詰まると、涼夏が私を嘲笑った。
「誰かが死ぬって? 一回目も二回目も票があった人は余裕だね。さっき、あんだけ私がはっきり言ったのに何も伝わってないじゃん。もう一回言ってあげる。里枝香のそういう安全なところにいるくせに被害者ズラするところが嫌い」
また言葉の刃が私に向いたことで、私は何も言えなくなる。
「じゃあ、涼夏はどうしたいの?」
環樹が軽く首を回したながら、リラックスした様子で涼夏に視線を向ける。
「俺もさっきああ言ったけど、全員『一番大事な人に投票して、誰も涼夏に入れなかった』らどうするんだ? 大人しく死ぬの?」
私は初めて環樹のここまでキツイ物言いを聞いた。しかし、涼夏は動じていない。
「うん、いいよ。それなら、後悔なく死ねる」
「そんなわけないだろ。誰だって死にたいわけないんだから」
「それはそうだよ。でも変に考えて、遠慮しあって、偶然選ばれなくて死ぬよりよっぽど良い」
その涼夏の言葉は厳しいのに、何処か的を得ていた。しかし、先ほどから怒ったまま会話に参加していなかった水斗が口を開いた。
「じゃあ、多数決取ろうぜ」
水斗が手を挙げるそぶりをしながら、説明を始める。
「誰に投票するかは言えないルールだけど、『自分の一番大事な人に入れるか、例え駄目になっても確率を信じて考えて投票するか』は決めれるだろ」
水斗の言い方で私は今までの投票の二回分を無駄にしたことに気づいた。そうだ、もう頑張っても確定でみんなが生き残れる選択を選ぶことは出来ない。もう確率を上げることしか出来ないということだ。
それならもう……と思ってしまわない方が無理だった。それでも、水斗の目は諦めていない様だった。
「今の時間が二時半だから、四時までに決めようぜ。四時に多数決を取る」
そして、水斗は放送がなっていた方向に向かって問いかけた。
「これなら問題ないだろ? ルール違反じゃないはずだ」
『……ええ、構いませんよ』
いくら高校の図書室で小さくない部屋だと言っても、壁があるわけじゃない。一人になることすら出来ない空間で、私たちは命に関わる大事な決断をしなければいけないのだ。
四時に近づくにつれ、心も弱ってくる。最後の投票が行われるのは五時。あと数時間で死ぬかもしれないのに私たちは何も言わずに沈黙を貫いていた。本当は言いたいことも沢山あるはずなのに、それを言える状況ですらないのだ。それすら許されないのだ。
時計が四時を差す。