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第11話 五年後の再会

氷室真司は自分が幻でも見たと思った。何度も自分に言い聞かせた、天宮雪乃はもうこの世にいない、彼女は亡くなってから、もう五年も経った!


どうにか気持ちを落ち着かせ、子どもたちの墓の前で足を止めた。


しかし、そこで彼は再び息を呑んだ。墓の前には、白いチューリップの花が供えられていた。


それは、天宮雪乃が一番好きだった花。


この五年間、ここを訪れたのは自分だけのはず!


やっと、落ち着いた彼の心は、再び乱れていく。周囲見渡しながら、次第に目が赤くなり、握りしめた拳が震え始めた。


「誰だ?誰がやったんだ?」


まるで無数の視線が彼に向けられているような気がしたが、誰一人として顔が見えない。


「出てこい!出てきやがれ!」


首筋の血管が浮き出て、狂ったように怒鳴り散らした。


私は木の陰から取り乱す氷室真司の様子を見ていた。やはり、彼を驚かせた。


ここ数年、彼が精神不安定になっているという噂は本当のようだ!


私は彼をそのままにして、静かにその場を離れた。


墓石に刻まれた文字が、ふいに思い出される。


「最愛の妻、最愛の息子、最愛の娘の墓」


」という文字が、あまりにも目に刺さった。


吐き気がする!





山を下り、車に乗り込むと、私は黙ったまま窓の外を見つめた。


涙が静かに頬を伝う。


五年経っても、一人の母親が子どもを失った痛みは消えない。しかも、子どもが自分たちを殺した憎き相手と向き合うのだと思うと、胸はさらに苦しくなる。


「もう泣きやんだか?」


将人の冷たい声が耳に入った。


私は顔を向けると、彼と目が合った。


「感情を抑えられないなら、すぐに気付かれてしまうぞ」


と彼はそう叱った。


「あなたって本当に冷たい人ね」


私は彼を睨みつけた。しかし、彼は薄く笑う。


「弱い人間は泣くことしかできない!」


私はさらに彼をきつく睨んだ。


「あなたは一度も失ったことがないからよ。氷室さん、そのままずっと、失う苦しみを知らずにいればいいですね。」


涙を止めて、それ以上は何も言わず、彼にも背を向けた。


車が止まると、私は無言でドアを開けて降りた。

そこはまた墓地だった。前の違い、ここは花や木々が美しく手入れされた、山と川に囲まれた個人墓地だった。


「中に入ってみよう」


男が低く言った。


「俺はここで止まる」


きっと彼の親族が眠る場所なのだろう。

でも、私が行ってどうするの?


しかし、次の瞬間、彼は私の手を引き、無理やり中へと連れて行った。墓石に蒼汰の写真が刻まれているのを見たとき、私は呆然と立ち尽くした。


「これ、は……」


「あんたの家族をここに移しておいた」


将人はさり気なく伝えたが、私の心のどこかが熱くなり、彼には「ありがとう」とつぶやいた。


彼はかすか微笑みを浮かべながら背を向け、ここを離れ、私に子どもたちとの時間を与えてくれた。


私は墓石の前に座り、そっと腕を回して墓石を抱きしめ、蒼汰の写真に頬を寄せた……


涙が止まらなかった。


「ただいま、私の子どもたち……」





その夜、氷室真司が帰宅したのはかなり遅い時間だった。天宮雪奈は彼がひどく落ち込んでいるのに気付き、傍に寄り添いながら声をかけた。


「真司、五年も経ったのよ。もう自分を責めないで。お姉ちゃんだってきっと後悔しているわ。もし自分の不倫が原因で、子どもたちを失ったことを知っていたら、絶対にあんなことしなかったはずよ……」


「もういい!」


氷室真司は眉間を押さえ、低い声で遮った。


天宮雪奈は一瞬言葉を失った。あの時、真司がDNA鑑定をした結果、二人が彼の子だと分かり、彼女は自分に疑いの目が向くのを恐れた。そこで、父親と共に「天宮雪乃は若い頃からボディガードと付き合った」と嘘をでっち上げた。


昔の恋人を忘れられず、結婚後もそのボディガードと関係が続いていたと。

かなりのお金でとあるボディガードに罪を着せた。そのせいで、彼は氷室真司に殺されかけたが、最終的に自分が止めた。

こうして氷室真司は天宮雪乃の不倫を疑うことなく、天宮雪奈は彼と結婚し、ぜいたくで華やかな生活を手に入れた。


だが、今日の氷室真司の様子はどこか違っていた。


「真司、何かあったの?」


氷室真司は首を振る。


「いや、何でもない!」


しかしその夜中、氷室真司は悪夢を見て、天宮雪奈が起き上がり、彼を起こそうとすると、


「雪乃、行かないでくれ。雪乃……」


彼女の手が止まった。

どうして、自分の夫は夢の中で天宮雪乃の名を呼んでいる?


「雪乃!」


氷室真司は飛び起き、汗びっしょりで、目は怯えたように見開かれていた。天宮雪奈はベッドサイドのライトをつけ、何も知らないふりをして問をかけた。


「悪夢でも見たの?」


男は何も言わず立ち上がった。


「ちょっとシャワーを浴びてくる!」


天宮雪奈の拳を握りしめた。死んだはずの人間が、まだ自分の夫を奪おうとするなんて!

彼女は悔しさに歯を食いしばり、心の中で天宮雪乃に、死んでも安らかになんてさせない。地獄に落ちろと呪った。


シャワーを浴び終えた氷室真司は、そのままベッドに戻ることはなかった。


「もう少し寝たら?まだ早いわよ」


天宮雪奈が優しく声をかける。


「いや、いい。書斎で碁を打つよ。君はもう少し寝ていて」


天宮雪奈は彼の手を取る。


「明日は義父の誕生日なのよ。忙しい一日になるし、ちゃんと休まないと!」


氷室真司は彼女の頭を軽く撫で、「心配しないで」とだけ言って書斎へと向かった。


天宮雪奈は分かっていた。ここ数年、彼は囲碁に夢中になっている。書斎にこもって一人で碁を打つことが増え、自分と過ごす時間はほとんどなかった。





翌日、氷室尚人の七十歳の誕生日。


岡江市の名家・氷室家。氷室尚人の代になってから、子は少なくなった。


妻を早くに亡くし、その後は再婚せず、子どももいない。


氷室真司は友人の息子で、両親を早くに亡くしていたため、氷室尚人が養子として迎え入れた。


ここ何年間、氷室尚人は徐々に表舞台から身を引き、誕生日にも親しい友人だけを招くようになっていた。


朝早く、氷室真司は天宮雪奈と二人の娘を連れて氷室家の本邸へと出向き、氷室尚人の誕生日を祝った。


広間では、氷室真司が用意した贈り物を渡しながら挨拶した。


「お義父さま、いつまでもお元気で、長生きしてください!」


氷室尚人は笑顔でそれを受け取り、後ろの執事の中田さんさんに手渡した。


天宮雪奈も二人の娘を連れて祝いにやってきた。


「お義父さま、これは千歳と菜々が心を込めて作ったプレゼントです!」


氷室尚人はにこやかに「ありがとう、おじいちゃんからお年玉だ」と言い、二人の女の子にそれぞれ渡した。


今年十歳になる千歳は、少し不満だった。


「私の友だちのおじいちゃんはヘリコプターやダイヤモンドをくれるのに!」


天宮雪奈は慌てて千歳を引き寄せ、頭を下げる。


「子どもの言うことですから、お気になさらないでください!」


氷室尚人は笑った。


「気にしなくていい。さあ、外で遊んでおいで」


天宮雪奈は急いで子どもたちを連れてその場を離れた。


中田さんさんさんがそっといった。


「昔、真司坊っちゃんは頭を下げてお祝いしていたものですが……」


氷室尚人は変わらない表情で小さい声で答えた。


「今や立場も変わった。ああいうことはもう似合わないさ」


「おっしゃる通りです」


中田さんがうなずいた。


そこへ氷室真司がやってきた。


「お義父さま、今日は貴重なお客様がいらっしゃるとお聞きしましたですが?」


氷室尚人は彼を見て答えた。


「そうだ、将人が帰ってくる!」


さらに微笑みながら続いた。


「今回は恋人も連れてくるそうだ!」


氷室尚人の弟は南米で名を馳せており、その息子・氷室将人は若くして二つの上場企業を持ち、近年ではグループの中心的存在やリーダーにもとなっている。


この氷室家の御曹司は謎めいており、縁談話も数知れないが、彼の心を動かせた者はいない。


氷室真司も、いったいどんな女性が将人の心を射止めたのか興味津々だった。


「旦那様、将人様がご到着です!」


中田さんが嬉しそうに報告すると、氷室尚人は立ち上がった。


「さあ、出迎えにいこう!」


氷室真司もその後に続いた。


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