あたしは心拍数が増えるのを、抑えることができない。
雪哉くんに呼ばれて部屋に入ったのだから、それは当然のこと。
「な、なに? さっきのこと、怒ってるの? あ、あのその、み、見たこと」
あたしはしどろもどろになりながら、雪哉くんに尋ねる。
「……いや、別に。とりあえず座れば?」
雪哉くんがあたしにソファに座るように勧めてきた。
……え? と、とと隣?
戸惑うあたしに、雪哉くんが声をかけてきた。
「なんだよ。なんもしねぇよ」
「……ですよね」
先ほど、あたしになんか興味ない、と言ったばかりだ。
あたしは緊張で固まったまんま、雪哉くんの隣に腰掛けた。
「あのさ、さっきのは普通の男ならみんなやってること。そういうの、みんな見てる」
雪哉くんが話を切り出した。
「……うん。わかってるよ」
「だけど、おれは違うんだ。あれ、治療なんだ」
雪哉くんが意味のわからないことを言い出した。
「は? ち、治療?」
「そう、おまえに隠したところで、どうせなぜかバレそうだしな。そんな気がしてならないから言う。……おれさ、そういう機能がないんだ」
恥ずかしそうにするわけでもなく、淡々と話す雪哉くん。
「き、機能がない⁉︎」
驚いて声が大きくなるあたし。
「バカ! 静かにしろよ。夜中だぞ」
「ご、ごめん。でもそれって……」
つまり、そういうことができないってこと?
「おまえの想像してる通りだよ。おれはそういうこと、つまり……できないんだ」
「!!!」
え、え、えー!!!
「病院には行ったよ。だけど、異常がないんだ。精神的なものらしい」
雪哉くんが小さくため息を吐いた。
「え、精神的なものって……」
「うちの親が事故で亡くなった、それが原因じゃないかって。おれもあの車に乗ってたしな……」
そう、雪哉くんの親は車の事故で亡くなった。その車に乗っていた、雪哉くんだけが助かった。当時六歳だった。
「そ、そうなんだ……」
言葉が出ないよ。
「今でもたまに、あの光景が蘇るんだ。もう一生、苦しむのかもな」
雪哉くんが悲しそうにつぶやく。
「でもなんで。今日そんなことを……」
なにもこんな日にしなくても……。
「ショック療法みたいなもん。今日も精神的にかなりきつかったから、もしかしたら治るかななんて思って、やってみただけだ」
「ふ、ふ~ん」
な、なんて答えたらいいの? 頭のいいひとの考えていることがまったく理解できないよ。
「おれも将来は子供もほしいし。このままじゃな……」
なんでも完璧な雪哉くんに、そんな深刻な悩みがあったなんて……。
どんよりとした重い空気が流れる。
……この空気を変えるんだ、なんとか励ませ、行けっ、星奈!
「あ、でもほら、あたしたち、未経験者仲間だね。仲間仲間! お互い、二十一にもなってさ! ほら、一人じゃないよ、あたしもいる。あはは」
あたしは胸の前で手を合わせて、思いっきり微笑んだ。
「……おまえに話したおれがバカだったわ。おまえは相手がいないだけでできるだろ、普通に」
雪哉くんが深く息を吐いた。
「そ、そんなことないよ。相手探しがね、いっちばん大変なんだから。でも雪哉くん、あたしになんか話してくれてありがとう」
「……おれは医学部だし。人体の話には慣れてる。それにこれは病気だからな」
「そ、そうなんだ」
「……話したの、おまえが初めてだからな。でも誰にもいうなよ。言ったらコロ◯!」
雪哉くんが氷のような温度の言葉を投げつけてきた。
ひっ!