目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報

第68話

 ……菜奈ちゃん、聖哉さんには辛口だなぁ……。でも楽しそうに見えるのはあたしだけ?


 駅のホームで、あたしたちは電車が来るのを待っていた。


 聖哉さんが腕時計を確認したその時、下りエスカレーターから、若い女の子たちの黄色い声がホームに響いた。

 その女の子たちは、ドタバタと聖哉さんのところに駆けてきた。


 ……な、何事!? 怖いんですけど……。

 猪の如く猛進する女性らに、あたしはおののいた。


 見た目が清楚系、可愛い系、奇麗系、すべて揃っている五人組だった。みんな今時っぽい。


「梅乃宮くぅん、こんな所でなにしてるの?」

「梅乃宮くん、今日は仕事手伝ってくれてありがとう~」

「ねぇ、明日は私の仕事手伝ってくれない? 私、一人じゃ無理なの~」

「ちょっと私が梅乃宮クンを見つけたんだから、私が先よ!」

「みんな、もう梅乃宮くんが困ってるじゃない! 静かにしなさいよ~」


 女子五人が聖哉さんを囲んで一斉に話をし出した。これは聖徳太子でないと聞き分けは無理だ。


 ……てか、なにこの状態? 聖哉さん、もはやアイドル扱い? え? 『シゴデキ』だったんだ。このルックスでもドジで仕事がトロければ、絶対にモテない。逆に『アイツ、見た目だけで使えない~』と評価をだだ下げにするのが女という生き物である。


「あ、みんなも今帰りなの?」 

 聖哉さんは慣れているようで、冷静に笑顔で返事をしている。しかも先ほどまでのヘタレ子犬キャラではない。駄犬から、イタリアングレーハウンド(かっこいい犬ランキング1位)になっている。


 さわやかで余裕があり、仕事ができる大人の男の『スーパーミラクルシゴデキオーラ』を放っている。

 彼の背景に白い薔薇が咲き乱れ、その動作の一つ一つに砂金が溢れ落ちてゆく。


 これはギャップがすごい。先ほどまでのスイーツ大好き可愛いワンコ系だった面影は跡形もなく、消え去っている。


「ねぇ、聖哉くぅん、明日ランチみんなで食べようよ~」

「なに言ってるの、私が明日は食べる番でしょ! ねぇ、聖哉くん」

「こら、そこ! どさくさに紛れて、名前で呼ばない!」

 またも女子たちが言い合いを始めた。


「こら、喧嘩はダメだよ。明日はみんなで食べればいいんじゃないかな」

 聖哉さんが優しい声で、みんなをなだめている。それはカリスマ性を持つ美声だった。


 この様子に先ほどからピリついた圧を送っているのが、菜奈ちゃんだった。


「聖哉、もう電車きたわよ!」

 菜奈ちゃんが棘のある声を出した。


 前方に黄色い電車が姿を現した。あたしたちが乗る電車だ。


「あ、え、ほんと? みんなまた明日ね」

 聖哉さんが満面の笑みで五人組に手を振った。女子全員が頬を染めて、とろける表情をしている。


「え……? 梅乃宮くん、彼女いたの?」

 菜奈ちゃんに気づいた女子の表情が固まっている。


 相手が菜奈ちゃんなら、そうそう勝ち目はない。みんなが振り返るほどの美人だ。


「彼女はいないけど、好きな子はいるよ」

 聖哉さんはそう言って、突然あたしの肩を抱き寄せた。


 えー! ちょっ……。


「電車乗ろ、星奈ちゃん」

 電車のドアが開くと同時にあたしの手を引き、電車に乗る聖哉さん。女子五人の突き刺さるような視線が、あたしの背中に集中する。


 女の子たちのあたしをめつけるような視線は無視して、愛想良くみんなに手を振る聖哉さんだった。


「あれ、あんたの職場の子たち? うっさいわね」 

 菜奈ちゃんが電車のドアが閉まった途端に、うんざりした口調で話す。


「そう? にぎやかでしょ」

 ふふっと笑い、にこやかに話す聖哉さんだったが、あたしの心臓はバクバクしていた。


 聖哉さんはあたしの手を握ったまんまで、それは電車を降りるまで続いた。









この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?