ふわり、赤い髪をなびかせて、リシェラが走ってくる。
その情景にとらわれて、動けずにいた。あまりの眩さに、視界を焼かれ、
どくん、とはねる鼓動を宥めすかすこともできず。
心中で何度も名前を唱え、ようやく声に出す。
「リシェラ様」
リシェラは、何度か瞬きする。
やがて、ディアンに焦点を合わせ溶けるように微笑んだ。
甘い焼き菓子を思わせるとろける笑顔。
こんな風に彼女が、素の顔を見せるのは限られた人間の前でだけということを
いつしか知ってから、独占欲で満たされた。
自分は特別なのだと思い上がってしまうのだ。
「……なあに?」
上目遣いの視線にどきりとする。
恋ではない。ただ、臣下として敬愛しているだけだと
思い込もうと足掻いていたあの頃が懐かしく、
もう二度と帰らない日々なのだと思い知る。
「いえ。今日も可愛らしくていらっしゃるなって」
「ふふっ。ありがとう」
リシェラは、はにかむように笑んで腕を絡ませた。
「くっつきすぎですよ」
「駄目かしら」
「駄目ってことはないんですけど」
隙間なくそばに来られたら心臓がいくつあっても足りない。
恋してドキドキするのは、男女共通の物。
恥ずかしくとも、ディアンはそれを自覚していた。
「こうしましょう」
指と指を絡ませて、そっと見つめる。
きょとん、としたリシェラは、視線を返し、頷いた。
手を繋いで歩ける。
こんな何気ない瞬間が、とても好きで、
改めて彼女に忠誠を誓う。
臣下として王家に仕えているが、真に心をささげ、膝を折るのは
王女リシェラのみだと、
不遜ながら思う。
結局出会ったあの日から、本質的には何も変わっていない。
無防備な幼さともいえる部分だ。
それでもその部分を捨てようとは思わない。
これから先の未来においても
変わることはないだろう。
「明日もその先も、貴女だけに尽くします」
「ぶっ……」
吹き出され、あわてる。おかしいことを言っただろうか。
顔が、知らず熱を持った。
「リ、リシェラ様!? 」
「ごめんなさい。真面目に言ってるのに……
あなたってまっすぐすぎるものだから」
「悪いですか」
少しむきになってしまう。
「ううん。そんなディアン、好きよ」
リシェラは表情を改めてディアンに向き直る。
握り返された手に、すべてが集約されている。
認め、受け入れてくれた。
そのことに感謝し、誇りに思った。