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第6話

無かったことに?

彼女のせいで百発のビンタを喰らったのに、それがチャラってこと?

彼女が消火器で私の頭を割ったのも無かったことに?


私が病院のベッドで寝ている間、彼は小雪を連れてオークションに行き、王妃のティアラを落としてやり、私にはおまけの品をくれた。


「拓海……あんたの中の私は、そんなに安いの?」怒りに震えながら、彼が差し出したブレスレットを払いのけた。


「お前……」拓海は叱りつけようとしたが、私の額からゆっくり流れ落ちる血を見て表情を変えた。

「医者を呼べ!」


激しい感情の起伏で傷口が開き、縫合し直す必要があった。

ベッドに横たわり、目の前で揺れる白衣をぼんやりと見つめる。


針が刺さる痛みも、心の痛みを遮ることはできなかった。

拓海は終始そばに立ち、医者が血だらけの傷口を針で縫い合わせるのを見つめていた。いつも彼にまとわりついていた真希が、頬を腫らし、無表情でいるのを。


彼女はもう「痛い」と泣きついたり、慰めて抱っこしてとせがんだりしない。

あの時、彼は本当に頭に血が上っていた。だから護衛に彼女を殴らせたのも、小雪にいちいち逆らうなと教訓を与えるためだった。


今回は確かにやりすぎたかもしれない。慰めてやるべきだった……


「今度は絶対に気をつけて。また裂けたら、跡が残りますよ」医者が去った。


拓海はベッドの端に座り、考え込んで私の手を握った。

「今回は小雪が軽率だった。退院したら、彼女に謝らせる」


彼女の謝罪なんて要らない。彼の触れる手も嫌だ!

手を引っ込め、顔を背けた。


拓海の冷たい目に、一瞬ためらいが走った。相変わらずツンツンしたお嬢様だな。


今回はこんなにひどい怪我をしたんだから、大目に見てやろうか。


コンコンコン。

ノックの音がして、「被害届を出された江藤様、こちらでよろしいでしょうか?」

私はガバッと起き上がり、拓海が制止するより早く手を挙げた。

「私です!私が通報しました!江藤家の令嬢、江藤小雪の故意による傷害で告訴します!」


拓海の細い目が危険な輝きを放つ。

「真希……よくも警察を呼んだな」

「何で呼べないの?」私が手を出せないなら、法が裁いてくれる!


私は意地でも抵抗する。

拓海は薄い唇をゆがめて優雅に椅子に寄りかかり、何も言わない。

まさか……小雪を見捨てる気?


警官二人は私が告訴しようとしているのが江藤家の令嬢だと聞き、顔を見合わせて私の身分を尋ねた。


私が小雪の義姉と知り、二人とも安堵のため息をついた。

「江藤真希様、これはご家族内のもめ事ですので、内部で解決されることをお勧めします」


え?内部処理なんて嫌だって!帰らないで!

傍らでクスリと笑い声がした。


「何がおかしいの?」私は睨みつけた。

「お前、甘すぎる。東京中、江藤家の事件を扱える者はいない」

自信に満ち、傲慢な口調。


残念だ。黒沢家の勢力はもう海外に移ってしまった。さもなければ、黒沢家の力で江藤家と渡り合えたものを。


拓海の声は柔らかく、私が悔しがる姿を見るのが好きなようだった。

初めて私に向けて笑みを浮かべて、「もう小雪は叱っておいた。お前も騒ぐのはやめろ」


彼が小雪を叱った?

どう叱ったのか、聞いてみたい。


「どうやって叱ったの?」

「次は手加減しろってな」


やっぱり……全然驚かないわ。

小雪に殴り殺されても、彼は当然だと思うの?

布団をぎゅっと握りしめ、抑えきれぬ怒りで枕を彼に投げつけた。

「出てけ!出てってよ!」


彼は私の手首を掴み、強引に枕を払いのけた。


「真希、わざとやっているのか、いいところで手を引け」

昔、彼を誘惑しようとして、わざと自分を傷つけたことは何度もあった。

彼を怒らせようと、わざと他の男と絡むことも。


全部私がやったバカな行動だ。

そして彼はいつも冷たい目で見ているだけで、心は微塵も動かなかった。


今、彼が慰めに来て、贈り物までくれる。

私が賢ければ、いいところで引き下がるべきだろう。


拓海、私は駄々をこねてるんじゃない。本当に、本当にあなたには失望したの…


移住手続きの結果が出るまであと4日。4日後には、もう私の姿は見られなくなる。


もう誰にも煩わされず、騒がれず、誘惑されたりすることもない。


俯いて黙り込む私を見て。

彼は私の手を取り、そのブレスレットをつけてくれた。


「大人しくしていろ。これ以上小雪とトラブルを起こすな」

懐かしい安らぐ白檀の香りの中に、嫌な濃厚な香水の匂いが混ざっている。

もう昔好きだった匂いじゃない……


「しばらく病院に付き添ってあげる」


私は入院するつもりはなかった。離れるために片付けるべきことがあったから。

私の要求で、拓海は渋々退院手続きを取ってくれた。


家に戻ると、小雪が真っ白なドレスを着て玄関に立っていた。首や手首に豪華な宝石を身につけ、まるで彼女がこの家の女主人のようだった。


小雪は私を見るなり、口を開くより先に涙を浮かべた。

「お義姉さん、ごめんなさい……全部私が悪いんです。お義姉さんを陥れるべきじゃなかったし、叩くのもダメでした。ただ怖くて……昨夜お義姉さんが言った『お兄様のそばから完全に消えてやる』って言葉が怖くて……お兄様のそばを離れたくなくて、つい手を出してしまったんです。お義姉さん、私、間違ってました。許してください」


彼女の涙は、拓海の感情を増幅させる特効薬だった。

愛する女を泣かせておけるわけがない。


優しく小雪を抱きしめて、「小雪は全部話してくれた。昨日は君が彼女を押したわけじゃなくて、彼女が自分で額縁にぶつかったんだ。彼女は怖くて、俺に構ってほしくて、真実を言えなかっただけだ」


本当に小雪を甘く見ていた。

自分から額縁にぶつかったことを認める勇気があるとは。

全てを「お兄様の気を引きたい」という少女の気持ちのせいにしたのだ。


拓海の心はきっとグニャグニャに溶けているだろう。

見てよ。普段は仏に祈るだけの男が、小雪のためにわざわざ病院までプレゼントを届けに来て、小雪をいじめるなと言う。

俗世の香りに染まることも、いとわずに。


「謝ってもらえればいい。合理的でしょ?」

小雪は唇を噛み、まるで屈辱を受けたように。


拓海は眉をひそめた。

「妹にいちいち難癖をつけるな」

「どうして?あの時、あんたが私に謝れって言ったとき、私だって了承したじゃない」

「お前は謝ってないだろ?」


そうだった。確かに日記を奪い合ってて、謝るのを忘れていた。


「お兄様、お義姉さん、私のことで喧嘩しないで。私、もう数日しか居られないし」

小雪は可憐な白い花のように、涙を確実に拓海の胸元に落とした。


「ここはお前の家だ。ずっとここに住めばいい」


小雪は首を振り、適度に苦みをにじませた。

「もう両親がお見合いの相手を探してくれてて……すぐに実家に戻って、お嫁入りの準備をしないといけません」

拓海は腕に力を込め、声には氷が混ざっていた。

「何て?」




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