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第5話

真希はいつも思う。

愛する覚悟があれば、手放す決意も持てると。


お前たちが私に与えた痛みは、いつか必ず倍返しにしてやる!

これ以上私を刺激しないで。

さもなくば、この映像がお前たちへの死を呼ぶ呪いになるわ!


顔を上げた瞬間、私は凍りついた。

小雪が目を見開いて、私を見つめている。そして、笑っている。嘲笑のように… 彼女は、ずっと意識があった……!


拓海は長く、長くキスを続け、小雪がうめき声をあげるまで、ようやく惜しそうにその深いキスを終えた。


私は非常階段の陰に隠れ、拓海が完全に去るのを確認してから出て行くと、病院のガウンを着た小雪が現れた。彼女は私を待っていたようだ。


廊下の明かりが、含み笑いのような彼女の顔を照らす。

この人喰い花が、夜の静まりかえった病院の廊下で、ついに触手を伸ばしてきた……


「お顔、痛かった?」

小雪は耳元の髪を弄りながら、私への悪意を隠そうともしなかった。


「ありがとね。忘れかけていたわ。この百発のビンタの中、半分はお前の手柄だったってこと」


小雪はいたずらっぽく笑った。

「これってまだ序の口よ、お義姉さま。少しは賢くなりなさい。お兄様を奪い返そうなんて妄想はやめてね。お兄様にとって一番大切なのは私なんだから。あなたはただの…私たちがもっと深くつながるためのただのきっかけに過ぎないのよ。」


私は分かっている。

小雪もまた、拓海を愛しているのだ。

小雪が自分と拓海の間の禁忌を破るだけで、二人は自然と結ばれるだろう。


だが、小雪はそれをしない。その理由をさっきまで理解できなかった。


彼女の最後の言葉が、全てを悟らせてくれた。


「どうやら、他人の心を弄ぶ快感に、お前は溺れているらしいな」――拓海を、そして私を。

小雪の表情は愉悦に満ちていた。

「そういう人生こそ、スリリングで面白いと思わない?」


なるほど、彼女は他人の苦しみの上に、自分の快楽を築くのが好きなんだな。

残念ながら、私は何でも黙って受け入れる腰抜けじゃない。


あの二人がどうやってあれこれ遊び回ろうと、私は構わない。

だが、私を巻き込んだ以上、仕返しを食らうのは覚悟しておいてもらう。


「私が今さっき撮った、お前とお兄様の動画、それをネットに拡散したらどうなると思う?」私は独り言のように続けた。

「拓海の父親や母親は…お前を、そっと静かに消してしまわないか? 拓海はな、お前を愛してると思う?それとも…今の権力や地位の方を愛してると思う?」


人の心をえぐる言葉――小雪が最も嫌悪する、継子としての出自。

継母連れの偽お嬢様というコンプレックスは、彼女を長い間、卑下と自己嫌悪に縛りつけてきた。


彼女が拓海を愛するのは、確かに彼の容姿に惹かれた側面もある。

しかし何より重要なのは、拓海が数千億円企業の支配者であり、女性にとって最高の踏み台になるからだ。


彼女がその「一線」を超えようとしないのも、この巨万の富を操る男が、自分のために狂い、恋焦がれる姿こそが、彼女に至上の優越感を与えるからだ。


だがもし、他人に気づかれたら?

拓海は、すべてを捨てて彼女を選ぶだろうか?

しかし、すべてを捨てた拓海に、一体どんな価値があるというのか……?


小雪の瞳に、突如として鋭い殺意が走った――真希に、この動画を公開させるわけにはいかない。

たった一言で、彼女の鎧にヒビを入れられたか?


「私はお前たちの遊びの道具にはなりたくない。警告しておく。社会的信用を失いたくなければ、これ以上手を出すな」

小雪は逆上して、手を振りかぶった。


「また殴るつもりかっ!」

私は彼女の手首を掴み、逆にビンタを食らわした。


一回では足りなかった。私は続けざまに何度も彼女の頬を打ち据えた。

生憎、彼女は私ほど強くない。数発殴られただけで、足を崩し床に崩れ落ち、反撃する力すら失った。


なんたること。私は百発も耐え抜いたというのに!


小雪が現れてから、たった二日しか経っていない。

この間、彼女は私にどれほどの悪事を働いたか!

よくも私に手を出せるものだ!


「拓海がお前を溺愛しているからこそだ!そうでなければ、江藤家の継娘ごときが、私に手をあげられると思っているのか!」私は小雪の髪を掴んだ。

「覚えておけ。お前はただ、拓海という鋭い刀を手にしているに過ぎず、それで私を傷つけているだけだ。警告しておく。自分の分をわきまえろ。」


私は小雪を離し、背を向けて歩き出した。


小雪は非常口の扉の端に、無造作に置かれた消火器を見つけ、一計を案じた。


「真希っ!」

なんだ? まだ因縁をつけるのか?

振り向いた瞬間――ドン!

消火器が額に直撃した。

支えを失った非常口の扉が、ゆっくりと閉じていく。

頭頂部から流れ落ちる熱い液体。世界が再び、闇に沈んだ。


真希は痛みで目を覚ました。

ギラつく蛍光灯を手で遮ろうとし、その動きが頭の傷口に触れた。痛みが抑えきれない呻きを引き起こした。


「動かないでください!」丁度入ってきた看護師が言った。「縫合したばかりです」


記憶がゆっくりと戻る。気を失う直前の、小雪の悪鬼のような顔が、再び脳裏に浮かんだ。


「私を殴った女は?」

看護師は少し戸惑った。

「退院されました」


退院?

「いつ?」

「しばらく前に。彼女の旦那さんと一緒に帰りましたよ。」小雪の旦那さん?

ああ、拓海のことね?!!


私は彼の妹に倒され、彼は一言の説明もなく、ただ立ち去った?

あまりにも酷すぎる!

なるべく後味の悪いことはしたくなかった。

あと五日で、手続きも済む。私は去るだけ。綺麗に縁を切ろうと。


だが、彼らが私を刺激し続けるなら――地獄へお似合いだ!


私は動画を拡散しようとした。

だが、しばらく探しても、動画は見当たらなかった。


誰かが私のスマホを操作したのだ。拓海ではない。小雪に違いない。


彼らを牽制する唯一の手段を失ってしまった。いや、もう一つの方法がある…


「もしもし、警察に通報します。故意による傷害事件です」


警察を待つ間、私はSNSを開いた。

画面は小雪のポストで溢れていた。


【怪我しちゃったけど、お兄様がプレゼントで元気づけてくれた】

【エレ妃のティアラをゲット!お兄様が“永遠に私の女王”っておっしゃってくれて、オークション会社からおまけのプレゼントも。大満足!】


動画の中で、小雪は煌びやかなドレスをまとい、華やかなティアラが彼女の頭に輝いている。彼女の前に立つ、白いスーツ姿で、王子様みたいな拓海は、片膝を立て、彼女の手に敬虔な口づけをしていた。


男の低く響く声は、蜜のように甘く、優しく、溺愛に満ちていた。

「お前の望むものなら、何でも手に入れてやる」


私は画面を見つめ、まるで誰かが頭の傷口をこじ開け、針で神経をズキズキと刺されているような痛みが全身を痺れさせるのを感じた。


ドアが開き、警察かと思えば、入ってきたのは拓海だった。


彼は贈り物の箱を手にしていた。

彼の白いスーツは、なんてまぶしいのだろう…。


「お前にやる物だ」

拓海の後を六年も追いかけ、彼から直接贈り物をもらうのはこれが初めてだ。

笑うべきなのか?


三日前なら、飛び上がって喜び、彼に抱きつき、「嬉しい!最高!大好き!」と叫んだだろう。

だが今、この贈り物は一体何なんだ?

「これが、江藤小雪が私の頭を割ったことへの償いか?」

拓海はわずかに目を伏せ、説明する気もない様子。

彼が自ら贈り物を持ってくるだけで、多大な慈悲だと思っているらしい。


「つけてやろう」彼が箱を開けると、中にはダイヤモンドのブレスレットが光っていた。

それは紛れもなく、小雪が話したオークション会社からのおまけの品だった。


彼が伸ばした手に、私は初めて、身を引いた。


彼は予想だにしなかっただろう。私がこんな反応をするとは。

今までなら彼が手を招くだけで、私は子犬のようにしっぽを振って飛びついたものだ。


彼の接近を拒むのは、これが初めてだった。

「今度はまた、何を駄々をこねている?」


案の定だ。相変わらずの拓海だ。私が少しでも彼の気に入らないことをすれば、即座に冷徹無情な仮面を被る。


ブレスレットなんて、私には不要だ。

悪人に相応の罰を受けさせたいだけだ。


「小雪は?」

今回は珍しく、拓海は怒りを露わにしなかった。


「俺も小雪をきつく叱った。お前も彼女を数発殴った。この件は、お互い無かったことにしよう」



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