そうは言ったものの、その表情はずいぶんと和らいでいた。
「江藤家の名誉に関わることだし、もう先方には話を通してある、佳穂は中で元気にやっている。すぐに出てこられるはずだ。」
この言葉を聞いて、真希の胸につかえていた重たい思いが少しだけ軽くなった。
「明日は、何か予定があるの?」と、首元のパールを指でなぞりながら、真希は探るように尋ねた。
まだ諦めきれずに、彼に念押ししたかったのだ。
「明日はパーティーがある。君にも一緒に来てほしい。」
うつむいたまま不機嫌そうな真希の様子に、拓海は思わず微笑んだ。
その夜は何事もなく過ぎ、翌朝、真希は早くから起こされた。
一流のスタッフがすでにスタンバイしていた。
頭の先からつま先まで、真希はまるで別人のように仕上げられていく。
その隅々まで、洗練された美しさが溢れていた。
拓海は彼女よりも早く準備を終え、ドアのそばで真希を眺めていた。
時折眉をひそめたり、ドライヤーで髪を整えたりと、表情は実に生き生きとしている。
そんな真希を見て、拓海も思わず笑顔になった。
すべてが終わるころには、すっかり日が暮れていた。
真希は深呼吸をして、拓海から贈られたパールのネックレスを身につけた。
今日の装いは頭から足先まで、総額でほぼ一千万円にもなるが、一番安いのはこのパールのネックレスだ。
でも、彼女が一番気に入っているのもこれだった。
「とてもきれいだよ。」と、拓海が背後から声をかけ、鏡越しに真希の全身を見つめた。
「私、ずっときれいだよ。今さら気づいたの?」
「うん、本当にきれいだ。」
拓海は以前から彼女の美しさを知っていたが、今夜の彼女は、これまでになく心を揺さぶるほどだった。
出発直前、拓海は小さな赤い錠剤を差し出した。
「えっ、今日の薬は違うの?」
「これはビタミン剤だよ。飲んでおいて。」
真希は特に疑うこともなく、水で飲み込んだ。
パーティーは、煙雲A区の山頂にあるクリスタルパレスで開かれる。
拓海はシルバーグレーのスーツを身にまとい、胸元の赤いダイヤが彼に神秘的な輝きを添えていた。
真希のドレスも彼に合わせて、同じシルバーグレーのオフショルダーのロングドレス。
拓海に手を引かれ、ヘリコプターに乗り込む。
上空から見下ろす夜景は、まるで世界を手中に収めたような気分にさせた。
ヘリは裏のヘリポートに着陸した。
赤いカーペットが、降り立った場所からパーティー会場まで続いている。
少し大げさなくらいの華やかな演出だったが、真希は動じることなく、拓海の腕に手を添えて会場へ向かった。
入り口には、白い手袋をした二人の従者がドアノブを握って立っていた。
拓海はふいに立ち止まり、夜風で乱れた真希の髪を丁寧に整えた。
「準備はいい?」
真希はきょとんとしながら「うん」と頷く。
拓海が軽く顎を上げると、従者たちがドアを開け、まばゆい光がゆっくりと広がった。
華やかな衣装に身を包んだ人々が中に集まり、ドアが開いた瞬間、バースデーソングが響き渡った。
「ハッピーバースデー、ハッピーバースデー……」
真希は信じられないというように口元を手で覆い、瞳には涙が浮かび、視線は拓海とゲストたちの間を行き来した。
「驚いた?」
真希は彼の胸を軽く拳で叩き、「もう、わざとやったでしょ、からかって…!」
その手を拓海がやさしく包み込み、体を少し屈めて、低く響く声で囁いた。
「誕生日おめでとう。」
真希は涙をこぼしながら拓海の胸に飛び込む。
「拓海、あなたって本当に意地悪なんだから。」
彼の腕に抱かれていると、世界のすべてを手に入れたような幸せに包まれた。
「拓海。」
「うん?」
「大好きよ。すごくすごく、大好き。」
その言葉に、拓海の全身が震える。彼女を更に強く抱きしめ、顎を真希の頭にそっと寄せた。
今までで一番、真希のために心が高鳴った瞬間だった。
拓海はそのまま彼女を抱え、会場の中央へと進んだ。
バースデーソングが繰り返し流れる中、二人がドームの下に着くと、突然会場が暗転した。
床には無数の星のようなライトが灯り、拓海はその中心で小さな箱を手にして立っている。
「真希、君にプレゼントがあるんだ。」
彼が振り返ると、背後の大画面が静かに明るくなった。
そして——
「真希は薬物を使用し、脳神経にダメージを受けて記憶が混乱している。俺はただ彼女に付き合って芝居をしていただけで、正気に戻ったら、きっぱり離婚するつもりだ。」
聞き覚えのある声が響き、会場の全員が拓海を見た。
誰もがすぐにそれが拓海の声だと分かった。
「どういうこと?薬物を?」
「離婚するつもりだった?」
「もしかして、この誕生会自体が真希さんの素顔を暴露するためだったのか……」
真希の全身が凍りつく。
声は確かに拓海のものだが、内容が理解できない。
誰が薬を?自分?そんなはずはない。記憶障害なんてない、すべて覚えている。どうして……?
突然の出来事に、場内は混乱し始めた――まだ、すべての始まりにすぎなかった。
スクリーンには動画が映し出された。
何人かに押さえつけられる真希。
床に押し倒され、平手打ちされ、炎に囲まれる。
プールに飛び込む。
そして、病院のベッドで苦しそうに体をよじり、「お願い、もう少しちょうだい……」と叫ぶ真希。
誰が見ても、それは薬物中毒の禁断症状だった。
断片的な記憶が頭をよぎり、真希は頭を抱えて叫んだ。
「違う、こんなの嘘……」
ガンッ!
飛んできた椅子がスクリーンを直撃し、破壊した。
拓海は険しい表情で会場を見回す。自分の目の前でこんなことを仕掛けるとは、最近自分は甘すぎたのか——
彼の視線が合った者は、皆本能的に一歩後退した。
突然、あるゲストの手を真希が掴む。
「お願い、今日は何年何月何日?」
ゲストは驚きながらも答えた。
「今日は、2025年10月10日です。」
真希は信じられず、別の人にも尋ねた。
誰もが同じ答えを返す。
だが、真希のスマホには2023年7月15日と表示されていた。
真希は突然、拓海を見つめる。
「あなたが何かしたのね。」
拓海は動揺しながら、
「とにかく、家に帰ろう。帰ったら説明するから。」
真希は一歩一歩後ずさり、拓海を拒んだ。
「嘘つき、拓海、聞かせて。映像のこと、本当なの?」
「違う。」
彼は嘘をついた。その確信に満ちた声で、嘘をついた……。
真希は何かにつまずき、その場に座り込んだ。
すべてが本当だったのか。自分には二年間の記憶がなく、その間に恐ろしいことが起きていたなんて。
「真希。」
拓海は焦りながら彼女を抱き起こそうとするが、真希は彼を強く突き飛ばした。
「近寄らないで、触らないで!」
大粒の涙が頬を伝う。
「どうして、どうしてこんなことに……」
そして、真希の脳裏に何かがよぎった――