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第41話

そうは言ったものの、その表情はずいぶんと和らいでいた。


「江藤家の名誉に関わることだし、もう先方には話を通してある、佳穂は中で元気にやっている。すぐに出てこられるはずだ。」


この言葉を聞いて、真希の胸につかえていた重たい思いが少しだけ軽くなった。


「明日は、何か予定があるの?」と、首元のパールを指でなぞりながら、真希は探るように尋ねた。

まだ諦めきれずに、彼に念押ししたかったのだ。


「明日はパーティーがある。君にも一緒に来てほしい。」


うつむいたまま不機嫌そうな真希の様子に、拓海は思わず微笑んだ。


その夜は何事もなく過ぎ、翌朝、真希は早くから起こされた。


一流のスタッフがすでにスタンバイしていた。


頭の先からつま先まで、真希はまるで別人のように仕上げられていく。

その隅々まで、洗練された美しさが溢れていた。


拓海は彼女よりも早く準備を終え、ドアのそばで真希を眺めていた。

時折眉をひそめたり、ドライヤーで髪を整えたりと、表情は実に生き生きとしている。


そんな真希を見て、拓海も思わず笑顔になった。


すべてが終わるころには、すっかり日が暮れていた。


真希は深呼吸をして、拓海から贈られたパールのネックレスを身につけた。


今日の装いは頭から足先まで、総額でほぼ一千万円にもなるが、一番安いのはこのパールのネックレスだ。

でも、彼女が一番気に入っているのもこれだった。


「とてもきれいだよ。」と、拓海が背後から声をかけ、鏡越しに真希の全身を見つめた。


「私、ずっときれいだよ。今さら気づいたの?」


「うん、本当にきれいだ。」


拓海は以前から彼女の美しさを知っていたが、今夜の彼女は、これまでになく心を揺さぶるほどだった。


出発直前、拓海は小さな赤い錠剤を差し出した。


「えっ、今日の薬は違うの?」


「これはビタミン剤だよ。飲んでおいて。」


真希は特に疑うこともなく、水で飲み込んだ。


パーティーは、煙雲A区の山頂にあるクリスタルパレスで開かれる。


拓海はシルバーグレーのスーツを身にまとい、胸元の赤いダイヤが彼に神秘的な輝きを添えていた。


真希のドレスも彼に合わせて、同じシルバーグレーのオフショルダーのロングドレス。

拓海に手を引かれ、ヘリコプターに乗り込む。


上空から見下ろす夜景は、まるで世界を手中に収めたような気分にさせた。


ヘリは裏のヘリポートに着陸した。


赤いカーペットが、降り立った場所からパーティー会場まで続いている。


少し大げさなくらいの華やかな演出だったが、真希は動じることなく、拓海の腕に手を添えて会場へ向かった。


入り口には、白い手袋をした二人の従者がドアノブを握って立っていた。


拓海はふいに立ち止まり、夜風で乱れた真希の髪を丁寧に整えた。


「準備はいい?」


真希はきょとんとしながら「うん」と頷く。


拓海が軽く顎を上げると、従者たちがドアを開け、まばゆい光がゆっくりと広がった。


華やかな衣装に身を包んだ人々が中に集まり、ドアが開いた瞬間、バースデーソングが響き渡った。


「ハッピーバースデー、ハッピーバースデー……」


真希は信じられないというように口元を手で覆い、瞳には涙が浮かび、視線は拓海とゲストたちの間を行き来した。


「驚いた?」


真希は彼の胸を軽く拳で叩き、「もう、わざとやったでしょ、からかって…!」


その手を拓海がやさしく包み込み、体を少し屈めて、低く響く声で囁いた。


「誕生日おめでとう。」


真希は涙をこぼしながら拓海の胸に飛び込む。


「拓海、あなたって本当に意地悪なんだから。」


彼の腕に抱かれていると、世界のすべてを手に入れたような幸せに包まれた。


「拓海。」


「うん?」


「大好きよ。すごくすごく、大好き。」


その言葉に、拓海の全身が震える。彼女を更に強く抱きしめ、顎を真希の頭にそっと寄せた。


今までで一番、真希のために心が高鳴った瞬間だった。


拓海はそのまま彼女を抱え、会場の中央へと進んだ。


バースデーソングが繰り返し流れる中、二人がドームの下に着くと、突然会場が暗転した。


床には無数の星のようなライトが灯り、拓海はその中心で小さな箱を手にして立っている。


「真希、君にプレゼントがあるんだ。」


彼が振り返ると、背後の大画面が静かに明るくなった。


そして——


「真希は薬物を使用し、脳神経にダメージを受けて記憶が混乱している。俺はただ彼女に付き合って芝居をしていただけで、正気に戻ったら、きっぱり離婚するつもりだ。」


聞き覚えのある声が響き、会場の全員が拓海を見た。


誰もがすぐにそれが拓海の声だと分かった。


「どういうこと?薬物を?」


「離婚するつもりだった?」


「もしかして、この誕生会自体が真希さんの素顔を暴露するためだったのか……」


真希の全身が凍りつく。

声は確かに拓海のものだが、内容が理解できない。


誰が薬を?自分?そんなはずはない。記憶障害なんてない、すべて覚えている。どうして……?


突然の出来事に、場内は混乱し始めた――まだ、すべての始まりにすぎなかった。


スクリーンには動画が映し出された。


何人かに押さえつけられる真希。

床に押し倒され、平手打ちされ、炎に囲まれる。

プールに飛び込む。

そして、病院のベッドで苦しそうに体をよじり、「お願い、もう少しちょうだい……」と叫ぶ真希。


誰が見ても、それは薬物中毒の禁断症状だった。


断片的な記憶が頭をよぎり、真希は頭を抱えて叫んだ。


「違う、こんなの嘘……」


ガンッ!


飛んできた椅子がスクリーンを直撃し、破壊した。


拓海は険しい表情で会場を見回す。自分の目の前でこんなことを仕掛けるとは、最近自分は甘すぎたのか——


彼の視線が合った者は、皆本能的に一歩後退した。


突然、あるゲストの手を真希が掴む。


「お願い、今日は何年何月何日?」


ゲストは驚きながらも答えた。


「今日は、2025年10月10日です。」


真希は信じられず、別の人にも尋ねた。


誰もが同じ答えを返す。


だが、真希のスマホには2023年7月15日と表示されていた。


真希は突然、拓海を見つめる。


「あなたが何かしたのね。」


拓海は動揺しながら、

「とにかく、家に帰ろう。帰ったら説明するから。」


真希は一歩一歩後ずさり、拓海を拒んだ。


「嘘つき、拓海、聞かせて。映像のこと、本当なの?」


「違う。」


彼は嘘をついた。その確信に満ちた声で、嘘をついた……。


真希は何かにつまずき、その場に座り込んだ。


すべてが本当だったのか。自分には二年間の記憶がなく、その間に恐ろしいことが起きていたなんて。


「真希。」


拓海は焦りながら彼女を抱き起こそうとするが、真希は彼を強く突き飛ばした。


「近寄らないで、触らないで!」


大粒の涙が頬を伝う。

「どうして、どうしてこんなことに……」


そして、真希の脳裏に何かがよぎった――

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