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第40話

どうして私と拓海のこと、みんな知ってる?

小雪、本当に私の失敗を楽しみにしてるのね。

でも、残念。


真希は、この件について自分が悪いとは思っていない。悪いのは拓海の方よ。

これで攻撃しようなんて、夢でも見てなさい。


「もしかして、嫉妬してるの?聞いたことあるわよ、昔、拓海の婚約者候補の中にあなたもいたって。でも結局、拓海が選んだのは私。悔しかったでしょう?」


昔、江藤家のご長老が、名家の中から何人か婚約者候補を選んだ。

その中には木村凛もいた。

けれど、最終的に拓海が選んだのは真希だった。

それからというもの、木村凛はことあるごとに真希に嫌がらせをしてきた。

真希はただ、相手にするのが面倒だったから無視していただけ。


「真希、そんなに得意げになって。あなたと拓海が本当に結婚したって、誰が証明できるの?結婚式もしてないし、みんなに発表もしてない。もしかしたら……」


凛が言い終わらないうちに、真希はスマートフォンの画面を彼女目の前に突きつけた。

そこにはくっきりと婚姻届の写真。

二人の名前と、登録した日付がしっかり映っている。

小さい文字が見えないかもしれないと思い、真希は親切にも画面を拡大して見せた。


「ここ見て、結婚した日付。2022年9月28日。ちゃんと見えた?」


スマートフォンを引き戻し、真希は得意げに微笑む。

「もう半年以上も夫婦なのよ。悔しい?私と拓海が結婚してるって知って、毎晩眠れないんじゃないの?そのクマ、すごいわね。美容クリニックでも行ったら?心が醜いんだから、せめて顔くらいは綺麗にしなさい。」


そう言って、真希は木村凛を押しのけてその場を去った。


木村凛は、意外にも怒っていなかった。

頭の中でずっと、「結婚して半年以上」という言葉が繰り返されていた。

でも、実際は、真希と拓海はもう3年以上も結婚しているはずだ。

小雪の言ったことは本当だったのかもしれない。

真希は薬物のせいで記憶が混乱している……ああ、真希、調子に乗ってた罰よ。

あなたの報いが始まるわ――


「調べたわ、やっぱり記憶が混乱してる。わかった、ありがとう。」


荷物を佳穂に届けた後、真希は警察署を出た。

ふとした拍子に、誰かとぶつかってしまった。


「すみません」と、真希は慌てて謝る。

相手は無言で、道を譲ろうとしない。真希が顔を上げると、恐怖のあまり二歩後ずさった。


すごく怖い男――その眼差しは、真希を食い殺さんばかり。

顔には無数の傷痕があり、見るだけで背筋が寒くなる。


なぜか分からないけれど、彼を前にすると、真希は無意識に恐怖を感じてしまう。

だが、その男はじっと見つめたあと、足を引きずりながら去っていった。

よく見ると、足が不自由なだけでなく、片腕もなかった。


本当に恐ろしい男だった。


真希は急いで車に乗り込み、住まいに戻った。

ベッドに倒れ込むと、全身が震え、心も空っぽになったような感覚に襲われる。何かで満たしたい、そんな衝動に駆られる。


使用人たちは皆忙しそうにしており、執事もどこかへ行ってしまった。

真希は落ち着かず、屋敷の中をうろうろした挙げ句、キッチンへ入った。

シェフが夕食の準備をしている。白い小麦粉がまな板の上に広がっている。

真希はかがみこみ、思いきりその匂いを嗅いでみた。なぜか、変な匂いに感じる。


「奥様」と、突然執事が現れた。

真希はびっくりして振り返った。


「奥様、お腹が空いていらっしゃるのですか?」


自分がさっき小麦粉の匂いを嗅いでいたことを思い出し、恥ずかしくなった。しかも、変な匂いとまで思ったなんて。もう夜更かしはやめたほうがいいかもしれない。


「うん」とだけ答え、冷蔵庫から適当に食べ物を取り出し、部屋に戻る。

拓海が置いた薬を数錠飲み、そのまま眠りに落ちた。


ここ数日、拓海は一度も姿を見せていない。

その間、真希は何度も突然意識を失い、目が覚めても体がだるく、頭の中に奇妙な映像が浮かぶ。

炎、深い海、激しい嵐――何を意味するのか分からない。

病院で検査も受けたが、医者は「異常なし」と言う。


身体にぶかぶかの服を見て、本当に自分は普通なのか疑問に思えてくる。不安で、何かを忘れている気がして落ち着かない。


スマートフォンを手に取ると、日付は2023年7月11日。

あと数日で自分の誕生日だ。


例年なら家族が誕生日パーティーを開いてくれる。

でも今年は、兄も両親も家にいない。拓海も、きっと私の誕生日なんて覚えていない。佳穂もいない。

今年の誕生日は、一人で過ごすしかなさそうだ。


誕生日の前日、拓海が現れた。

その時、真希は深い眠りの中にいた。ぼんやりとした意識の中で、誰かに抱きしめられているのを感じる。


目を開けると、久しぶりに見る拓海だった。

相変わらず、どこか現実離れした佇まい。もう二度と戻ってこないと思っていた。


「一緒に寝てくれ」と、彼は片腕で真希の腰を抱き寄せ、目を閉じて少し疲れた様子。


真希は彼の手を外した。


「どうして帰ってきたの?」


彼は面倒くさそうに目を上げた。


「ここは俺の家だ。」


真希は一瞬言葉に詰まった。事実を言われただけなのに、なぜか胸に刺さる。


「病院で小雪と一緒じゃなかったの?」


拓海はじっと真希を見つめる。

病院で医者に聞いてみた。

ここ数日も、真希の症状は続いている。

薬への依存はむしろひどくなり、庭の葉っぱをむしって噛んだり、小麦粉の匂いを嗅いだり、こっそり彼のタバコを吸ったりもした。


けれど正気に戻ると、真希はそのことをまったく覚えていない。

今の会話からしても、彼女の記憶は結婚半年くらいで止まっているようだ。


拓海は片手で頭を支えながら言った。

「まだ怒ってるのか。」


それは疑問ではなく、断言だった。


「怒っちゃいけないの?」

真希は問い返す。

あの日、病院で彼はあまりにも冷たかった。

佳穂は悪くないのに、何度頼んでも許してくれなかった。

自分の友達を守れないことが悔しくて、怒るのは当然じゃない?


拓海は体を起こして、「目を閉じて」と言った。

……なに?

「目を閉じて。」


強く言われて、真希はしぶしぶ目を閉じた。


「いいよ、開けて」


目を開けた瞬間、

純白の深海パールが揺れている。チェーンのもう一端は、しっかりと拓海の手の中。


「M国で出たばかりの深海パールで作らせたんだ。気に入った?」


シンプルで上品なデザイン。ひと粒だけのパールネックレス。


「えっ、プレゼント?」


真希は信じられない思いで拓海を見る。

彼は頷いた。


「私にプレゼントなんて初めて……」

鼻の奥がツンとする。


これまで、真希は色々なものを拓海に贈ったけれど、彼はいつも無関心だった。

まさか、拓海が自分にプレゼントをくれる日が来るなんて思いもしなかった。


「どうして?」

――なぜ、突然プレゼントなんて。もしかして……


「理由なんてない。贈りたいと思ったから贈っただけだ」


真希の期待はあっさりと裏切られる。誕生日を覚えていてくれたのかと思ったのに。


「つけてあげる」

真希は髪をかきあげ、細い首筋を見せる。パールが白い肌の上で輝く。

深海パール特有の光沢が美しく、真希は思わず見とれてしまう。


「よく似合ってる」


真希はそっぽを向いて言う。


「こんなものでごまかされると思ったら大間違いよ。」


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