無駄にどんよりと広がった雲があたしを見下ろしている。何でも受け止めてくれそうだが、何にも受け入れてくれない気もする……気まぐれな雲のように見える。
スマホが鳴ったので取り出した。
「もしもし雫?」
「ええ、そろそろお話が終わったころかなって思って……それでどうだった?」
「……終始和やかな心温まる伯父と姪の談笑タイムだったわ」
「……あらそう………」
「取り合えず縁和とその妹をあたしが預かることになったから二人が生活できる環境を整えてちょうだい。最低限のキャッシュはあげといたからそっちは気にしないでいいわよ」
「それはいいけど、どうせ子供二人なんだしあんたの家で引き取ってあげれば良いじゃない」
「あり得ないわよ。じゃ、そっちは頼んだわよ………」
無駄にデカい爺さんの家、そんな中で先ほどからあたしを見ている気配を背中に感じていた。
「雑用ばっかり押し付けてねぎらいの言葉の一つくらい」
「ご苦労。じゃ、そういうことで」
あたしは適当に通話を切った後、イチゴオレを取り出しその辺の石に腰かけた。
「3年前の件……幸充に話したようだな」
「孫をつけるなんて良い趣味してるわね………」
そこにいたのはあたしの祖父にしてこの花染邸の主である花染國廣がいた。猛禽類のように鋭い瞳があたしを捉えている。
「どんな反応だった?」
「さぁ?あんた自身の目で確認してみなさいよ。老眼で見えないわけじゃないんでしょう」
会話を弾ませるつもりもない。そもそもこいつと必要最低限以上には喋りたくもない。
灯篭の光がゆらりと揺れて、厚い雲の間から月明かりが漏れ出てた。
「で、今回の件……お前はどう感じた?」
………………こいつは本当に…………………
「縁和とお姉ちゃんが思った以上に親密な仲になってしまってムカつく……それ以外は特に何も」
「お前の好きな、愛と欲がよくよく絡んだ事件があったと思うが……」
「んなもんなかったわよ……少なくともあたしの心揺れるようなものね」
嘘ではない、今回の件色々な思惑が、立場が、欲望が、絡み合った事件だった……だけど、やっぱりあたしの憧れる真実の愛は見当たらなかった。
「………そうか」
「で?何の用なの?」
「祖父が孫と話すのに理由が必要か?」
「………ないわね。
ただ、孫がお小遣いもくれないお爺ちゃんと話してあげる義理もないのよ。子供は無慈悲に残酷なんだからね」
そして私が帰路につこうとすると不意に悪寒がするような黒く冷たい気配が突き刺さった。思わずその方向に目を向ける。
「だが用はある……どうやら気づいたようだな」
夜の帳を取り去りながらあたしの目に一人の人間が映る………
「どうも、初めまして」
ゾクッ………
「貴方が花染夢邦だね」
こいつ……この顔………まさか…………
「僕の婚約者の」
婚約者………まさか………いや、そう言うことか………
「爺さん、あんた本当に倫理観ってもんが終わってるわね」
「お前に婚約者がいるというのは既に話していたが、顔をあわせるのは初めてだろう……礼ぐらいは持っておけ」
「ほざきなさい」
あたしは婚約者と言う男を睨みつけるように観察する……やはり間違いない………腹が立つほど似ている。
この爺さんの、あたしの祖父である花染國廣の子供の時の姿に。
「僕の名前は光圀、頑張って君に真実の愛をあげるから期待しといてくれ」
あたしはゆっくりと息を吸い込み……そしてしっかりと口を動かした。
「お断りよ」