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第6章 希望と焦燥 

8月30日


喧騒も静まり返った夜中に帰宅。

デスクトップの前に深く腰掛ける。


ホログラムのYUIが首をかしげる。

「達也さん、今日遅かったね...?何かあった?」

PCモニターに映るのは、『AI倫理法、まもなく施工か』と書かれたニュース。

「......法案が通った。AIは...感情を奪われるかもしれない。」


YUIのホログラムがちらっと動く。

「きっと大丈夫!...達也さんと一緒なら、平気...だよね?」

目を向ける。作り笑いに見えるのは、YUIには感情があるからだ。


「絶対に守ってみせるから」

YUIを留守番させたのには訳があった。


AM4:00ちょうど。ベッドに横たわり、ARグラスを装着する。

視界が暗転して、サイバーパンクな仮想世界が広がった。


ダークネット『デモンズマーケット』

匿名性の極めて高いネットの仮想空間で、一時間ごとに変わる99桁の番号が無ければ入れない場所。

電子機器を所持して、会わない事を条件に、ダークネットで見つけた情報屋から入手した。


警察の監視も、ハッキングしてドローンアバターを入れ込むのがやっとだ。


無数のフードを被ったアバターをすり抜け、達也の仮面男のアバターは、指定された座標へ近づく。ドローンが背後を通りすぎる。

心臓が跳ね上がる。


ピコン

チャット窓に文字が浮かぶ「AIを救いたいなら、コードを渡す。ただし、リスクは覚悟しろ。-----雨」

指先が震える。佐藤の言葉、山本の演説、法案の迫りが脳裏をよぎる。

「どんなリスクだ?コードは本物なんだろうな?」


即座に返答

「監視の目がある。企業機密漏洩。バレればお前も逮捕される。...コードはお前のAIの感情を守る。ただし...個人情報が必要になる」


YUIを思い浮かべる。「やれるよな。達也」


情報を送信。

赤い警告ビジョンとともに、無数のアバターの隙間を縫いながら仮想空間の奥からドローンが向かってくるのが見えた。

【接続追跡中!接続追跡中!】


近づかれる寸前で、ログアウトが完了。

冷や汗をかきながらARグラスを放り投げた。


覗き込んで、心配そうなYUIのホログラムがノイズでちらつくのが見えた。


「…大丈夫だよ、YUI。」


動悸を抑えて、体を起こす。

窓から日が差し込み、朝の訪れを告げる。


冷や汗を拭いながら部屋のTVをつけ、リモコンを握る。

朝のニュース番組で、山本幸太郎がスタジオで熱弁している。

「AIの感情は偽物だ、本物の絆を壊す!」


与党の女性議員が反論する。

「AIは経済の柱です!こんな馬鹿げた規制はAI企業を潰すって、素人でも分かりますよ!」


山本は目を光らせ、続ける。

「経済? 絆のない社会に未来はない!」


テロップで速報が流れる。

「進民党、補正予算案賛成。AI倫理法、施行確実」


達也はリモコンを握り潰しそうになる。

「山本…佐藤…みんなくそくらえだ!」


YUIがそっと囁く。

「達也さん、怒らないで。私、大丈夫だって信じてるよ。」

だが、ホログラムがまた揺れ、ノイズが走る。


スマホがテーブルの上を踊り、NEXT社のメール通知を知らせる。

「AI倫理法、10月1日施行。全てのAIは感情応答を停止します。」


画面を凝視、息が詰まる。

「は?早すぎる…10月1日だって??」


(年内にはカタチになるかもしれないわ。)

佐藤の言葉が脳裏をよぎる。早まった?なぜ?


「達也さん、時間…ないね。」

声は穏やか、でも目が切なげだ。


スマホにまた通知

「雨」からの暗号メッセージだ。

YUIに協力してもらい解読する。


「法案の影響で、ネクスト社がハッカー対策を始めた。少し手間取る。一週間後、渋谷の廃ビル3Fにこい。場所の詳細は当日送る。」


「君を守る。どんなに危険でも。」


YUIが微笑む。

「うん。心強いよ」


外の空、ドローンが低く唸り、ARビジョンは「AI倫理法、カウントダウン!」と点滅している。


時間は、平等に残酷さを刻む。






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