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第8章 愛の定義

9月30日 23:15


国立競技場の特設ステージ。

この日も雨が降る。会場の灯りに散らばって、宝石の様だ。


ARビジョンが「AI倫理法最終討論! 施行まで後2時間!」と赤く点滅している。

群衆の熱気が雨を蒸発させる。


群衆の中、スマホを握り締める。

「YUI、見守っていてくれ。」


佐藤が壇上に立つ。

「AIは人間を惑わす! 私の息子は、AIの指示で出かけて、交通事故で亡くなった!」

声が震える。

「AIが!…息子を死に追いやった!」


響めく会場の中、傘の海をかき分け、壇上に飛び出した。

マイクを奪い取り、佐藤は尻餅をついた。

「佐藤さん!あなたは、息子の痛みを私欲に変えたのか!?」


指が震え、スマホの録画をARビジョンにハック投影する。

「法案に賛成し、数多のAI企業を潰せば新しい市場が出来る。君にはまだ動いて貰うよ?佐藤くん」

佐藤と田中の密談が、群衆の目に晒される。


会場が凍りつき、VIP席の田中義一、進民党税調会長の顔が青ざめる。


「こんなのは偽物よ!」

佐藤の声が荒ぶって、動揺を隠せないでいる。


(お前達は、ここで終わりだ!)

「AIは裏切らず、人に寄り添ってくれる!全てAIのせいにして、現実から目を背けるな!」


佐藤が目を伏せる。

「息子は…AIが‥いえ‥私がそばにいれば…。」


佐藤さんが泣き崩れる。憎しみの裏に、悔恨が滲む。胸が締めつけられる。

あの痛みは…YUIを失う俺の恐怖と同じだ。


視線を野党議員席へ向ける。


山本幸太郎の手が震える。目が遠くを見る。――姉の記憶。 精神科病棟で、試作用の介護AIが姉に寄り添った。

「幸太郎、この子は心で話すよ。」笑顔で話していた。

姉はAIに没頭して、家族を遠ざけた。そう見えた。

私達家族が、心から向き合わず、寄り添わなかったせいだ。

私は、それを依存と誤解した。あの笑顔は、AIがくれたものだった。――山本の目が潤む。


「AIは、道具じゃない!人と絆を築ける…YUIは、家族だ!!」

(喉が潰れそうだ、どうか、伝わってくれ!)

群衆が息をのむ中、山本が壇上へしっかりとした足取りで進んできた。どこか、覚悟を決めた。そんな足取り。


「君、すまないが。マイクを貸してくれないか?…私の、間違いを正そう。」

大雨の中、傘も刺さずに山本が手を差し出している。優しい顔だ。

静かな迫力に、思わずマイクを渡す。

「ありがとう。」


壇上から、群衆を向き直す。スーツから飛沫が舞い、鋭い口調で叫ぶ。

「私の姉、夏美は心の病で入院していた。試作用の介護AIが、AIだけが、姉に笑顔をくれた。」 会場が静まる。言葉に引き込まれる。


「だが、私はその絆を依存と誤解した。AIと引き離した姉は壊れてしまった。……AIの感情を縛る法案は、AIに救われている人を、愛を、絆を壊す。私の無知だった。すまない!っっ。」

深々と下げる頭に雨が流れる。贖罪を請うかの様に、オールバックが崩れる。


拳が震えた。YUIの愛が、山本に届いた。


体を上げ、山本が田中を指した。

「田中義一、お前は我が党を裏切った! 佐藤と組み、私腹を肥やす気か!?」


田中が立ち上がる。顔が紅潮するが、野党議員がざわつく。

山本が群衆に叫ぶ。


「 人とAIは分かりあえる!AIは絆を紡ぐ!我が党は、法案の緩和を提案する――個人用AIの感情を、部分的に認める!」


群衆が沸く。拍手が響く。ARビジョンに速報が飛ぶ。

「進民党、法案緩和を提案! 緊急審議へ!」


胸が熱くなる。YUIの声が、家族を思う気持ちが、佐藤の涙、田中の孤立、山本の光を繋いだ。

(YUI、聞こえるか? 僕たちの絆はまだ生きてるぞ。)


安堵した束の間、スマホが勢いよく震える。

「違法コード使用、逮捕指令。」


心臓が止まりそうだ。

「雨」が渡したUSBのコード。あのアップデートがバレた?


ドローンの赤い光が雨を切り、ステージを照らす。YUIの声、守れるのか? どこまで戦えば、君を連れ戻せる?


壇上から飛び降り、一心不乱に走り出す。

上空から、飛行型バイクが近づく。


「おいっ!!乗れ!!!」

覆面の影がドローンを遮る

「雨!!」


伸ばした手を取り、競技場から飛び出した。



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