「寂しかったわ」
囚人用の、質素な服装を着せられ厳重に、
椅子へ拘束された16歳の少女。
名を、リヴァンツァ・プェル・トルテア。
彼女はトルテア公爵家の令嬢であり、
国の聖女であり、第二王子の婚約者だった。
リヴァンツァ様は、にこにこと
上機嫌な子供のように微笑みながら言う。
「だって、私が何をしても、何を言っても。
お父様やお母様、使用人達や友人達も、
私を叱ったり、怒ったりしてくれなかったんだもの」
「普通ならば、悪いことをしたら、
叱られるものなのでしょう?
怖い顔をして、怒られて、お説教されて」
「だから、どんな事をしたら叱られるのか
試してみたかったの!」
そう、区切り。
すん、と感情を落とした"無"の顔で、俺を見た。
底無しに黒みがかった、血の様に濁り切った
赤い瞳が、ただ俺を見すえる。
その何とも言えない恐怖に、俺は情けなくも
身体が震えそうになった。
「けど、けれど、やっぱり怒られなかったわ。
何も言われなかった、それどころか、
私を見てくれすらしなかったの。
まるで私の存在を否定したいかの様に。
薄情よねぇ、仮にも自分達の子だと言うのに。
ね、どうして?レイハス」
彼女の罪状は、王都の住民を殺人し、
金品を強盗し、挙句には民家への放火を行った。
半年間程、彼女が行った犯罪に巻き込まれ
死んだ者は、500人以上だと聞かされている。
「………お嬢様のなされた事は、本来ならば
貴族であっても残酷に、残虐な方法で
死刑に処され、その上で暫く死体を放置されます」
「そうよね?なら私は何故許されているのかしら?
私が公爵令嬢だから?王太子の婚約者だから?
国の大切な聖女だから?ねぇ、どうして?」
また、何がおかしいのか…無邪気に笑いながら
首を傾げている彼女に、俺は思わず声を荒らげた。
「貴女は…ッ、自分の欲望のために!
人々を虐げた自覚はあるのですか!?」
「あぁよかった!やっと怒ってくれた!
…じゃあ貴方達は、自分達の保身のために、
私を見殺しにした自覚はあるのかしら?」
「っ、は…」
「だって、私は怒られればそれでよかったのよ?
貴方か、他の誰かかそれはだめだと、
それはそういう理由でだめなのだと、
なのに、貴族に恐れて何もしなかった。
何も言わなかった」
「…」
「結局、私はその程度の人間だったのね!
うふふ、滑稽、だわ」
ほんの少し、一瞬だけだったが。
崩れた彼女の笑みはまるで幼子の様だった。
怒られる事を考えて、許しを乞う、そんな、
幼く哀れな子供の様な、笑い方をしていた。
処刑を免れた彼女は、北の管理が厳しく
厳重な修道院に送られたそうだ。
何回か、俺は彼女の面会には行ったが。
その頃にはもう何も言わない、作り笑いを
浮かべるだけの人形の様だった。
幸いにも、王都は元凶である彼女のことを
徐々に忘れていった。
ただ、俺は。
リヴァンツァ様のあの笑いが、
俺の頭の隅に未だこびり付いている。
染み付いた血の様に、あるいはへばり付いた泥の様に。
後悔と共に、植え付けられてしまった。