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【第三回 今日こそ(ry】

 バッドエンドをふたつ立て続けに体験した配信は、アーカイブに閲覧注意タグが付けられた。水に呑まれる映像は、十分に恐怖を煽るものであったからだ。水害の多いこの国で、あのエンディングはトラウマを思い出す引き金にもなる。

――そう考えると、ゲーム自体に注意書きがあってもおかしくないんだよなぁ。まぁあんな場所コンプ目的かぼくらのような隅々まで探るタイプじゃないと行かないかもしれないけど……。

 ぼんやりと考えながら、配信画面を待機から配信中へと切り替える。いつものようにタイトル画面とあにぃの全身が映る。


「はいどうもぉ、ぼくですよぉ。こないだのプレイはちょっとびっくりしたねぇ。あのあと気分悪くなった人大丈夫かなぁ? 無理しないでねぇ、ぼくの配信なんて義務で見るものじゃないんだから。リアタイだとどうしてもこういう予期せぬ演出とかが避けられないからねぇ……どうしよう、この先ダンジョン潜ったらトラップで大量の虫とか出て来たら」


 ―お勤めご苦労様です兄ぃ

 ―やめてよ縁起でもない

 ―あにぃ言霊って知ってる?

 ―前回の最後で気分悪くなった者です。ありがとうあにぃ。しんどくなったら配信消すから大丈夫だよ。あにぃの心遣いで癒される


 大量の虫を想像してしまった視聴者たちから、軽い非難のコメントが残される。しかしこの流れも予定調和なので長くは続かない。


「言霊ねぇ……じゃあみんながこれなら大量に現れてもいいってものを教えてくれるかなぁ。ぼくはねぇ、もこもこのひつじかなぁ。リアルじゃなくて、ゲーム表現の、外にいるのに汚れてなくて埋もれると幸せになれるやつ!」


 ―そりゃ現金でしょ

 ―リアルなら現金一択だけどゲーム内だとなんだろう

 ―現れてもいい程度って難しいな 現れて欲しいならいくらでも挙がるのに


「ごめんこれはぼくの質問が悪かったぼくも現金欲しい、5000兆円欲しい。それでこの部屋にVR連動送風機と調香ユニット買って草原で風を感じながらお昼寝したい」


 願望を書き連ねる視聴者に合わせ、あにぃも己の願望を早口で語る。

 VR連動送風機はその名の通り、ゲーム内の環境に合わせた風を送る機械だ。調香ユニットはそれに加え、様々な香りを送り出してくれる。勿論、お高い。お高い上に調香ユニットはその性質上アロマオイルなどを買い足すことも必須なので、継続で出費がある。だがコメントも欲しいという言葉が多い。そう、香りはロマンなのだ。

 いつものように子並コマンドを入力して、城の前に立つ。いつもと違うのは、外周を回らないこと。そう、あにぃは配信三回目にして初めて城の中に足を踏み入れたのだ。


 ―とうとう城内かあ

 ―前回ここにいる人たちみんな水に沈んだんだよな……


 感慨深いコメントを見ながら、城の中を一部屋ずつ回る――否、回ろうとして拒まれる。RPG等にありがちな、鍵のかかっていない部屋がない。唯一入れたのは下働きたち向けの食堂だが、特に何も起こらず――もちろん食事を摂ることもできず――ただ一周して出るあにぃにNPCたちからの胡乱な視線だけが向けられた。


「あれぇ……? 外だとあんなに自由なのに城内はセキュリティがっちがちだねぇ? まぁ王女の部屋にだって好き放題入れちゃう方が問題、なのかなぁ?」


 ―それはそう >王女の部屋に~

 ―それどころか宝箱だって漁り放題だぜ!

 ―ただの泥棒なんだよなあ


 皆それぞれ思い出のRPGを思い浮かべているだろうコメントを読み、あにぃも頷く。


「まぁ、この先信頼度が上がったりしたら入れる場所も増えるかもねぇ。じゃあ王様のところに行くよぉ」


 チュートリアルを進める。ただそれだけのことをしないまま、三回目の配信なのだ。早くダンジョンに入らなければ。

 それを行うために、謁見の場と呼ばれる部屋に向かい、王と会う。

 本来ならここで長々とストーリーモードの説明を聞くのだが。


「要約するとねぇ、新規ダンジョンの調査に向かったけど連絡が途絶えた第三王子率いる部隊をダンジョン探索を生業にしてる主人公に頼むよぉってことだねぇ。こういうゲームって捜す相手が王女さまなことが多いけど、エタダンは王子さまなのが新鮮だったなぁ」


 王が話しているのを無視しその背後に回り、コマンドを入力し肩を『殴る』。

 すると画面が暗転し、薄暗い場所へと放り出される。


「あ、このバグはそのままだったねぇ。それとも意図して残したのかなぁ?」


 コンシューマー版にもあったバグ。もっともそちらでの操作はそれなりに難しく、黒背景に白文字で王が語る言葉が表示されきるまでの間に、見えないプレイヤーを操り王の背後に回り、見えないメニューから、見えないコマンドを入力しなければいけなかったのだ。いずれ指が覚えるのでRTAプレイヤーにはそう難しい技ではなかったが、説明ブログなどでは使える秒数や移動歩数などが細かく記されていた。


「はい、ということでここはコンシューマー版と同じ位置ならダンジョンの地下2階です」


 マップ、と音声入力をすると、画面に地図が表示される。と言ってもその大部分は空白のままで、プレイヤーの現在地――中央やや左下寄りだ――を示す赤いピンと、その周囲の道のみが記入されている。

 続いてメニュー、と音声入力をすると、ゲーマーなら誰もが一度は見たことがあるようなメニュー画面が現れる。ステータス、アイテム、大事なもの、装備、地図、報告、と並んでいて、その最下段には今回の配信時間とそう変わらない時間が表示されている――プレイ時間だ。


「とりあえず報告と言う名のセーブをしちゃうねぇ。みんな、配信三回目にしてようやくセーブまでたどり着いたよぉ……!」


 エタダンにおけるセーブは、魔道具で城に現状を報告する、という形式で行われる。地図の作成ありがとうございます、という初老だと思われる男性の声が聞こえる。これがセーブ完了の合図だ。


「そういえば王様もちゃんと発声してたねぇ。スルーしないでちゃんと聞いてあげればよかったかなぁ? 今度聞く枠もしようねぇ」


 コンシューマー版からのアップグレードをにこにこと話しながら、あにぃは再びマップを開き方位を確認すると、右上……北西に歩き出す。すぐに交差点の角に行き当たるが、その角にあにぃは慎重に手を伸ばす。本人の手は空を切っているのに、VR装備が硬いものにぶつかる衝撃を伝える。


「うーん、この位置の壁抜けは対策されたねぇ。じゃあ大人しく正規の道を通ってこの裏側に行くよぉ」


 VR装備が生み出す感触を頼りに宙を壁に見立て、右手をついて北へ向かう道を歩く。迷路の基本と言われる法則だが、次の層に降りる階段は端にあるわけではないし、そもそもあにぃはストーリーモードのマップを全て記憶している。迷うことはないのだ。

 数メートル進んだところで、右手に感じていた感触が消え、あにぃの身体が僅かに傾く。


「おっとぉ。見つけたよぉ、隠し通路! これはコンシューマー版からの仕様だよぉ。この通路を通ると、さっき行けなかった壁抜けの先の空間に行けるんだぁ。壁抜けバグが使えたらここでタイム短縮ができたんだけどねぇ」


 壁に向かって歩くという、なかなか体験しない視点はしかし、カーテンでも通り抜けたかのように一瞬で通路に続く。数歩進み右に折れ、また左へ。やがて少し開けた空間へとたどり着く。その中央には、まるで罠のように置かれた宝箱。


「開ける? 無視する? ……なんてねぇ。コンシューマー版知ってる人は分かってるもんねぇ。これは大丈夫な宝箱だよぉ。オープン!」


 ギィ、という古い蝶番の軋むSEと共に宝箱の蓋が開く。派手な光や音の演出はない。

 中を覗くと、革袋がひとつ。その中には片手で握り込めるサイズの白い石と、30センチ弱四方の、例えるならば眼鏡拭きのような布。


「初見さんのために説明するねぇ。これは、武器の耐久度を回復させるアイテムだよぉ。……うんそう、耐久度がゼロになると壊れて使えなくなっちゃうんだぁ。でもってこの耐久度回復アイテムもなかなか入手できないから、使いどころが難しいんだぁ」


 革袋――があると見立てた空間――を両手で握り込み、収納、と音声入力をすると、画面の中の革袋が消える。続けてメニュー、アイテム、と連続で音声入力をして、アイテム一覧を呼び出す。そこにはきちんと、今入手したばかりのアイテムが手入れキットという名で収まっている。


「VR版はこの収納動作をしないとアイテム欄に入らないから、気を付けないとねぇ」


 ―2Dゲームならではの挙動だとVRじゃ違和感しかないもんな

 ―拾った側からアイテム消えてくのは恐怖なんよ

 ―無限収納空間欲しい


 コメントを黙読し頷いたあにぃはそのまま宝箱の後ろに回り、コマンドを入力し蓋を『殴る』。

 こん、という軽い、正直動作に似つかわしくない音が響き、空になった宝箱が飛び、消える。


「アイテムしまうのは動作必要なのに、宝箱は消えちゃうんだねぇ。壊れればいいのに」


 あにぃの苦笑と共に紡がれた言葉に、コメントは『草』で溢れる。リアリティがあるのかないのか、不思議な仕様だ。


 「まぁいっかぁ。はぁいみんな注目ぅ。この宝箱があった場所、なんと落とし穴です。今からここを通って地下4階までショートカットするよぉ」


 あにぃは慎重に位置を確かめると、よいしょ、という掛け声と共に穴に飛び込む……動作をする。床のユニットが動き、僅かに浮遊感に似た感覚を感じる。そして着地の強い、強い衝撃。鎧型のデバイスからも、ぎゅうと締め付けられるような衝撃が伝わる。


 そして表示される、ゲームオーバーの文字。プレイヤーのHPがゼロになったときの画面である。


 「えぇーーー!!? しまった、グリッチを利用された……落とし穴ワープは本物の落とし穴になっちゃった……」


 ―孔明の罠すぎる

 ―罠を覗くとき、罠もこちらを覗いているのだ……!

 ―なんか装備とかレベル整えたらワンチャンネコチャン耐えられたりしないかな


 衝撃の展開に一瞬止まったコメントが、ざわざわと動き出す。


「どうしようねぇ、びっくりしたけど楽しくなってきちゃったよぉ! よぉし、今度はまずマップを埋めてからセーブして、そこから探索しようか!」


 先日城の外ではしゃぎ倒したときとはまた違う、それでも心底楽しいことが伝わってくる声音であにぃは言うと、タイトル画面に戻り、今日まで表示されていなかったGame Loadを選択する。


「みんなぁ、マップ埋めて探索するの長くなるし地味だから、眠たい人はここで寝なねぇ? 明日アーカイブでおしまいの辺り見れば理解できると思うからさぁ」


 少し遅い配信時間なので、学生などは寝る時間になっている。あにぃの言葉に、おやすみ、のコメントが増える。


「寝るみんな、おやすみねぇ。まだまだ付き合ってくれるみんなぁ、行くよぉ!」

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