目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

【第二回】今日こそ城に入るぞ!

 初回配信から数日。

 入力した子並コマンドの効果がコンシューマー版と同じだったかを確認することもなく、ただただ城の外を移動しただけの配信だったが、何故かアーカイブの視聴数が伸びている。子並コマンド入力時の動きが短編動画として切り取られ投稿され多少伸びてもいるが、それ以上に、あにぃがただただはしゃぎ倒している切り抜きまとめが伸びた。動画サイトからSNSに転載されたものも拡散数が伸びている。

 どうしてこうなった。

 確かにあにぃは、VR操作時のコミカルにならざるを得ない動きが面白おかしく見えるだろう、と思ってフル装備の上姿出し配信を選んだ。けれど、自分が幼い子供のようにきゃっきゃっと浮かれている姿がこんなに注目されるとは思っていなかったのだ。

 ありがたいことに、あにぃのSNS閲覧範囲には好意的な言葉ばかりが並んでいる。


 『成人男性の楽しそうにしてる姿助かる』

 『あにぃさんってソフトレンチングリッチの人じゃん 懐かしい 見るか』

 『VRフル装備見るだけでも楽しいのにプレイヤーが本気で楽しんでるから倍楽しい』

 『今後も絶対脱線していくでしょ、でもってその脱線が面白いやつじゃん』


 …………ひとつめに関しては、少し方向性が違う気もするが、それはまあ置いておくとして。

 とにもかくにも、思っていたものとは違うものの、結局のところ、自分が楽しい――もちろん、独りよがりになっては駄目だが――配信をすればいいのだ。ならばこれからも、とことん楽しんで突き進めばいい。

 決意を新たにコンタクトレンズを装着したあにぃは、配信開始ボタンを押す。

 待機画面で踊る謎の草が消え、エタダンのスタート画面と、右側のワイプに割と整った容姿の青年が映る。


「はいどうもぉ、ぼくですよぉ。今日はちゃんと残業回避してきましたからねぇ、元気いっぱいですよぉ!」


 ワイプの中から手を振ると、視聴者たちからの挨拶コメントが流れる。


 ―あにぃおつおつー!

 ―お勤めご苦労様です兄ぃ

 ―初見

 ―私も初見 はしゃいでる切り抜きから


「わぁ、初見さんいらっしゃーい。嬉しいなぁ、もしよければ初見さんたち、どこきっかけか今の初見さんみたいにコメント残してくれたらさらに嬉しいなぁ」


 あにぃがにこにこと笑いながら両手を振ると、コメントの流れが加速する。

 大体のコメントは、エタダンVR配信第一回の切り抜き……主にはしゃぎ倒した方の動画をきっかけに挙げていて、多くない割合で子並コマンドの短編動画が挙がっている。そしてちらほらと、別タイトルのFPSやらRTA動画の名前が出てくる。初見詐欺だ。


「初見詐欺が出てきたからここまでにしようかねぇ。じゃあ改めて、エターナルダンジョンVR移植版を子並コマンド入力からやっていくよぉ。……そうだよぉ、こないだの配信ではセーブできるとこまで進まなかったから最初からだよぉ」


 下下上上右左右左AB、と両手を上下左右に振り、最後にぱんと手を叩き、ピロン、という軽快な音を鳴らす。一度見た動きだからだろうか、動きそのものに対するコメントはそう多くはない。


「でもこれ、ダンジョン内が主なエタダンでさえ環境構築VRでこんなに楽しいんだから、どこまでも続く草原があったり深い森があったり、広い湖があったりするようなオープンワールド型のゲームだったら本当にお散歩するだけでも楽しいだろうねぇ」


 スタート地点へと場面転換するが、城に入らずに城下町への門へ向かい、落ちているコインを拾う。第一回の配信で見つけた新規アイテムだ。これを側に立つ門番へと渡すと門番からの、ひいては城の兵からの心象が良くなるところまでは先日の配信にも残っている。

 そのままくるりと向きを変え、歩き出す。目的地は城の入り口の反対側。そこにレバーが配置されているのもやはり第一回で見つけていたが、そのときは敢えて触れていなかった。


「ねぇみんな、これこないだの配信のときに見つけたんだけどさぁ、動かしていいやつかなぁ? アンケート出すから答えてくれると嬉しいなぁ」


 すい、と手を動かしたあと、空中でVR空間上に出現させたキーボードを叩くと、視聴者の画面に四択のアンケートが出現する。


 【このレバー、どうする?】

 >1:押す

 >2:引く

 >3:まず周囲を探る

 >4:触らない


 アンケートというものは、行動選択を視聴者に委ねるように見えて、実際は配信者の思う通りの回答が出ることが多い。今回の場合だって、触らないという選択肢を用意はしているものの、前回のあにぃの行動を見ている視聴者はまず、この選択肢を選ばないだろう。そして、他のみっつの選択肢は、3番こそワンクッション挟むものの、結果としては全て触る、なのだ。

 そしてアンケートには、コメントを盛り上げる効果もある。実際の投票行動はこれと思う選択肢をクリックするだけなのだが、皆どの選択肢を選んだか、を、コメントするところまでをセットで行う。そのコメントは『草』と同じく文字をひとつ、もしくは数個連ねるだけで意思を表明できる。普段コメントしない層も気軽にコメントを打て、結果配信が盛り上がるのだ。


 ―1 まずこの手のは押すんだよ。押して駄目なら引いてみなってな!

 ―33333333

 ―やっべ間違えて4押しちゃった2を押すつもりだったのに手が滑った……


 …… …… …… …… ……

 少々の時間ののち、回答が表示される。


 >1:32.6%

 >2:43.2%

 >3:23.5%

 >4: 0.7%

 >選ばれたのは 【2】 でした !


「2、引く、だねぇ。よーし、いくよぉ!」


 空を掴み、手前に引く。当たり前だが、手ごたえはない。しかし画面上のレバーは滑らかに動き、数瞬ののち、地面――あにぃの配信部屋の床に敷き詰められたVR歩行ユニット――が僅かに振動を伝える。


「おぉ、当たりかねぇ?」


その振動は段々と強くなり、あにぃはとうとう立っていられなくなり膝をつく。

 遠くから……いや、足元から? ごうごうという水音が聞こえる。近くを流れていた川の水が干上がっている。これは、一体――


 【BAD END 2 大水に襲われた城下町】


 水に飲まれる城下町のイラストが表示され、その後暗転した画面に、白文字で表示される。

 バッドエンド。俗に言う、失敗。達成率を高めたりイラストを回収したいときは避けて通れない道だが、バッドの名の通り良き終わりにはならない。


「あ? え? わァ……」


 呆然と呟くあにぃと、にわかに騒ぎ始めるコメント欄。


 ―あにぃ泣いちゃった

 ―うっそだろこんな唐突な終わり方あるのかよ

 ―エンド2ってことはこれより前の分岐で1が発生するの!?


「うそぉ……終わっちゃったぁ……」


 いまだ平然とは言えないあにぃだが、その手は動いていて、表示はタイトル画面へと戻り、自然と子並コマンドを入力している。ピロン、という音であにぃがはっとした顔をする。


「……ねぇ、ぼくさぁ、今日こそ城に入ろうと思ってたんだけどさぁ、予定変更してバッドエンド1を探してもいいかなぁ……?」


 流れるコメント欄は、『草』と肯定意見が多い。


「みんなありがとうねぇ。ぼくねぇ、さっきまでねぇ、あの時点で城周囲を動き回れることが想定された挙動じゃないと思ってたんだぁ。でも正規エンドが表示されたってことは、あの挙動はメーカー側が“あえて”仕込んでるってわかったからねぇ、今まで以上にしっかり探索したいんだぁ」


 城の入り口から裏手に回りながら、あにぃは言う。

 そこは、先程引いたことによりバッドエンド2を迎えたレバー前。

 あにぃはレバー――という空間――に手を伸ばし、勢いよく、押した。

数瞬ののち、地面が揺れる。先程と同じ挙動。しかし、今度は振動が強くなる速度が速く、そしてその揺れ自体も大きい。早々に膝と、ついでに手もついたあにぃは周囲のVRモニターを食い入るように見つめる。

 ごうごうという、割れんばかりの水音。堅牢なはずの城壁の隙間から漏れ出る、水。水。水。

 呑まれる――――


  【BAD END 1 大水に襲われた城】

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?