「くそ、客来ないぞ!」
俺は、ダンジョンの一層目で嘆いていた。そもそも、ダンジョンの中で飯屋を開いたのが間違いだったのか?
「お父さん、いくら冒険者がいるからって、食堂に寄るとは限らないでしょ」
娘の茜からチクリと一言。
俺は、ダンジョンの中で飯屋を経営している。日本各地に出現したダンジョンの最奥には、宝が眠っていると噂されている。ならば、需要があるはずと店を構えたわけだが。残念ながら、赤字を垂れ流し続けている。
「これ、地上に戻った方がいいのかなぁ」
「当たり前でしょ! まったく、天国のお母さんも呆れているに違いないわ……」
そうは言っても、ダンジョン内に店を出すにあたって、色々な手続きをした。撤退するにしても、また面倒な書類と睨めっこだ。それは避けたい。
「うちの店、なんで客が来ないのか、不思議なんだが」
「そりゃ、冒険者もまだ少ないからね。ねえ、お父さん。提案なんだけど」
茜が、まかないを食べながら片手を挙げる。
「おい、行儀悪いぞ。で、提案って?」
「配信」
「はあ?」
「うちの宣伝のために配信サイトを使うの。広告でもいいけど、それだとアピールできる数に限りがある。配信サービスを使えば、日本中にうちの名前が広がるってこと」
「なるほど……」
理にかなっている。問題は、どうすればウケるかだ。単なる配信じゃ、宣伝にならない。
「よし、今夜考えてみるよ。茜は、ゆっくり休めよ」
「はーい。って、周りが暗いから、本当に夜なのか疑わしいけどね」
それだけ言うと、店の隣にある家に向かって行った。
バズるにはどうすればいいか。最近、食堂巡りのドラマやアニメがウケていると聞いたことがある。その路線はどうだ? いや、そもそも、うちにくる冒険者がいない。はい、没。
あの類は、おいしそうな料理屋を巡って、飯テロするのも一つの面白さで……。
「待てよ、うちも飯テロ配信すればいいんだ!」
時計を見ると、夜の十時。多くの人が、夜食を食べたくなる時間だ。今だ。今しかない。
自前のスマホに配信アプリをダウンロード。使い方は、よく分からん。配信名は……「ダンジョン食堂の飯テロ配信」とでもしとくか。
「よし、あとは料理を作り始めればOKだな」
「ん? なんだ、この配信」
「ダンジョン食堂ってなんだよ」
「ってか、野郎の顔がデカデカと映ってるだけなんだが……」
うわ、視聴者来たけど、コメントは好意的とは言えないな。って、しまった。スタートボタン押して満足してたわ。
慌ててスマホを天井にセッティングすると、いつも通り料理に取りかかる。
「えー、みなさん。今から飯テロをします。今日の料理はこちら」
手元にあるのは、鶏のささ身、きゅうり、そして青じそ。
「飯テロ配信なのに、貧弱すぎないかw」
「これ、和えて終わりじゃね?」
「あー、見る価値ないな」
確かに、今から作るのは和え物だ。だが、使うのは酢ではない。
「まあ、落ち着けって。何で和えるかというと……これだ!」
カウンターに瓶をドンと乗せる。
「こいつは、マンドラゴラから採った特殊エキスだ」
「は?」
「声聞くとヤバい奴のエキスとかワロタ」
「正気かよ」
「そういう反応が普通だわな。だが、これがうまいのよ、本当に」
コメント欄を見ながら、手際よく仕上げていく。十分ちょっとで、鶏ときゅうりの和え物の出来上がり。ただし、味付けは特別だ。
「じゃ、まかないをいただきますか」
「いただきます」と言うと、和え物に箸を伸ばす。
「お前ら、これうまいぞ。マンドラゴラのエキスによって、さっぱり感の中に少しの甘みが出ている。これを食えないとか、残念だなぁ」
「和え物で甘み?」
「少し気になるのが悔しい」
「っていうか、どうやって採取したんだ」
「ダンジョンで暮らしてるとな、モンスターの習性がよく分かるんだよ。マンドラゴラは、声さえ聞かなければいいんだ。引き抜かなきゃ問題ない」
「モンスターに詳しいなら冒険者になれ」
「え、殺さないのか?」
「まあ、確かにそうだな」
「おいおい、俺はモンスターを殺す気はないぞ。そんなことしたら、恨みを買って襲われるからな」
そんなふうにコメントに反応している時だった。
ガラッと音を立てて、引き戸が開く。
「お、客が来たぞ。いらっしゃい!」
声をかけたものの、客の姿が見えない。
少しして見えてきたのは、緑色の体。手には棍棒。
最初の客はゴブリンか。
「って、ゴブリン!?」
「ゴブリン来店w」
「まさかの展開」
「これ、店主死ぬんじゃね?」
今まで、モンスターと接触しないように行動してきた。だから、ゴブリンなんて初めて見た。
「オイ、飯ヨコセ」
ゴブリンは、カタコトの日本語で要求してくる。が、ゴブリンが何を食べるか分からない。
「少々お待ちを」
やべぇ、何食わせればいいんだ。今作れるのは……カレーくらいか。でも、こいつは刺激物だ。もし、口に合わなければ、間違いなく殴り殺される。カレーのルーと睨めっこする。
「おい、カレーだすのか?」
「ガンバ」
「腕の見せ所だな」
くそ、コメント欄は俺が飯食ってた時より盛り上がってやがる。こうなれば、一か八か、カレーで勝負!
数十分後。カレーが出来上がった。作ってる間、殺されなかったのは奇跡だな、マジで。
「お、お、お客さん、お待たせしました」
ゴブリンは、カレーを一瞥すると一気にかき込む。食べるのにかかった時間、わずか十秒。
「アマくてうまい」
は? 甘い? 人間とは味覚が違うのか?
「またクル」
ゴブリンは、一銭も払わず店を後にする。
「……まあ、殺されなかっただけましか」
「いやー、おもろかったわ」
「無銭飲食とか草」
「代わりに払ってやるわ」
チャリーン、という音と共に投げ銭が来る。投げ銭は止まらない。
「じゃ、明日もモンスターの相手よろ」
「これで、宣伝にはなったな」
「冒険者と時間分けて営業すれば?」
最後のコメントを見て決めた。冒険者はまだ少ない。ならば、モンスター相手にも商売してやるよ。代わりに投げ銭で稼ぐからな!