「はあ? 最初の客はゴブリン!?」
茜に朝食の席で昨日の話をしたら、当たり前の反応が返ってきた。
「そうなんだよ。それでな、配信見てた人から、投げ銭もらったんだよ」
「それ、マジ?」
疑う娘に昨日の配信で得た投げ銭を見せる。合計約三万円。
「へえ、変わった人もいるだ。で、モンスターも相手に商売するって正気?」
まるで、生前の妻を見ているような目つきで睨んでくる。やっぱり、親子なんだな。
「そう心配するな。無銭飲食問題は投げ銭で解決だ」
「問題は、モンスターに襲われないかでしょ!」
「そこは、大丈夫だ。ゴブリンはしゃべりもうまかったぞ。意思疎通はできる」
「じゃあ、ドラゴンが来たら?」
ドラゴンがうちに来る……? 確かにモンスターだが、それはないと信じたい。言葉話せると思えないわ。
「しょうがないなぁ。分かった、私は配信の管理をするわ」
「つまり、コメント監視とかカメラワークとか?」
茜はうなずく。「それなら、お父さんを盾にできるからね」とつけ足して。
おいおい、父親見捨てる気かよ。
「じゃあ、食器洗いしてくるね」
茜には、ああ言ったものの、どうやってモンスター相手に商売すればいいんだ? まあ、とりあえず冒険者とモンスターの時間割を出しとくか。表に出た時だった。
「あ、ここですか? 昨日、配信していた食堂は?」
それは、冒険者だった。風貌からして間違いない。顔には一筋の傷があり、銀色に輝く鎧を身につけている。
「そうですが。うちで朝食を?」
「ええ。まあ、早昼といった方が正確ですけどね」
冒険者は、「よっこらせ」と店内に入る。
「今すぐ出せる料理は何がある? 早めにダンジョンの奥に進みたくてね」
「今すぐ出せるのは……カレーですけど」
そう、昨日ゴブリン用に作ったカレーの残りがある。
「さすがに遠慮したいな。昨日の配信は見ていたからね。それ以外なら?」
「そうですね、豚肉炒めなら」
「じゃあ、それをもらおうか。それと、配信はしなくていいのか? 初めての客だが」
言われてみれば、今のままでは「モンスター専門食堂」になってしまう。冒険者向けだとアピールしなくてはならない。
「おーい、茜。配信頼むわ」
「はいはい。今行きますよ」
階段を降りてくると「あ、モンスターじゃない」と一言。
「よし、初めてのお客さんだから、気合い入れるわよ!」
茜は肩をブンブンと回してやる気十分だ。
慣れた手つきでスマホをいじると、数十秒後「はい、配信スタートしました」と事後報告。
いや、配信前に合図くれよ!
「元気な娘さんだね。さて、お嬢さん、コメントはどんな状況かな?」
「お、配信始まった」
「イケおじが初めての客か」
「初めてはゴブリンだろw」
茜が読み上げる。が、しばらくすると、勝手に俺のスマホを触りだす。
「面倒だから、コメントを音声化するわ。文字起こしすれば、十分でしょ」
なるほど、それならラジオ感覚で進められる。
「ほう、配信早々に視聴者が来るのはいいな。たぶん、何割かはモンスターじゃなくてガッカリしてるだろうが」
思わず苦笑いする。配信的には、そっちの方がウケるに違いない。命懸けになるけどな。
「それで、何を隠し味にするのかな?」
「そうですね。ユニコーンの角ではどうでしょうか?」
「ユニコーンの角!? ちょっと待った。あなたはモンスターと戦わないはずだ。どうやって……?」
「ああ、それですか。この前、ユニコーンがモンスターに襲われて角が欠けて。それを少し拾ったってことです」
冒険者は納得したらしく、「じゃあ、それで」と即答。
「ユニコーンの角ってマジ?」
「どんな味するのか気になるわ」
「珍味うらやま」
コメント欄も大盛り上がりだ。
これで、うちにくる冒険者も増えるはず。いや、増えないと困る。
「それで、どんな味なんだい? ユニコーンの角は」
「そうですね……。少し辛さがあります」
「面白いものが食べられそうだ」
茜が、「ユニコーンの角、映して!」と小声で指示してくる。
確かに、実物があった方が映えるに違いない。
カウンターの中にかがみ込んで、厳重に保管された角の一部を取り出す。
「へえ、これがユニコーンの角か。イメージ通り白いな」
「ええ。ただ、心配なのが……」
「何か問題でもあるのか?」
「いや、ユニコーンの角って生え変わるのかなって。あいつ、角折れかけですから」
「なるほど、面白い着眼点だ。鹿は生え変わるが、ユニコーンはどうだろうな……」
そんなふうに盛り上がっていると、別の入店者がやって来た。
「いらっしゃい!」
それは、青く、プヨプヨとしている。そう、スライムのように。
え、スライム!?
その後ろからは、昨日のゴブリンが入ってくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今は冒険者専用の時間なんだ!」
ここでトラブルが起きたらまずい。
「ほら、この時間割を見てくれ。夜の十時からがモンスターの部だ」
スライムはというと、プヨプヨしてるだけで理解していなさそうだ。少しいい匂いがするような。
「ゴブリン、意味分かるよな?」
頼む、通じてくれ!
「……ナルホド、今はダメか。なら、後でクル」
おお、さすがゴブリン。話が早い。
「大乱闘寸前だったな」
「歴戦の冒険者ならゴブリンは一撃だろ」
「ゴブリン、賢くてワロタ」
コメントは、大賑わいだ。まったく、モンスターが来た時に盛り上がるのは、どうなんだよ。
茜はというと、腰を抜かして口をパクパクしている。
まあ、そういう反応になるよな。うん。
「危うく店内が血まみれになるところだったな」
冒険者は「コメントの通り、一太刀で切り捨てられるからな」と余裕だ。
「さて、料理作りを再開してもらおうか」
その日、ゴブリンたちがやって来ることはなかった。