午前9時。人気のない鳴神洞窟の入り口に、不釣り合いなほど派手な装備を抱えた男が立っていた。
藤波大地、26歳。若手お笑い芸人だ。
彼の目の前には、地元ではちょっとしたパワースポットとしても知られる洞窟がある。しかし、大地の目的はパワースポット巡りでも、神秘体験でもない。なかなか芽の出ない彼は、生配信で注目を集めるため、初心者ダンジョンを巡っているのだ。そして何より、お金とバズりが欲しい。
「……よし、電波入るな。視聴者のみんな、おはよう! 今日は鳴神洞窟から、『初見ダンジョンお宝ザクザク!?』配信をお届けするぜ!」
大地はヘッドマウント式の頑丈なアクションカムを装着し、手元のスマホでライブ配信の状況を確認する。コメント欄には「また無謀なことやってんなw」「どうせすぐ逃げ出すんだろ?」といった煽りが流れるが、大地はニヤリと笑った。
「それは始じめてみねぇとわからねぇよな。今日も最後まで見届けろよ?」
高画質カメラと衛星通信対応のモバイルルーター。総額100万円以上を投じた高級機材が、大地の自信の源だ。巷では「比較的安全な地下洞窟」と評価され、色とりどりの鉱石や、発光する珍しい苔が採取できる場所として人気がある。これなら初心者である自分でも楽に稼げると踏んだのだ。
「そんじゃあまぁ、軽くいってきまーす!」
軽薄な声とともに、大地は洞窟の奥へと足を踏み入れた。
洞窟内部は、ひんやりとした空気が肌を包み、独特の土と水の匂いがする。足元は想像以上にぬかるんでおり、大地は滑らないよう慎重に進む。ダンジョンとしては初心者向けとされていたが、自然のまま整備されていない洞窟は、一般的な感覚からすれば上級者向けと言えるだろう。
「うわっ、コウモリ!? マジかよ!?」
頭上を飛び交う影に、思わず顔が引きつる。「聞いてねぇよ、こんなデカいコウモリいんのかよ!」コウモリの大きさに純粋に驚き、ビビる大地。
「この種類のコウモリとか血を吸ってくんのかな? 有識者〜〜」
大地のガチビビリにコメント欄が湧。「コウモリぐらいでビビってちゃあ先が思いやられるな」「血は吸いません。驚いて攻撃をすることがあります。静かに」「コウモリは病気もってるぞ。気をつけろよ」「まじでビビリ」「コウモリ結構なつくよな」と、コメントが流れる。
「有難う。静かにだな?」
大地は小声にしながら先へと進む。
「ひゃっ!」
今度は天井から落ちてくる冷たい水滴が首筋に当たり、情けない声が漏れた。コメント欄は「へっぴり腰w」「ビビりすぎだろw」と大いに盛り上がっている。
「この光る苔は珍味らしいな。取っていこう」
光る苔を見つけて採取する。コメント欄は「うわ、大地運が良いな」「それ、いくらでも生えてくるけど、見つけた人が直ぐに取っちゃうから私、見れたこと無いよ〜」「後で食レポ頼むぜ」と反応する。どうやら自分はツイているみたいだ。「流石俺だぜ」
「赤い鉱石もみっけ! これは何に使えんだ?」
「火を起こせるよ」「便利だから取っておきなよ」「それで火をおこして苔を炙って食べろってことだな」「ワクワク」
「んー、じゃあ持ってくか」
コメント欄に言われるがまま、赤い鉱石を採取する。結構、企画通りに進んでいる気がする。お宝ザクザクだ。コメント欄の反応も悪くない。今日の配信は成功だろう。撮れ高もバッチリだ。
「ん? なんだこの隙間?」
この洞窟は初心者でも人気の、迷うことのない一本道の筈だったが、細い割れ目のようなものを見つけた。人が一人やっと通れるか通れないかの隙間だ。中を覗いてみる。
「行けそうな気がする」
大地のこういう感は外れない。行けない場所は絶対行けないと感じるし、ギリギリ行けそうなら行けそうと感じる。以前、それで「ここの隙間は絶対無理!」と言って、コメント欄に「行けよ!」コールされたがスルーしたことがあった。その時、一時的に閲覧数が下がったが、その後、その隙間に挟まって命を落とした人が出たとニュースになった時は、例の動画が人気になってバズった。それからは、大地が「無理行けない!」といえば、察している視聴者は「絶対行くな!」コールをしてくれる。
「えー何そこ? 気になる」「大地が行けそうなら行けんだろ」「行け行け!」「マジでそんな隙間あったか?」「俺、今月行ったけど気づかんかったな」「地図にも乗ってないね」「ちょっと怖いな」「危険じゃない?」「大地が行けるって言ったら行けんの」
コメント欄も大盛況だ。同接も増えている。行かない手はない。
「よっしゃ! 行ってみっか!」
「うおー! 流石俺達の大地」「彼はやってくれると思っていました」「気をつけてね」「無理するなよ!」「俺達が見てるぜ!」
盛り上がるコメント欄。投げ銭も結構飛んできている。
「皆、有難う。いっきまーす!」
狭い隙間に挑戦する大地は、やはり悪戦苦闘する。リュックが壁に擦れ、機材が破損しないかヒヤヒヤしながら進む。コメント欄からは「がんばれー!」「根性見せろ!」といった声援が飛ぶが、大地は早くも後悔し始めていた。
「ヤバいって、これ。俺が想像してたのより全然キツい」
辛くも隙間を抜けると、急に視界が開けた。大地は思わず息をむ。そこは、これまでの自然な洞窟とは明らかに異なる、不自然なほどに広い空間だった。
「な、なんだここ……!? 広っ!」
彼の驚きはすぐに恐怖へと変わる。突如、洞窟の奥から奇妙な唸り声が響き渡ったのだ。そして、光の届かない闇の中から、大地がこれまで図鑑で見たこともないような、異形のモンスターが姿を現した。
「は!? 何あれ!? 聞い、聞いてないよこんなの! おい、誰か詳しい奴いないのか!? こいつ何!? 有識者〜〜」
パニックに陥り、配信画面越しに助けを求める大地。
「何ここ」「えっ? ガチ?」「救助組織呼ぶ?」「戻れ戻れ」「大地!?」「こんなの俺も知らん」「ヤラセじゃなくて?」「大地がヤラセするわけねぇだろ」
コメント欄もパニックだ。
モンスターの攻撃を辛うじてかわした大地の背後から、冷静な声が響いた。
「興味深い……。この鳴き声、体表の質感、既知の生物とは異なる種の可能性が高いですね」
振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
「はっ? 誰??」
「おい、鷹峰恭平じゃないか?」「その分野では有名人」「サインサイン」「いや、逃げろって危ねえ」「急なイケメン登場にビビる」「鷹峰が居るから大丈夫なんじゃね?」
既に大地はコメント欄を追えていない。
「えっと、この人は鷹峰恭平さん? 有名人なんだ?」
なんとか重要な部分を拾う。
「如何にも。私は鷹峰恭平。研究者です。君は?」
冷静な恭平は、大地に笑顔で握手を求める。
「いやいや、逃げましょう。またアイツ襲ってくる!」
「ふむ、シー」
「シー? 静かにしろってこと?」
「あ、いえ、どうも鳴き声が古代語に似ていましたので、『止まれ』と言ってみました。止まりましたね」
「えっと、どういうことですか?」
「これは、もしかして古代人の遺跡かもしれません。この未知の生物も古代兵器なのでは?」
「古代兵器?」
「ふむふむ、興味深いですな。そして君の名前は教えてもらえないんですかね?」
「大地です。藤波大地」
「大地くんですか。旅は道連れと言いますし、一緒にどうですか? 古代遺跡探索」
「もう、俺の撮れ高はバッチリなんすけどね……」
目を輝かせて古代兵器を観察する恭平。邪魔じゃないだろうかと思うが、恭平は一緒に行こうと言うし、コメント欄は「神回キターー」「めっちゃワクワクすっぞ!」「とにかく先生が美人過ぎて眼福」「まさかここで戻るとか言わんよな?」「行け行けーー!」「古代遺跡探索ロマンが溢れますねぇ」と祭り騒ぎだ。後に引けそうにもない。
「先に進んでみましょう、大地くん」
「ええ、もう、行きますよ。バッテリーもってくれよ?」
一応ソーラーパネルつきだけど、太陽光があるとは思えない深くまで来てしまった。大地はコメント欄に押されるがまま、恭平に着いていくことにするのだった。