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第2話 古代の囁きと深層への誘い


「おいおいマジかよ……マジかよこれ……」


 藤波大地は、ヘッドマウントカメラ越しに映る光景に、思わず呆然とつぶやいた。狭い通路を抜けた先に広がっていたのは、ただの広い空間ではなかった。彼のライトが照らす先には、これまで見てきた自然な洞窟とはかけ離れた、人工的な石壁と、規則的に並んだ巨大な柱がぼんやりと浮かび上がっていたのだ。壁面には、奇妙な模様や、まるで象形文字のようなものがびっしりと刻まれている。


「すげえ……これが、古代遺跡ってやつか?」


 コメント欄は「うおおお!」「ロマンじゃん!」「鳥肌立った」「マジで歴史に残る配信になるぞ」「教授、解説はよ!」と、興奮と期待の渦に飲み込まれていた。投げ銭もこれまでにない勢いで飛び交い、大地の頭の中では早くも万札が乱舞する幻が見える。

 一方で、隣に立つ鷹峰恭平は、大地とは全く異なる種類の興奮を露わにしていた。彼の目は、レーザー距離計やポータブル分析装置を手に、きらきらと輝いている。


「やはり、私の仮説は正しかった! この石材の加工痕……そしてこの配置は、自然ではありえない。間違いなく、知的な生命体による建造物ですよ!」


 恭平は、壁に刻まれた文字に指を這わせ、データパッドに何かを打ち込み始めた。その顔は、まるで宝物を見つけた子供のように無邪気で、先ほどまで彼らを襲っていた異形のモンスターなど、もう彼の興味の範疇にないかのようだった。


「大地くん、見てください! この模様は、私が研究している**失われた古代文明『アークトス』**の紋様と酷似している! もしこれが本当にアークトスの遺跡だとしたら、これは世紀の大発見ですよ!」


 恭平の熱弁に、大地は半ば呆れつつも、その只ならぬ雰囲気に気圧されていた。彼の言う「アークトス」が何なのかも、世紀の大発見とやらがどれほど凄いのかも、大地には全くピンとこない。だが、恭平の情熱が本物であることは、その震える声と輝く瞳が雄弁に物語っていた。


「……先生、その『アークトス』ってのがすげーってのは分かったんすけど、とりあえず、あのモンスターは大丈夫なんすか?」


 大地が恐る恐る尋ねるが、恭平は既に遺跡の奥へと視線を向けていた。


「ああ、あれは先ほど私が発した古代語で、一時的に活動を停止させています。ですが、いつまで持つかは分かりませんね。急ぎましょう。この先に、さらなる『真実』が眠っているはずです!」


 恭平は、まるで磁石に引き寄せられるように、遺跡の奥へと歩き出す。その足取りは軽く、危険を顧みない。視聴者のコメントは相変わらず「行け行け!」「教授についていけ!」と大地を煽り立てている。


「あーもう! 行きゃあいいんだろ、行けば!」


 大地は内心で悪態をつきながら、再び一攫千金とバズりの夢を頭の中でちらつかせ、恭平の後を追った。ヘッドマウントカメラは、広大な古代遺跡の入り口を鮮明に捉え続けている。彼らの足元から、未知なる文明の香りが、確かに漂っていた。




 いくつかの部屋を通り過ぎると、恭平が突然立ち止まった。


「部屋がいくつもありますね」

「ふむ。これは、もしかしたら、ヒッ! ヒヒッ」 


 恭平の奇妙な笑い声に、大地は思わず身構える。「どうしたんですか!?」その瞬間、足元から部屋全体を照らすように、パッと灯りが点いた。


「って、うお、明るくなった!」

「やはり、この円盤はブレイカーです。ブレイカーを入れ、『灯せ』と命令しました」

「すごいですね」


 足元に埋め込まれた灯籠に一斉に火がつき、周りは一気に明るくなった。壁の模様や柱の細部までが鮮明に見え、古代文明の息吹が肌で感じられるようだ。


「赤鉱石を使っていますね。赤鉱石は半永久的に燃えることができるので」

「ほへー、知らなかった」


 コメント欄には「お前、さっき拾っただろ」「大地には宝の持ち腐れである」「売ったら結構な値段になるのにね」「まぁ、実際誤発火多いからけっこう危ないけどね」と、嘲笑と情報が入り混じる。


「えー、知らねぇ。怖い! 置いてこうかな」


 コメント欄で危険性を教えてもらい、大地は慌てて赤い鉱石を鞄から出す。誤発火が多いとか、先に教えてほしかった。


「おや、良いものをお持ちですね」

「じゃあ、あげる」

「良いんですか?」

「むしろ、貰って欲しい」


 恭平は大地から赤鉱石を受け取ると、慣れた手つきで誤発火防止の袋にしまった。

「流石先生は手際良いね」「誤発火防止袋は常識でしょ」とコメント欄に笑われ、大地は顔から火が出る思いだった。




「見てください、大地くん。水路が通ってますよ。古代からこんな立派な水路が。素晴らしいですね」


 恭平は足元を流れる澄んだ水に目を奪われている。


「美味しそうッスね。飲めるんですか?」

「水質調査をします。おお! 飲めますよ」


 恭平は水を採取してから、手ですくって口に運んだ。その表情は至福に満ちている。


「これはもう、最高の水です」

「最高の水ってなんですか?」


 大地は苦笑しつつ、半信半疑で水を口に運んだ。次の瞬間、彼の顔色が変わる。


「えっ、ヤバい。マジで最高の水なんだが」


 コメント欄には「えーそんな美味しいの水?」「飲みてぇ!」「古代の水ってこと?」「流れてるから普通に俺達の飲んでる水と変わらんだろう」「疲れてるから美味しく感じるだけ」「雰囲気だろ」「大袈裟w」と、疑惑と興味の声が入り混じる。


「いや、本当に一味違うんだって。何だろうな? 幸せな気持になるっていうか」


「ヤバい」「ヤバい薬入ってる?」「通報案件じゃん」「おまわりさーんここです」


「そうじゃなくて!」


 盛り上がるコメント欄に、大地は苦笑するばかりだ。水の美味しさを伝えるのは本当に難しい。




「大地さん! こっちは台所みたいです」 


 ウキウキした様子の恭平が、どんどん先へと進んでいく。大地は「はいはい、今行きますよ!」と叫びながら追いかけるので忙しい。


「古代の皿です。これは落としても割れない素材ですね。珍しい。柔らかいですが、何の素材でしょうか」

「このお鍋は何故穴が?」

「これは何に使う器具でしょうか?」

「竈はあまり変わりがないようです」

「この草はなんでしょうか?」


 恭平は台所をあれこれ見て回る。大地は「そうスッね」「穴空いただけじゃないッスか?」「お玉ッスか?」「大きい竈ッスね」「ただの雑草じゃないッスかね」と、適当に返す。専門家が分からないものは自分も分からない。とりあえず今は休憩だ。恭平が動き回ってくれるのと、彼が楽しそうに話してくれているおかげでコメント欄は止まらないし、割と助かる。


「先生楽しそう」「おい大地サボるな」「ここでどんな料理を作ってたんだろうね」「何か解説求む」「先生雑学教えて〜」


「鷹峰先生、雑学ちょうだい」 


 大地からのリクエストに、恭平はすらすらと答える。


「そうですね。ここは、おそらくアークトスの古代遺跡です。アークトスとは、一夜にして消え去った古代都市ですね。原因は不明です。今まで所在不明でした。私もここがアークトスだとは思いませんでした。ただ一昨日、この辺りで小規模の地震がありましてね、そこで洞窟に隙間ができまして、調査に入ったわけですよ」

「ここに空間があるって知らなかったの?」

「いえ、知っていましたが、自然の洞窟を掘ってはいけないんですよ。自然保護と安全の観点ですね。ですから、皆さんも注意してください。うっかりすると生き埋めですよ」

「だって、皆、駄目だよ絶対!」 


「知ってた」「常識」「はーい!」「駄目、絶対!」「そこは安全なの?」


「先生、ここは安全なの?」

「いえ、安全かどうかは定かではありませんね。早めに出た方が賢明でしょう。しかし、偶然できた隙間から入れるわけでして、なかなか出たくない気持ちです。私としては、ここに住んでも良いと思う程には」

「先生、早く帰りましょう!」


 ゾッとして、恭平の手を引く大地。その目つきは、かなり本気だった。

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