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第7話 彼はまだ気づかない

 道生と悠臣の出会いは中学生二年の頃。同じクラスになったのがきっかけでだった。

 悠臣は当時から美形で有名だったがその頃は背丈も低く体つきも華奢で今よりも内気な少年だった。

 そして何よりも当時絶大な人気を誇っていた女性アイドルに顔が瓜二つだったのだ。

 道生がその頃の彼がことあるごとに女装してくれとからかわれていたことを覚えている。

 それでも悠臣が笑いながら断り同級生たちもあっさり納得していた為、道生が何かすることはなかった。

 友達同士のじゃれあいだと判断したのである。そしてその頃の二人はただのクラスメイトでしかなかった。


 関係が変わったのは悠仁がとある運動部に入部してからだ。

 体を鍛えたい、男らしくなりたい。

 そういう動機であえて運動量も多く上下関係が特に厳しい部に入ったのだと彼が友達に話しているのをある日の放課後道生は聞いた。

 しかしその時点では道生が何か思うことはなかった。

 悠臣と彼は教室が同じだけの関係。たまに挨拶をする程度の間柄だったのだ。


 それから数日経過した夕方、当時帰宅部だった道生は図書室で男の娘文庫の読破に熱中し普段よりも遅く校舎を出た。

 その帰り道、グラウンドの隅でミニスカートのチアガール衣装を着て応援ダンスをさせられている悠臣の姿を見たのだ。

 まるでタチの悪いアイドル客のように上級生たちが彼の周囲に座り込み下品な野次を投げていた。


 女性アイドルにそっくりだった悠臣にへそ出しチアガール衣装はとてもよく似合っていた。

 けれど引きつり笑いを浮かべてぎこちなく踊る、その瞳は屈辱と悲しみで濡れていた。


 それを確認した瞬間、御宅道夫は己が定めた「強制女装禁止法」に基づき上級生たちに私刑を執行したのである。

 これは「グラウンドが赤いのは夕日のせいです」事件として十数年学校内で語り継がれることになる。

 道生の制裁行為は上級生たちの行為が悪質だった為三日間の自宅謹慎で済んだ。


 その時に毎日自宅までプリントを届けてくれ、授業内容のノートを写させてくれたのが悠臣と距離が縮まった理由だ。

 あの人気女性アイドルが悠臣の実姉だと知らされた時は普段動じない道生も驚きを隠せなかった。

 姉弟なのだ。似ているのも納得である。


 中学三年を境に急に背丈が伸び体つきもしっかりしてきた悠臣に女装を勧める者はいつしかいなくなっていた。

 少女のような美少年から高身長の美青年にタイプ違いの変化をした彼だが女性には一貫して人気がある。

 しかしそのせいで同性に嫉妬されたり遊び人だと誤解されるという悩みはよく聞かされていた。

 中学時代によく話していた男子たちのことを聞けば、全部「姉目当て」だと切って捨てられた。


 どうやら彼がアイドルの弟だという話は校内でそれなりに知られていたらしい。

 男の娘にしか興味のなかった道生がスルーしていただけで。

 アイドルである姉のイメージダウンを恐れ、女顔をからかわれても笑って振舞っていたに過ぎないと辛そうに打ち明けられた時道生は彼に深く同情した。


「もし似た事があったら拙者に言ってくだされ。女装を強いる者は男の娘を愛する拙者にとって倒すべき存在でござる」

「有難う、悠臣は姉さんにも女の子にも興味が無いから一緒にいて楽だよ」


 寂しそうな悠臣の台詞を道生はずっと覚えていた。そして数年後その条件に合致しそうな人物が見つかった。そう、月人だ。

 彼もその複雑な人生から女性に興味を持っていない。寧ろ内心嫌っている節さえある。

 月人が望むのは同性の友人。悠臣が求めるのは己に嫉妬せず、姉目当てで親しくなろうとしない人物。

 これはいける。そう思ったのだが。


「俺は道生の好きな男の娘になろうと思えばなれるよ?あいつ外見より内面と仕草を重視するタイプだし」

「そんなこと言われなくても知ってるけど?でも外見だって同じぐらい大切だと思うんだよね」

「それはそうだけど俺は仕事柄肉体改造も慣れてるし。俳優の仕事が増え始めてから演技のトレーニングも受け始めたし」

「へぇ、おめでとう。そのまま成功して女優やグラビアモデル辺りと付き合って結婚しなよ。道生はボクに任せて」

「可愛い子ちゃんこそアイドルデビューしなよ、きっと道生と遊ぶ暇なんて無いぐらい人気者になれるよ」

「しないよ、ボクが欲しいのは大勢からの好意じゃないし。それに愛されるより愛したいんだよね」

「それは俺もそう。まあ俺は愛し愛される関係になるつもりだけど」

「絶対させない」


 うん。拙者の考え通り二人の相性は良さそうでござる。

 道生はそう思いながらテーブルを挟んで語りあう友人たちを眺めていた。

 二人を会わせてから一週間後、本日も同じメンツでチェリープリンセスの密談席に居る。

 挨拶も早々に悠臣と月人は一時間ほど高速餅つきのような会話の応酬を続けていた。

 早口過ぎて上手く聞き取れないがどちらも笑顔を浮かべているからきっと楽しんでいるのだろう。


 これはあれだ。喧嘩友達って奴でござるな。

 今は共通の話題が拙者しかないから拙者の取り合いのようになっているようだが。そう道生は結論付けた。

 この場に自分が居なくても会話は成立するかもしれない。悪戯心がわいてそっと席を立つ。

 それを止めたのはいつのまにか背後に立っていたチーフメイドのサクラだった。


「こらっ、お姫さまが逃げちゃ駄目ですよ」


 顔も、こちらの鼻に人差し指で軽く触れる仕草も大変可愛らしいが謎の迫力がある。

 道生は大人しく席に座り直した。


「道生くんが二人を連れてきたのだから、責任持って見守ってあげてくださいねぇ」

「でもサクラちゃん……拙者二人にずっと放置プレイされて……ちょっと、寂しかったり?」

「あらあらあらあら」


 聞きました二人とも。そう口元を上品に隠してサクラが道生とは別の方向に話しかける。

 そこには先程までの怒涛の会話を止めて驚いた顔をしている月人と悠仁がいた。


「えっ、あの道生が拗ねてる……? ……何この気持ち……ボク、すっごくゾクゾクしてる……」

「焼き餅焼いてる道生なんて初めて見た……へえ、三人編成ならこういうことがあるのか……そっか」


 低い声で囁くように言いながら二人は崇拝と親愛の対象であるオタク青年を見つめる。

 タイプの違う美しい顔、その瞳にはどちらも獲物を狙う肉食獣のような熱が宿っていた。


「……こいつのことは気に入らないけど」

「偶になら三人で遊ぶのもいいかもね」


 謎の会話の後二人は見つめ合い頷き、そして握手を交わした。

 そして道生はその後二人がかりで街中を連れ回されたのだった。



■■■




「うっ、頭が痛い……二日酔いでござるな」


 気が付けばやたらムーディーでお洒落な調度品が並ぶ部屋で道生は寝ていた。

 悠臣が一人暮らししているマンションの寝室だ。その証拠に道生があげた男の娘天使つばさちゃんのポスターが貼ってある。

 息を吐くと予想通り酒臭い。歯磨きをしたいと思った。


 メイド喫茶から出た後、途中悠臣が買ってくれた服に着替えて三人で歩いていたら女性たちからナンパされたのは記憶に残っている。

 それを二人が笑顔で断っていた。恐らく壺とか絵画を買わせる目的で声をかけてきたのだろう。

 けれど次から次へと勧誘の為に声をかけてくる女性が現れて悠臣のマンションで遊ぼうということになったのだ。


「そのまま月人も拙者も泊まってしまったということか」


 そう小声で呟く。道生たちは現在悠臣のベッドで川の字になって寝ていた。しかも再度からぎゅっと圧縮された感じに。

 簡単に言えば月人が道生に前から抱き着き、悠臣は道生を背後から抱えるようにして寝ている。


「この二人の間に挟まる権利をオークションで売ったら、億の値段がつくかもしれないでござるな……」


 寝相が悪い悠臣のベッドはキングサイズだ。だからこそ全員で眠ることが出来たのだろう。

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられているのは男三人では流石に狭かったからか。

 そのせいで寝返りを打てなかったせいか寝て起きた直後なのに奇妙な怠さを感じた。


「三人で遊ぶのは楽しいが、二人の時の倍体力を使うでござるな……」 


 体のあちこちが妙に痛むでござる。

 そう年寄り臭いことを呟きながら道生は枕元のスマホを見つけ日課であるソシャゲのログインを始めた。


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