目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
月明かりの下で血が爆ぜる
月明かりの下で血が爆ぜる
坂餅
文芸・その他ショートショート
2025年06月21日
公開日
1,629字
完結済
恐怖に染められてしまったわたしを凍りつかせるぐらい綺麗な人だった

月明かりの下で血が爆ぜる

 青白く、月から届く光が、人間のものとは思えない白い肌に落ちる。


 冷たくて、清らかで、繊細な月光。


 見上げた私の蒼い瞳に月が重なる。月と同化した私の瞳は、そこに無い景色を見せてくれる。


 目の前に広がるのは、暖色の光に照らされるホール。そこでは人々が談笑し、美味しい食べ物に舌鼓を打つ。私が昔、憧れた光景。そして今はもう、無くなってしまった光景。


 瞬きをすると、塗り替えられていた世界が元に戻る。


 あるのは血の臭いが鼻を衝く、どこもかしこも血が飛び散り、生温い空気が漂うホールだ。


 視線を下げると、首元を噛み千切られた女と目が合った。


 恐れと絶望の目。見ているだけでも身体の内から高揚してしまう。


 ふと血の味がして、それが無意識のうちに舌なめずりしたのだと気づく。


 口元に触れると、硬い物に指が当たる。滑らかで、先になるほど細い。


 指を見ると血がついていた。


 血のついた指を月にかざす。


 ……綺麗。


 ガタリと音が聞えた。


 誰だろう。まだ、誰かいたの?


 このホールの出入り口の大きな扉の前、瓦礫に引っかかって音を立ててしまったのだと、一目見て解った。


 小さな女の子、怯えた目で、身体を震えさせて私を見ているその子。


 ……美味しそう。


 舌に血の味を乗せて、落ち着いて、近づく。


 秒針を刻むように足音を立て、恐怖を植えつける。


 逃げられる心配はない。もうこの子は、自分が逃げられないことを解っているはずだから。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?