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月明かりの下で血が爆ぜる

 近づくと、怯えた表情のままその子は凍りついたかのように動かなくなる。


 歳は十歳前後、まだ始まったばかりの人生なのに、もうその人生が終わってしまう。その恐怖が血を美味しいものに変える。


 茶色く絹のように滑らかな髪をかき上げ、あらわになった小さな耳に舌を這わせる。


 ピクリと、息を吞む音が聞こえる。そしてそのまま、歯を立てる。


 耳を伝う温かい血を舐め、吸い付く。


 ……不味い。


 おかしい、あれ程恐怖を感じていたら、血は美味しくなるはずなのに、この子の血は、途轍もなく不味い。


 一度離れて顔を覗き込むと、その幼い顔は紅潮していて、恐怖や絶望とは正反対の表情だった。


 ああ、この子もそうか。たまにいる、なぜかこうして、喰われることに喜びを感じてしまう人間が。


 そうなってしまえば、もう美味しい血は飲めない。でも放っておいても面倒なだけ、だから無意味に命を奪うことしかしない。


 血飛沫を立てて崩れるこの子から抜き出した心臓を、月にかざす。今さっきまで動いていたそれはもう動かず、強引に動かそうと握ると血が爆ぜた。


 新しい血が周囲を染め上げる。でもそれは不味くて、でも見た目は綺麗で、この欲求には抗えず、赤く染まった手を舐める。


「不味い」

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