今日も残業で腹が減っている。電車で目を瞑り、揺られながらよく頑張った自分へと褒める言葉を羅列していた。
今日もよくやったよ。あんなスケジュールがクソなんだから、僕はしっかりやってる。僕が悪いわけじゃないよ。無理難題を押し付けてくる奴が悪いんだ。こんな世界滅んでしまえばいいのに。
呪詛を並べていたのだが。電車が地下から地上へと浮上し、急に周りが騒がしくなった。
「あれはなんだ?」
「なんか光が落ちてきてる?」
「しかも、一つじゃない!」
口々に何かを話している。何のことだろうと振り返った瞬間だった。轟音が響き渡り、辺りは光に包まれた。意味の分からないほどの衝撃に襲われて体が浮き上がる。
浮遊感を感じた後に、頭を強く打ち意識を失ってしまった。
なんだか声が聞こえる。何かが燃えている音や、電気のスパークする音があちこちから聞こえている。重たい瞼をなんとか上げると、座席が天井に設置されていた。
「うっ!」
体を起こそうとすると激痛が走る。左腕に大きめのガラスが刺さっていた。そのガラスを抜き去り、横へ投げ捨てる。
ワイシャツの袖を破り、二の腕を縛って止血する。
周りにも横たわっている女性や、サラリーマンがいる。乗客たちはまだ意識が戻っていない。助かっている人がいるのだろうか。
横へ倒れていた女性を揺すって起こす。
「大丈夫ですか⁉」
その女性は目を少しずつ開くと顔をしかめながら体を起こすと、周りをキョロキョロと何かを探すように視線を巡らせる。
「ウチの子しりませんか⁉」
「すみません。わかりません」
僕が正直にわからないと伝えると、子供を探すために立ち上がって周りを探し始めた。地獄絵図の様な光景が広がっていた。
あるものは、血を流して倒れ。あるものは、眠っているように動かない。あるものは車両の下敷きになり、完全に息絶えているであろうと思える状態だった。
「ゆりー!」
こんな絶望的な状況だからこそ、自分の子供の安否は気になるところだろう。
僕も一緒に探そうと思うが、どんな格好をした子どもかもわからない。もちろん顔を知るわけもなく。探すのを諦めて他の人の救助へ当たることにした。
倒れている人の肩を叩いたり、時には頬を叩いたりして目を覚まさせていく。怪我をしている人を率先して外へと運び出して、医療従事者を探す。
「お医者さんいませんかー⁉」
ドラマとかでは、こういう時に医者がいるものだったりするのだが。現実というのは、そう甘い物ではなく。みんな医療ということは素人のサラリーマンだったり、キャリアウーマンだったり、主婦だったりするのだろう。
そうだよな。そんなにうまく物事が行くはずはない。ということは、自力でどうにかしないといけないということだ。
スマホを確認するが、圏外になっている。東京都内なのに電波がないということは、みんなが使えない状態だということだろう。
そうなってくると、自分たちでどうにかしないといけない。
足から血を流している女性が倒れている。ふくらはぎのあたりにガラスが刺さっている。抜くと血が出てきてしまうから、自分の残っていたもう片方の袖を破き、足の付け根へと巻き付けて縛る。
「オレの服ですみません。一大事なので」
いちいち断りを入れながらで、面倒だと思うかもしれない。でも、助けてからあの時さぁなどといって文句を言われるかもしれないと思ったらなかなか踏ん切りがつかないものである。
女性はスカートをはいていたので、自分の着ていた上着を脚へとかける。こんな時だが、よこしまな心を持った人がいると思うから。
あまり男を悪く言うつもりはない。自分も男だから。でも、ふっとした時に無意識に目が動いて見てしまうことがある。
それを阻むために、こういった対応をした。別にモテる為ではない。こんなカッコいい対応をしたって、平凡顔で四十を迎えるおっさんである僕は、モテることはないのだ。
「運ぶの手伝いますよ」
手伝ってくれるサラリーマンBが来てくれた。お礼を言いながらも女性を運ぶ。手伝いに来てくれた人は足を持っているが、視線が気になる。僕が指摘することでもないから黙っているけど。
外へと寝かせると、他の治療が必要な人を探す。
「あのおじさんもやばいかもですね」
サラリーマンBへ頭から血を流しているヤバい人を指して声を掛けた。頷くと一緒に外へと運び出す。なるべく頭は動かさないようにしながら。
さっきより重さを感じないのは女性より軽いからだと思うけど。僕、こんなに力あったっけ?
もう一人のBが汗だくになっているけど、僕は汗の一滴もかいていない。どういうことかは理解ができないが、この場をなんとかできるならてつだおう。
「誰か! 子供を助けてください! 息をしているんです!」
さっきのお母さんが声を上げている。向かいながら状況を確認すると、かなり遠くへと飛ばされてしまったみたいなのだ。
足が車両に挟まれてしまっている。こんなのどうしたらいいんだ。
視線に映るのはいつも掴んでいた手すり。それが外れて転がっていた。何か固い物がないかと周りへ視線を巡らせる。てこの原理をやりたいのだけど、いい物がなさそうだ。
途方に暮れていると、自分の持っているものが参考書の詰まっている鞄だったことを思い出す。
取りに戻ってパイプを車両へと掛ける。持ち上がるはずがないと思っているので、目いっぱい力を込めた。
「うぅぅん!」
──バギャァァンッ
パイプをかけていた車両の一部が吹き飛んでいってしまった。僕は理解が追い付かず、目を瞬かせる。どういうことだろう?
後ろにいたサラリーマンBへと視線を向けると半笑いして「はははっ。すげぇちから」と言っていた。
俺みたいなおっさんにそんなちからあるはずがないけど。
一体何が起きているんだ?