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第14話 必要な嘘

 区役所を後にしてしばらく歩くと、大きい通りに出た。ここから西へと進めば、葛西橋を渡れるはずだ。


「ここからは目立つけど、仕方ないよね?」


「そうっすね。来たやつは蹴散らしてやりましょう!」


 意気込んで答えてくれたショウくん。頼りになるなぁ。後ろのヤエさんも笑みを浮かべて嬉しそうだ。もしかしてショウくんのこと……。


「ガイさん?」


「はっ、はい!?」


「なんか変なこと考えてません?」


 笑みを浮かべながら頭をコテンと傾けるとジッと見つめてくる。なんだか頭がポーッとして、ヤエさんには魅了というスキルがあるのかもしれない。


「ガイさん。ヤエをまともに相手してはダメですよ? こっちがおかしくなりますから」


「どういう意味ぃ?」


 ヤエさんは頬を膨らませてショウさんをポカポカ叩く。最初はお堅い感じに見えていたけど、実はあざと女子だったのかな?


 あまり緊張感の無い会話をしてしまっていたけど、視界の隅になにかが動くのを感じた。そこへ視線を合わせる。


 マンションのベランダからタオルを振っている人がいる。


「助けてー! 部屋の中に化け物がいるのー!」


 高校生くらいの女性だと思うけど、助けを求めている。部屋の中にいる? 押し入ってきたってこと?


 玄関を開けて入ってくるほど、知能が発達しているのかな? まぁ、謎だらけだから入ってくることもあるのかもしれないな。


「ガイさん、どうします?」


「助けに行こう」


 そう口にして一歩踏み出した時だった。


「信じていいわけ? 人が良すぎないかなぁ? あの子が可愛いから?」


 カズトさんが声を掛けてきた。


 僕には言っている意味が理解できなかった。助けを求めている人を、信じるとか信じないとかあるのかな?


「助けを求めているから」


 それだけ答えてマンションへと向かった。玄関はオートロックだったみたいだけど、誰かが解除したのだろう。


 手動で開けられるようになっている。ゴブリンがここも開けたってこと?

 そんなこともできるんだなぁ。


「ここからはショウくんと行くよ。後はここでゴブリンが入ってこないように見張ってて貰える?」


 皆が頷いたので行こうとすると、ヤエさんが手を挙げた。


「女性を助けるなら、同性の人がいた方がいいかと」


「……うん。たしかにその通りだね。お願い」


 笑みを浮かべて一緒に後ろに着いてきてくれるヤエさん。


 さっき助けを求めていた部屋は四階だった。階段で登るのは結構大変なはずだけど、僕の体はものともせず、息も上がらなかった。


 どうなっちゃったんだろう。二階にあがるだけでも息が上がるくらい運動不足だったのになぁ。


 ヤエさんでさえ、少し呼吸が早くなっている。それが普通だと思うんだけど。


 目的の階へと着いて、通路を見渡すと一つだけ玄関の開いている部屋があった。


「あそこかな?」


 向かいながら思う。

 玄関が開いていて人がいないなら出ていくんじゃない?

 ベランダで大声出したらいるのがバレるんじゃない?


「ショウくん達はここで待ってて」


 疑問が頭に過ぎった。なんかあった時の為に二人を部屋の外で待たせると、一人で進んだ。


 玄関に足を踏み入れる。ゴブリンがいるかもしれないから警戒して。


 玄関の先には右に扉があり、その先の正面にも扉がある。右は恐らく洗面所だと思う。


 ゴブリンがいるとすれば、リビングだろう。


 正面の扉を少しずつ開けて様子を見る。何もいない?


 右後方からガチャリと音がしたかと思った瞬間、頭に鈍い音と共に痛みが走った。


「よっしゃ! 一人かかったぁ」


「やったね! お助け作戦、だいせいこー!」


 僕は頭を抑えながらも大した痛みじゃなかった為、そのまま前方にいた二人へと視線を向ける。


「えっ!? 思いっきり殴ったんだけど!?」


 僕を殴った男の方は目を見開いて固まっている。女性の方も口を開けて固まっていた。


「もしかして、ゴブリンが入ってきたなんて嘘なの?」


 僕は冷静に質問する。

 二人は呆然としながらコクリと頷いた。


「ガイさん! 大丈夫っすか? 物落としましたけど!」


「大丈夫! ゴブリンやっつけた音だから!」


 僕はそう嘘をついた。なぜか。この子達が嘘をついていたと知ったら、きっとあの二人は怒るだろうから。


「二人でどうにか生き延びようとしたのかな?」


「そ、そうだよ! 急に爆発音がして、外見たら大変なことになってるし、変なやついるし……」


「親は?」


「仕事から帰ってきてない」


 二人は最初はカップルかと思ったが、よく確認すると顔が似ている。兄妹かな?


「ご飯は?」


「あるのを食べてたけど、もうねぇよ。好きなだけ荒らして持っていけよ」


「そんなこと言っていいの!?」


 妹は兄へ文句を言うが、兄は諦めた様子だった。整った顔には影が差し、人生を諦めたような顔をしていた。


「バットで殴って倒れない人間なんか居るはずがねぇと思ってた。殴っても、怪我もしてないこんな人には勝てねぇよ」


 口を尖らせていじけたように口にする兄。ちょっと頑張って欲しいところだけど、仕方ないよね。


「ヤエさん! 食料ありますかー?」


「ありますよー! 持っていきます!」


 玄関から声が聞こえると中へ入ってくる足音が響く。


「大丈夫でしたか? ゴブリンに襲われて大変でしたねぇ」


 カバンの中からコンビニで貰ったおにぎりを出しながら二人へ声を掛ける。優しいなぁ。


 二人は目をこちらへ向け、僕が小さく頷くと話を合わせた。


「そ、そうなんですよぉ。恐かった、です」


 変なカタコトになる兄。


「わ、私もコワカタナァ」


 兄妹だなぁ。全く。嘘が下手だ。さっきの助けを求める演技はできたのになぜ話を合わせようとするとカタコトになるのか。


 眉間に皺を寄せてこちらを凝視するヤエさん。何かを察しているみたい。


「いやー。恐かっただろうねぇ。さっ、ご飯食べな」


 オニギリを差し出すと飛びついた二人。一口ほおばると「うまい!」「美味しいね」と微笑みながら食べてる。


 兄は妹を守ろうとこの作戦を考えたんだそうだ。あまり良くない作戦だけどね。


「自分のステータスって見て見た?」


「ステータスって? ゲームみたいな?」


 兄が目を輝かせ、食べるのを止めて口を開いた。


「そうそう。自分のことを知りたいって念じると見れるんだ」


 やってみるというと驚いている。見えたみたいだ。ステータスは他人のは見ることが出来ない。


「見れた。初期ステータスって感じだ」


「妹さんは?」


「マリアだよ。ステータス出た」


 妹さんはマリアちゃん。


「オレはライト」


「なんか、時代を感じるなぁ。随分グローバルな名前だね?」


 名前を聞いてそんなことを思った。こんなことを思う時点で親父なのだけど。


「親が、海外に行っても困らないようにってつけたらしい」


「いいご両親だね」


「まぁ、普通の親だよ。一応、親父は政治家だけどね。お袋は秘書」


 それは、また凄い偶然。


「連絡は?」


「とれないっしょ」


「だよね。じゃあ、どうする?」


 少し考えて二人で目を合わせると頷きあった。


「連れてってくれないかな?」


「いいよ」


「だよね。だめだよね…………って、えっ? いいの?」


 二つ返事でオッケーした。こんなに健気な二人を危険な所へ置いていけない。ヤエさんにはバレたかもしれないけど、嘘をつき続けようと思う。

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