目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
魔女の本懐
魔女の本懐
羽国
現代ファンタジー異能バトル
2025年06月22日
公開日
1.1万字
連載中
社会の裏側で、人知れず“魔”の力を巡る争いが続いている。 六大魔系組織の一つ”魔女の家”に所属する瑠愛・理愛・緋真。 彼女たちは“魂魄”と呼ばれる特異な力に導かれ、互いに葛藤と衝突を重ねながら、戦いに身を投じていく。 願いを叶えるのか。或いは願いを捨ててしまうのか。 ——これは、心の深淵をめぐる”魔”の物語。 ハーメルン、pixivでも同名義で投稿しています。完結させますが、ペースは気分次第です。

プロローグ

 少女は人間の魂を集め続けた。何十人、何百人、或いはそれ以上の罪なき人々を殺し続けた。

 死んでも事件になりにくそうな人を狙い、何度もその手にかけた。魂が抜けた後の虚ろな目が嫌いで、死体を見ないように魂を抜くようになった。

 死体の処理を相棒に任せ、集めた魂を弄り回した。目的のものにするため。

 毎日、拭うことのできない汚れが染みついていくのを実感していた。罪悪感に胸を焼かれながらも、それ以上の恐怖から逃げるため、深みにはまっていった。


 なるべく事件化しないように注意を払っていた。わざわざ大移動して被害を集中させないようにしていた。

 それでも大量の人間の不審死を隠しきれるわけがない。裏の人間に知られることとなった。


「長く生きてるけど、初めて見たよ。■■■を創造する人間なんて。うん、いい感じに”魔女”してるね」

 異常者から異常者を見るような目で見つめられた。

 彼女自身、よくわかってる。自分が異常者だなんて。


「正気の沙汰ではありません。今すぐ止めるべきです」

 優しい声で諭された。人の道から離れすぎていると。

 正しいのは相手だとわかっていた。それでも止められなかった。


「沢山の人の命を奪ってまで、いったい……何がしたいの?あなたがやったのは身勝手な、ただの大量虐殺よ」

 激情のままに糾弾された。その言葉は深く深く胸に突き刺さった。

 目を逸らしていた事実を押しつけられた。逃れようのない罪を自覚させられた。


 少女は様々な批判から逃げ、意固地になった。世界を敵に回しても同じことを続けると宣言した。

「だったら、助けてあげようじゃないか」

 異常者は異常者に手を差し伸べた。

「これが私にできる限界。でも、二、三年はあんまり注ぎ足さなくても大丈夫」

 己の知識と力の限りを尽くし、を向上させた。

「これは根本的な解決にならない。本当にどうにかしたいなら、”魂魄”の力が必要だよ」

 時間を与え、明確な道しるべを示した。解決手段を与えた。


 ”魔”の七属性の一つ、”魂魄”。その名前をそのまま代名詞とする存在。

 ”魂魄”力のは世界を丸ごとひっくり返すことができる。力を借りることは自殺にも等しい。

 それでも少女は覚悟した。”魂魄”の力を借りるため、どんな代償でも払うことを。


♦♦♦


 電車に乗っての長い旅。宵宮よいみや瑠愛るなはそういうときに安眠すると決めている。

 本を読むのも捨てがたい。でも、仕事前に頭を使うと後が大変だ。

 長い移動時間を有効に利用している。その安眠のために肩を借し、代わりに起きている相手に甘えて。


 彼女は公に知られていない組織、”魔女の家”の調査員かつ戦闘員。今回は事件性の高い現場への出張だ。

 所属してから日は浅いものの、実力が認められてる瑠愛への依頼は危険なものが多い。命のやり取りも何回か経験している。

 戦闘において寝不足やストレスは大敵だ。だから、リラックスして休息を取れる間にしておく。

 ――という建前で惰眠をむさぼっている。瑠愛はシンプルに昼寝が好きなだけでもある。


「起きてください、瑠愛さん」

 強めに肩を揺さぶられる。流石に眠りの深い瑠愛も起きる。

「ん~。理愛りな、どうしたの?着いた?」

 目をこすりながら目をぱちぱちさせる瑠愛。少し不機嫌そうな声で、起こした張本人に話しかける。


「着いていませんよ、瑠愛さん」

 その視線の先には優しげな目をした女性が座っていた。

 上質な絹のような艶やかで長い髪。女性らしい起伏に富んだボディライン。

 白いブラウスと控えめなレースをあしらったカーディガン。膝下丈のプリーツスカート。

 ボーイッシュな瑠愛と違って、女性らしさを強く感じさせる。清らかな雰囲気と、何もかも受け入れてくれそうな包容力が魅力的だ。

 彼女は宵宮よいみや理愛りな。瑠愛の家族だ。


「じゃあ、何か緊急事態?」

「琴羽さんからお電話です」

 瑠愛の言葉に落ち着いた声で返す理愛。その言葉を聞いて、瑠愛は態度を変える。

 理愛の手には携帯が握られている。差し出された携帯を素早く受け取り、一応画面を確認する。

 そこには”時雨琴羽”の名前が表示されている。その名前を見てだらけた態度を一瞬で改めた。


「もしもし、琴羽さんですか?瑠愛です」

 緊張した心持で電話に出る瑠愛。電話の向こうの相手への姿勢が伺える。

『もしも~し。みんな大好き琴羽ちゃんですよ~。おめめは開きましたか、瑠愛ちゃん?』

 可愛らしい声が電話の向こうから聞こえてくる。冗談っぽい間延びした声は、微笑ましさすら感じさせる。

 しかし、瑠愛の緊張は解けない。この幼い少女こそ、瑠愛が緊張している相手なのだ。


「大丈夫です、琴羽さん。しっかり目覚めました」

 電話の向こうに頭を下げて、真面目に応対する瑠愛。

『ごめんなさいね~、起こしちゃって。事件のことで改めてわかったことがあったから、早急に連絡させてもらいましたよ~』

「いえ、お気遣いありがとうございます。それで、わかったこととは?」

 職場からの連絡とは思えない砕けた話し方をする琴羽。しかし、その内容を聞いて瑠愛は目を鋭くさせる。


『今回、”魔女”の襲撃に遭ったと思われる建物なんですけど~、実は”魔術協会”の隠れ蓑だってわかったんですよ~』

 日本社会の裏で大きな顔を持つ六大組織。それぞれその一角を担う”魔女の家”と”魔術協会”。

 それらが険悪なことは事情に精通していれば嫌でもわかる。の違いから理解し合うことができない組織なのだ。


「”魔術協会”?今回の建物って民間企業の支店じゃなかったんですか?」

 琴羽の言葉を聞いて訝しむ瑠愛。瑠愛は魔術協会と民間企業という組み合わせを聞いて疑問を持つ。

 魔術協会は政府、警察、自衛隊、公安といった公的権力にべったりの組織だ。民間企業を見下している気質すらある。

 彼らが民間企業を拠点にするというのは、熱心なプロテスタントがカトリック教会に入り浸っているような違和感がある。


『はい、そうですよ~。不思議ですね~』

「……魔術協会のきな臭い拠点。そこに”魔女”らしき存在が襲撃。しかも、”魂魄”が関わっている可能性が高い。これって相当ヤバい案件じゃないですか?」

 瑠愛の頭の中で様々な懸念が並ぶ。気分としては、不発弾とガソリンと火炎放射器が並んでいるようなものだ。

 大爆発が起こりそうな予感。――というかもう爆発しているかもしれない。


『そうですね~、ヤバそうな案件ですね~。どうします~?不安だったら、誰かに変わってもらったり、追加で誰か派遣したりしてもいいですけど~?』

 試すように聞く琴羽。彼女なら本当に言葉通りの対応をできるだろう。

 常に人手不足で大変な職場だが、彼女の力があればどうにかすることなど容易い。もしかしたら、彼女自身がくるかもしれない。


「大丈夫です。この程度で、弱音を吐いて……いられません」

 その誘惑をばっさり断ち切る。その意思厳しい状況ではあるが、決して無理だと思うレベルではない。

 今の懸念が全部正しかったとしても、対処できる範囲内だ。瑠愛のチームは十分に高い実力を備えている。


『わかりました。でも、無理だと思ったらちゃんと伝えてくださいね?』

 急に間延びした話し方を止めて真剣に話す琴羽。理知的な仮面の裏の顔が少し見えてくる。

 彼女は瑠愛の覚悟を受け入れたのだ。瑠愛の師匠として。


「ありがとうございます、琴羽さん」

 瑠愛は電話の向こうの相手に頭を下げる。素直なところは、自由気ままな瑠愛を憎めない存在にする大事な要素だ。


『こっちでも色々調べてみるので、また何かわかったら教えますね~。それではお仕事頑張ってくださ~い』

 その言葉と同時に電話が切られる。短いながらも意味のある時間であった。



「理愛、どう思う?」

 会話を終えてその場の相手に話しかける瑠愛。彼女は隣に座って話を聞いていただろう。

「そうですね。……今回の場所は九州の地方都市。魔術協会が大事にするほど、貴重な建物だとは思えません」

 理愛は自身の見解を述べる。人が集まりにくく、拠点としても価値が低い場所。

 そこにわざわざ隠すように建てられた魔術協会の建物。その目的は自然と絞られる。


「だとすると、何か隠してるのかな?」

「瑠愛さんのおっしゃる通り、その可能性が高いでしょう。不正の証拠か、裏の人間にすら見せられないモノか、研究資料かわかりませんが」

 理愛は少し低い声で悪事の予想を羅列する。それくらいのことは平気でする組織だ。

 面倒だけど捨てられないなものを箱にしまって隔離した。そういう可能性が真っ先に思い浮かぶ。


「詳しい奴が教えてくれたらいいんだけど」

 瑠愛は空いてる席に目を向ける。大荷物だけ残して、長い間席の主が戻ってきていない。

 魔術協会に詳しい彼女なら何か知っているかもしれない。しかし、非常に厳しい状況だ。

 『同じ空気をなるべく吸いたくない』と主張していた。電車内のどこかで時間を潰しているのだろう。

「残念ながら、望み薄ですね」

 理愛の言葉に頷くしかなかった。彼女の瑠愛への感情は、ゴキブリへのそれよりも下に存在している。


♦♦♦


 目的地に近づき、荷物をまとめ始める瑠愛と理愛。そこにスタスタと近づいてくる足音。

 非常に強い眼光の女性である。枝毛一つない漆黒のポニーテールと真っ直ぐな立ち姿は彼女の着真面目さを表している。

 黒に近いグレーのジャケットとパンツは威圧をされているようだ。

 彼女は九條くじょう緋真ひさな。『魔女の家』に所属している”魔術師”であり、瑠愛のチームの最後の一人だ。


「九條さん……」

 瑠愛が弱弱しく声をかける。声をかける前から既に気圧されている。

 とてもではないが、同じチームの人間に対する態度ではない。しかし、それも自然に思える。

「あなたに苗字も名前も呼ばれたくない。声も聴きたくない。

 必要最低限の業務連絡だけ伝えて。できる限りメールで」

 緋真は虫以下の存在を見るような目で、冷たく言い放った。このような態度を日常的にとられていれば、身体がこわばってしまう。


「バス乗り場で待っている。場所はわかるでしょ」

「う、うん」

 それだけ言うと緋真は自身の荷物を回収して出口に向かった。その足取りは非常に速かった。

「少しでも一緒にいる時間を減らしたいということですか。本当にふざけていますね、あの女」

 あまりの不躾な態度に強い怒りを見せる理愛。限度を超えた物言いにそうなってしまうのも当然のことだろう。


 しかし、瑠愛はそう思わなかった。

「まあ、僕は悪い”魔女”だから。九條さんが嫌うのも仕方ないよ」

 瑠愛は自分が嫌われていることに納得している。あの視線を向けられるに値すると。

「悪いのはあの悪魔と私じゃないですか。瑠愛さんはただ、私を助けようとしてくれただけじゃないですか。それなのに……」

 理愛は瑠愛の言葉に納得できない。彼女が棘を飲み込むことを受け入れられない。

「ん~ん、僕がやりたいからやったんだよ。あのとき、どんな目で見られても甘んじて受け入れるって決めたんだ」

「瑠愛さん……」

 瑠愛の悲し気な瞳に瑠愛はそれ以上何も言えなかった。受け入れた上で進む彼女に、かけられる言葉など存在しない。


♦♦♦


 駅から少し離れた空きの目立つオフィス街。その中に目的の建物はあった。

 建物自体は特段目立った特徴もない。数十年前に建てられたであろう古いビルだ。

 そのビルを警察官が厳重に封鎖している。ビニールテープを張り、関係者以外立入禁止の文字が目立つ。


 このままでは瑠愛たちは入ることすらできない。『魔術協会』と違って、『魔女の家』は警察から目の敵にされているのだから。

「ここは僕がやるよ」

 瑠愛は理愛と緋真に声をかける。そして、警察官の前に堂々と顔をさらす。

「ん、君は誰だい?ここは立ち入り禁止だよ。興味本位なら帰った帰った」

 警察官は瑠愛を追い払おうとした。一般人にしか見えない瑠愛を追い払うのは当然の業務だろう。


 しかし、彼らごとき瑠愛にとって壁にすらなっていない。

「僕はここの調査をしに来たんです。通してください」

 瑠愛はさも当然かのように要求する。そんな要求が通る道理が――あった。


「わかりました。お通りください」

 警察官は道を譲り、会釈をする。まるで刑事でも相手にするかのように。

 よく見るとその目はぼんやりしていて、意志が宿っていない。そして、瑠愛の瞳には紫色のかすかな光が宿っていた。

 瑠愛は自身の力をほんの一握り使ったのだ。それだけで、ただの人間を操るには十分だった。

 むしろ瑠愛はかなり手心を加えている。相手を壊さないように。


「人の心を思うままに歪める。”魔女”らしい手段ね」

 その行為に冷たい視線を向けるものが一人。緋真だ。

 口元を歪めて視線を鋭くさせる。まだ、吐瀉物の方が優しい視線を送られるだろう。

「代わりにやってくれた相手に対して、ずいぶんな言い草ですね。魔術師の名門、九條家は大変立派な教育をなさっているようで」

 そこに理愛が割って入る。あまりの言い草に、相手の地雷を攻撃しに行く。

「ええ、そうね。魔女は人間ではないと教えられてきたわ。今でも九割正しいと思ってる。そいつは人間じゃないでしょ」

 棘をさらに鋭くさせて返す緋真。喧嘩はより深刻になっていく。


「喧嘩なんてしてないで仕事しよう。九條さんも、僕と一緒にいるのが嫌ならさっさと終わらせた方がいいって」

 瑠愛は二人の間に入って喧嘩を止める。この最悪の空気がこのチームの日常である。

 険悪なまま現場に入る三人。瑠愛は速く目的を果たしてこのチームを解散できることを心から願った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?