「おい、どうした? マックス」
あるダンジョンの奥深く、冒険者パーティのリーダーのトリスは、突然泣き始めた俺に話しかけた。
動きやすい革の防具を身に着け、手には片手剣を持って、綺麗な金色の髪は戦いに邪魔にならないように短く切りそろえられている。そんなトリスはリーダーシップがあり、この冒険者パーティのリーダーになったのは自然なことだった。
「う、うぐっ、ソナーバッドが……殺された」
「は!? どういうことだ? 冗談だろう? ソナーバッドのいないお前に何の価値があるんだよ。一匹しかテイム出来ないお前の唯一のモンスターだろうが!」
テイマーとはモンスターと契約して、モンスターを操り、戦わせたり、その能力を使ってパーティの力になるジョブである。
トップテイマーなら十匹以上、普通のテイマーでも三~四匹は操れる。
しかし、オレが操れるのはたった一匹。しかもテイムできた唯一のモンスターがソナーバッドだった。
ソナーバッドは戦闘力はほとんど無いが、広域超音波で暗闇でもダンジョンの状況が分かるモンスターである。殺されたソナーバッドは、もう一年近く一緒に冒険者をしている大切な仲間だ。そして、俺が冒険者パーティに入れて貰えている唯一の理由である。
一寸先は闇のダンジョンの中で道に迷わず、モンスターに会わないのは、俺がソナーバッドを使って危険を感知しているからだった。
「これから、ダンジョンの斥候は誰がやるんだよ!!!」
ハゲ頭で屈強な筋肉を持つ剣士のダニエルが、涙を流している俺の襟をつかみ、詰め寄る。
壁に背をぶつけられて、息が詰まる俺を、ダニエルは何度も揺さぶる。
「そ、そんな事を言ったって……」
「戻るか?」
背の低い、神経質な顔つきのシーフのジョンが、俺たちを無視してトリスに提案する。
「ここまで来て戻れるかよ。マックス、お前は斥候役としてこのパーティに入っているんだ。これからはお前自身が斥候役になって、俺たちを案内しろ」
「え!? 俺が出来るわけないだろう」
「出来なけりゃ、パーティーをクビにするだけだ。こんなダンジョンの奥底に一人で残されたらどうなるか分かるだろう。どうする?」
トリスは俺に剣を突きつけてくる。それは提案ではなく、脅迫であり、俺に逆らうという選択肢はなかった。
「……分かった」
俺は一人、ランプ一つで、真っ暗闇のダンジョンの奥へ進むと、大きな広場に出たのだった。
ぽたぽたと天井から水がしたたり、冷たい風と共に獣臭い匂いが流れてくるその広場で、俺はあるモノを見つけた。
「ひゃ!」
俺は小さく悲鳴を上げると、それ以上声が出ないように慌てて口を両手で塞いだ。
ぼんやりと見えてきた広場の真ん中には、大きな檻がひとつあり、その中には巨大な狼が横になっていた。
真っ黒く汚れ、毛玉も多い巨狼がそこにいた。生きているのか死んでいるのか分からないが、俺の悲鳴にピクリとも動かなかった。
檻に入っている狼以外、特に何もない広場。
俺はそっと、仲間がいるところに戻ると、状況を説明した。
それを聞いたトリスが嬉しそうに俺に提案してきた。
「ちょうど良かったじゃないか。その狼をテイム出来れば大きな戦力になるんじゃないか?」
「あんなの、テイム出来るかよ」
トリスの言葉に俺は反論する。あんな巨大な狼をテイムできるくらいなら底辺テイマーなどやっていない。
「出来るか出来ないかじゃないのよ。やるのよ。足手まといを仲間にしておくほど、私たちには余裕がないのよ! このクズ!」
若く美しい女魔法使いのマーヤが、長い赤髪をいじりながら、イライラして吐き捨てる。
このマーヤはいつも俺につらく当たり、底辺テイマーの俺なんかは全く興味が無いようで、いつもリーダーのトリスか剣士のダニエルとばかりつるんでいる。
トリスもマーヤの言葉に賛成する。
「マーヤの言うとおりだぞ。お前が俺たちの仲間のままでいられる唯一のチャンスだぞ」
何の力も無い俺が、このパーティを首になったら行くところが無い。それ以前にこのダンジョンから生きて出られる保証がない。
選択肢など無く、やるしかないのだ。
俺は四人に向かって言った。
「分かった。頑張ってみる」
俺たちが先ほどの広場に戻ると、巨狼は先ほどと何一つ変わらず、檻の中で横になっていた。
それを見てトリスが俺に小声で尋ねてきた。
「おい、死んでるんじゃないのか?」
「分からない。さっきも全く動いてなかった」
「おい、開いたぞ」
シーフのジョンが檻の鍵を開けて俺を呼んだ。
もう後戻りは出来ない。
パーティのみんなが俺をじっと見ている。
「……行ってくる」
俺は一人、檻の中に入った。
巨大な狼。
その口は軽く俺の身体を一飲みできるくらいの大きさである。その前足を軽く振れば、まともな防具ひとつつけていない俺の身体など、簡単に真っ二つにするだろう。そもそも、俺が持っている武器は手斧一つである。そんなもので、この狼に立ち向かえるわけがなかった。
つまり、テイムに失敗すれば、俺は確実に死ぬということだ。
命がけのテイム。
俺はゆっくり息を吸うと、巨狼に交渉しようとした瞬間、耳慣れない音が聞こえた。
ガチャ。
俺が緊張して狼を見ていると、檻の鍵がかけられた。
「何!? 何で鍵を閉めるんだ! 開けてくれ!」
音がした扉の方を見ると、ジョンが鍵を閉めていた。
「悪いな、マックス」
ジョンはそう言って俺に背中を向ける。
そして、ジョンの代わりにトリスが嫌な笑顔で答えた。
「ソナーバットのいない、お前には何の価値も無いんだよ。足手まといはここで死んでくれ。じゃあな」
「ふざけるな!! ここを出してくれ! 仲間だろうが!」
「悪いが、お前のことを仲間だなんて思ったことは一度も無いんでね。俺はいらなくなった道具は捨てる主義なんだよ。あばよ」
トリスに続き、他のメンバーも俺に背を向ける。
最後に、女魔法使いのマーヤが一人残った。
「マーヤ、お前だけは違うよな!」
「あんたがあたしに向けるイヤらしい視線が耐えられなかったのよ。ここでお別れできて清々するわ。じゃあ、さっさと死んでね」
仲間だと思っていた連中は誰一人、俺を助けようとしなかった。