オレンジジュースを飲んでいると、ひときわ強いクリームの香りが鼻をくすぐりました。
「おまたせしました。グラタンです」
店主自らが、料理を持ってきてくれました。タバコでノドが焼けているのか、ガラガラ声ですね。
プツプツと、白いグラタンが泡立っています。
ああ、罪の音ぉ。
付け合わせのパンからも、白い湯気が立ち上っています。
「熱いので、お気をつけくださいね。パンのおかわりは自由ですから、お声をかけてください」
さっき声をかけても、反応しなかったじゃないですか店主。
といいかけましたが、店主はテーブルのベルをチン、と鳴らします。
ああ、自覚があったんですね! よく見たら、レジにもベルがありました。これは、無知なわたしの落ち度です。
ちなみに、今度は奥さんが常連さんの相手をしています。マスター以上にゲラゲラ笑っていました。
「いただきます」
純白のグラタンに、フォークを沈めました。マカロニをすくい上げて、口の中へ。
「ホ熱ャア!」
思わず、低い声でうめいてしまいました。
「ヤケドにご注意くださいねー」
マスターの奥さんに、わたしは笑われています。
がっつきすぎですね。ウカツでした。
では改めて。ふーふーして食べます。
「はふほ……」
気絶しそうになりました。熱さのせいではなく、おいしさに。女子なのに、白目を剥いてしまいそうです。
これは、
なんという濃厚さなんでしょう!
口に入れた瞬間、ミルクの濃さに痺れます。
噛めば噛むほど、味わい深い罪深い。
ほんとにただの純喫茶なのでしょうか? 実態は、高級レストランなのでは? 行ったことありませんが。
「えっと、お肉は鶏肉ですね」
チキンの胸肉を発見しました。
あ、チーズがデッローンと付いてきちゃいましたよ。デッローンと。
これは迎え入れてあげなければ。
「ああ、おいしいぃ」
これまた、脂がサッパリしていてたまりません。
「お次は、このマッシュルームですね」
平たくカットされた、マッシュルームを。
小ぶりながら、いい歯ごたえです。
シメジもエノキも、いい仕事をしていますね。
お野菜は、ホウレンソウとタマネギですね。これもまた、乳と絡み合って絶妙な甘みを引き出しています。
「で、パンと一緒にって言っていましたね」
バゲットをちぎります。一口サイズに切ったパンを、クリームに浸して、と。
「おおおおおおお!」
わたしは今、罪を噛み締めています。
こんな小さな純喫茶で、ささやかな贅沢のひととき。
教会でも時々グラタンは出ますが、あっても一口サイズです。こんなチーズまみれではありません。
おそらくどこぞのお貴族様や王族は、わたしたちが倒したキノコ女王を切り刻んで食べているのでしょう。
あれだけ苦労して倒したのです。きっとおいしいはず。
おそらく、わたしには一生縁がない食材なのですよ。
ですが今のわたしは、どんな大富豪よりも幸せに感じました。
児童文学の「酸っぱいブドウ理論」などではありません。
本当に幸せで仕方ありません。
口の中が、大キノコグラタン祭りです。キノコが芽生えていますね。
これは、脳にまで胞子が行き渡ってしまいました。もうわたしは、キノコに踊らされています。
とにかく、このキノコを平らげずにはいられません。
わたしは、テーブルのベルを鳴らします。
「どうぞー」
「パンのおかわりください」
「はいー」
すぐに、焼けたバゲットが来ました。
パンが進みますね、これ。止まりません。
しかも、教会でいただくものより柔らかいです。
教会のが固いんでしょうね。スープにつけること前提だから。
お皿に付いたクリームもすべてパンにこすりつけます。
「はーあ。ごちそうさまでした」
ごめんなさい。今日も罪を重ねました。この罰は必ず。
しかし、罰は思いのほか、早く訪れました。