(……何を置いていったんだ)
未だ闇は濃く、なにかの塊のようなものとしか認識できない。
しばらくして、朝日が顔を出した。
光が闇を拭い去るように、あたりの景色が鮮明になっていく。
「うっ……。嘘だろ……」
それは朱い塊だった。
小山ほどもあるそれは、あれだけ俺をビビらせていた大猿の変わり果てた姿だった。
両手、両足、そして首を切断され、無造作に積まれている。
大猿だけではなく、二匹の子猿まで、同様に殺されていた。
「あいつが……やったのか」
闇の主が消えてから、ドサドサと音がするまで、ほんの10秒か20秒ほどだったと思う。
その短時間で、アレはこれほどのことをやってのけたのだ。
規格外の存在。
あの大猿とて、暴力を具現化したかのような存在だったのだ。それを、こうも容易く屠るやつがいる。
朝になっていなくなったが、まだ何度でも夜は来るのだ。しかも、夜に歩かなければならないのに……。次の夜のことを思うと憂鬱になる。
「とにかく、どうしよう……」
闇の化身が消え、大猿が死んだことで、とりあえずの危機は脱したと言っていい。
またあの闇の化け物が出てくるのは恐ろしいが、昼間の間は平気そうだ。
だが、また結界石を使ってしまった。残り時間はたくさんあるが、どう行動すべきか。
今結界を解除したら、昼間に歩く必要が出てくる。
とりあえず結界の効果が終わるまで待つにしても、昼間の2時半で効果が切れるから、結局は歩かなきゃならない。
大猿がいなくなったことで、森の脅威がどの程度下がったのかわからない。
「……結局、歩いてみて考えるしかないか。その前にこの『贈り物』どうしよう」
闇の主は確かに「贈り物」と言った。
こんな強烈な死骸をどうしろというのだろう。
悩んでいても仕方が無い。俺はヒントを使うことにした。
前回のヒントはとても役に立った。1クリスタルで得られるものとしては、もしかしたら破格な情報である可能性が高い。
ステータスボードを開き、クリスタルの数を確認する。
「……? また増えてるな」
クリスタル数は4から6まで増えていた。
ログで確認すると、それぞれ『【デイリー視聴者1億人】を達成』『【大精霊との邂逅】を達成』で1クリスタルずつのようだ。
「デイリー1億人はいいとして……大精霊との邂逅?」
俺が出会ったものといえば、あの大猿と闇が具現化したような化け物だけだ。
ということは、あの暗黒の化け物が「大精霊」なのか。
「闇……闇の大精霊か……」
そう考えると、あいつが言っていた言葉も辻褄が合う。
俺は何度も何度も闇の精霊術を使っていたのだから。
いずれにせよ、クリスタルが得られたのはありがたい。
今は、ヒントだ。
<1クリスタルを消費して、「生きるヒント」を聞きますか? YES・NO>
YESに触れると、すぐに答えが表示された。
<『戦利品を獲得せよ』>
戦利品……?
戦って得たものではないが、死体は死体。
あそこから何かが得られるようだ。
例えば、皮や骨、牙、眼球や内臓。そういったものが、薬や素材になる……ということなのかもしれない。しかし、バッグすら持っていない俺では、大きな物は持つことができない。
(モンスター鑑定も使ってみるか……)
モンスター鑑定は「直前に出会った」魔物の情報を1クリスタルで教えてくれるというもの。
<1クリスタルを消費して、「モンスター鑑定」をしますか? YES・NO>
YESに触れると、大猿の鑑定結果が表示された。
もしかすると、例の闇の化身の情報が得られるかと思ったが、死んだ魔物も「直前に出会った」に含まれるらしい。
あるいは、大精霊はモンスターのカテゴリではないということかもしれない。
『ほむら
かなり詳しい鑑定結果が出た。
が、よくわからない単語も多い。怪物体とはいったい……。
とにかくこいつが強烈に強い個体だったということはわかった。
(それに、精霊石……それが身体のどこかにあるってことかな)
戦利品として得られそうなものの描写はそれくらいしかない。
もちろん、牙や骨や毛やら、運べば金になる可能性はあるかもだが――
「っふふっ。はは、バカバカしい」
生きるか死ぬかの状況で、森から抜けた後で換金したときのことを考えているバカバカしさに自然と笑いが零れる。
でも、それが生きるということなのかもしれない。
未来のことを考える。その希望さえ失ってしまったら、前に進むガッツも同時に失ってしまうのだろう。
「外に出るか」
1ポイントを使用して新しい結界石を用意してから、俺は結界を解除した。
この猿が地域の頂点捕食者であるならば、周辺に危険な生物はいないはずだ。
これで残りは6ポイント。
「うっ」
外は濃密な血の臭いで満ちていた。
この臭いが、他の肉食動物を誘き寄せるのではないかという不安に駆られる。さっさと「戦利品」を獲得しなければ。
とはいえ、大猿は体高4メートルにもなる巨躯である。刃物すら持たない俺では、死体をかっさばくこともできない。
クリスタルを使用すれば、小さいナイフを手に入れることができるだろうが――
まだ温かさの残る子猿の死体を並べ直していると、首の切口のところに透明の宝石のようなものが覗いている。
「これか……!」
嘔吐きながらも指を突っ込んで引っこ抜いてみると、それは透明なテニスボールサイズの石だった。
水晶に似ているが、こんなものが体内にあるというのは不思議な感覚だ。
もう一匹の子猿のほうにも同じ透明の石が入っていた。
「これが身体中にある……ということはないか」
わからないが、時間がない。ここで猿の身体を捌くのは無理だし、道具もない。なにより心理的に無理だ。遺体を埋めてやりたいような気持ちすらあるくらいなのだ。
「大猿のほうは……うっ、まだ温かい」
体温の残る切り口に手を突っ込むのはなかなかキツかったが、ヒントは絶対だ。
生きる為に、ここで石をとっておくのが重要になってくるのだろう。
それは今じゃないかもしれない。しかし、将来的に必ず役立つ時が来るはずだ。
「……これか。デカいな」
切り口の15センチほど奥で、ようやく石を見つけた。
それは、透明ではなく、そして体毛と同じ赤でもない、色とりどりの色が封じ込められたような、こぶし大よりさらに大きな宝石だった。
「なんだっけ、こんな宝石あったよな……」
オパールだっただろうか。それに近い気がする。
なんにせよ、今得られる戦利品はこんなものだろう。
現在、朝の6時。
俺は自分の上着の袖を破り、口を縛ってそこに3つの精霊石を詰め込んだ。
振り回せば簡易的な武器になりそうだ。
「ダークネスフォグ」
闇の大精霊は怖いが、精霊術なしで森を抜けるのは不可能。
俺は、身体に闇を纏い、大猿たちの死体をそのままにして歩き出した。
残り350キロメートル。
異世界に来て4日目の朝だった。
残りポイント数 6
残りクリスタル数 4