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037 迷宮前の麗人、そして実戦


「……よし」


 日が暮れて、俺は宿を出た。

 ステータスボードを見ると、ポイントとクリスタルがそれなりの数ある。これを使えば、魔物との戦いもスムーズになるのだろうが、あまり使う気になれない。

 もちろん目立つことをしない。という理由もある。

 それ以上に「ポイントが残っていたことで結果的にあの森を抜けられた」という成功体験が大きかった。

 万が一の時、ポイントを残していることで切り抜けられる可能性が高い――

 それがわかっているだけに、気楽に使う気にならなかったのだ。

 なにか、特別な理由がなければ。


 路地から路地へと歩き、ダンジョンの入り口がある街の中心地へ。

 迷宮の入り口では、いつもと同じように篝火が焚かれ、4人の見張り兵が暇そうにたむろしている。

 そして、そこにいつもとは違う人影が一つ――


(あれ昨日の……リフレイアだったか……? なにしてんだ)


 そこにいたのは、昨日出会った、光の精霊術を扱う女戦士だった。

 チラチラと気にする若い兵士たちをガン無視して、彼女はまっすぐ前を向き迷宮の入り口を護るように仁王立ちしている。


(まさか、俺を待ってる……?)


 と、一瞬考えてから、自意識過剰だなと恥ずかしくなった。

 なにか理由があるのだろう。


(ちゃんと秘密を守ってくれているか、声を掛けて訊いてみるか?)


 だが、やぶ蛇になりかねないとも思う。

 もしかしたら、もう俺のことなど忘れているかも。それなら、そっちのほうが都合もいい。


 結局、彼女のことは無視して、闇を纏い、するりと迷宮内に忍び込んだ。


 迷宮内は、いつもと変わらなかった。

 闇の中では安心感すらある。


 俺は第一層「黄昏冥府街」で戦う初心者探索者を尻目に、二層への階段へ急いだ。

 スケルトンは俺の能力や武器とあまり相性が良くない。

 いや、実際には戦ってないのだから、わからないのだが、棍棒でぶったたくのが最適解という気がしてしかたがないのだ。俺は安物の短剣しか持っていない。


 というわけで、二層、飢獣地下監獄に到着。


「ダークネスフォグ」


 闇に紛れて、俺は一匹でいる魔物を探した。

 探しながら短剣を抜き、試しに振り回してみる。


(重いし……下手くそだな)


 自分で扱ってみての率直な感想だ。

 考えるまでもなく当然だ。剣なんて使ったことないのだから。


 俺が持っている短剣は、そもそも数打ちの安物だ。

 デコボコした表面をした刀身40センチ程度の剣で、無理矢理切れ味だけ出しているのか、刃は薄く、少し無理に扱えば簡単に欠けたり折れたりしてしまうだろう。

 護身用程度の意味しかないような品。それでも鉄自体がそれなりの金額になるらしいこの世界では、決して安くはない。

 考えてみれば、地球でだってこんな短剣を買おうと思えば、それなりの値段だったのかもしれない。

 数百円やら数千円なんて金額では買うことはできない。

 当たり前のことだ。


 ブンッ! ブンッ!


 短剣を素振りする。重量は1kgかそれくらいだろう。

 力もスピードも不足していた。

 マンティスを倒した時のように、一撃で致命傷を与える以外にない。そんな気がしていた。

 戦士として戦うには、筋力が足りてなさすぎる。


(けっこう疲れる……)


 数分間、連続で短剣を振り回しただけで、息が切れてしまった。

 これが長剣だったらどうなってしまうのだろう。

 この短剣の10倍くらい質量がありそうな大剣を振り回していたリフレイアの膂力はいったいなんなのだろう……。


(まあ、いい。一番弱そうな魔物を狙おう)


 2層で一番弱いのはゴブリンである。

 体高100センチあるかないかの小鬼で、集団で行動する。

 魔物は「生物」としては、かなりいびつで、別になにをするわけでもなくうろうろしているだけだ。

 人間を見れば襲いかかってくるが、なぜそんな生態なのかはよくわからない。

 迷宮の異常さというものだろうか。


(いた。二匹か……)


 しばらく歩いて、二匹でいるゴブリンを発見した。

 ゴブリンは最大で10匹以上の集団になるから、|はぐれ(・・・)は狩り頃な魔物だ。

 魔物は、ダークネスフォグを使っていても近づきすぎれば、俺の存在に気付く節がある。

 怖くてそこまで至近距離に近づいたことはないが、とにかく精霊術は万能ではない。

 まして、二匹ならば、一匹が倒されればもう一匹は必ず俺の存在に気付くだろう。そうなったとき、どう戦うのか。そこが問題となってくる。

 いろんなパーティの戦い方を見たが、闇の精霊術を使って戦っている者はいない。

 自分で考え実践するしかないのだ。


(実践……実験か)


 暗視とナイトヴィジョンの効果で、ダークネスフォグの闇の中でも、俺はほとんど昼間のように見えている。

 そうでなくても、ダークネスフォグは自分自身の術だから、自分まで見えなくなるという本末転倒な結果にはならない。

 俺は闇を最大出力に増幅させた。

 第4位階のダークネスフォグは半径10メートルもの範囲を闇に包み込むことが可能。

 突然、闇に巻かれたゴブリンたちがぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。


 俺は足音を立てず、息を殺してゴブリンの背後に回り込んだ。

 息を止め、無防備な頸椎へ一撃。

 振り下ろされた白刃が、吸い込まれるようにゴブリンの首筋を後ろからえぐり、呆気なく、カラン――と、魔物は透明な小さい精霊石と姿を変えた。


(次――)


 もう一匹のゴブリンは、その状況すら理解できず、未だにギャアギャアと騒ぐばかりだ。

 武器を振り回すことも、逃げ出すこともしない。


 俺は静かに落ち着いて背後へ回り、同じように頸椎へ短剣を振り下ろした。


 終わってみれば、呆気なかった。

 ダークネスフォグだけで、完封。

 他の術を使う必要すらなかった。


(お……。まただ、この感覚)


 マンティスを倒した時も感じた、体に精霊力が入り込み一体化するような感覚。前回と比べれば微々たるものだが、これはなんなのだろう。

 そのうち、闇市の親父にでも聞いてみてもいいかもしれない。


 俺は、その後も手頃な魔物を見つけては、検証をしつつ戦った。


 ゴブリン5匹程度の群れならば「サモン・ナイトバグ」だけで倒すことができる。

 サモンナイトバグは、10センチくらいの闇の昆虫らしきものが、一〇匹くらいで魔物に襲いかかるという術で、今はまだ熟練度が低いが、育てていけば俺が持つ術の中では、一番直接的な攻撃力を持つ術になると期待ができた。


 シャドウバインドは今の熟練度では、オークでも十秒程度しか足止めできない上に、基本的に腕はある程度動く為、少し頼りない。

 ただマンティスにもある程度有効だったことを考えると、使い方次第といったところ。

 一度に一体にしか効かないので、複数相手なら連続使用する必要がある。

 熟練度が上がれば、もっと使える術になる……といったところか。


 シャドウランナーを走らせると、オークもゴブリンも、いきり立って追いかけて攻撃しようとする。

 こちらが姿を見せている状態だと、気を取られる程度だったり、近かったら攻撃したりと様々。これも熟練度をもっと上げないと、ほんのわずかな隙を作るための術でしかない。

 ……まあ、極限戦闘の中ならその「わずかな隙」が重大な意味をもつのだろうが。


 シェードシフトを使えば、攻撃を受ける確率が半分になるが、そもそも戦士的な真っ向勝負をしていないので、今のところあまり使い道がない。


 そして、なにより――ダークネスフォグが強すぎる。


 恐るべき闇ノ顕。

 基本であり奥義であるとでも言うかのように、漆黒の闇の中では、ゴブリンもオークもほとんど無力に陥った。

 どうも、魔物たちはこの暗い迷宮でも問題なく行動できる程度には、暗視力があるようなのだが、ダークネスフォグの中はわずかな光もないような漆黒なのだ。

 そうなると、魔物たちはとたんに狼狽え、なにもできなくなってしまう。

 俺は後ろから静かに近付き、命を刈り取ればいい。

 他の術が出る幕がないほど、単純かつ強力。

 少なくとも、ゴブリンとオーク相手ならば、ダークネスフォグだけで完封できた。


 ただ、それ以上となる魔物……オーガだのマンティスだのが相手だと自信がない。

 相手が闇に潜むこちらに気付いて、当てずっぽうに振り回した一撃だったとしても、食らったら死ぬ可能性があるからだ。

 過信も慢心もしないほうがいい。


 俺がゴブリンとオークだけを相手にしたのは、単純に万が一反撃されても、一撃で致命傷になるほどの攻撃力がない――そう踏んでのこと。

 まあ、魔物との戦闘も初日だ。別に時間なんていくらでもあるのだ。

 地道に少しずつでいい。


 結局、この日は地道に弱い魔物だけを狩った。

 精霊石は、透明のものが20、色付きは4つ手に入った。


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