そんなこんなで11時間にわたる探索が終了。
俺とリフレイアは結局戦わずに後ろをついて回っただけになってしまった。
視聴者数次第ではこっそり離脱することも考えていたが、上級探索者パーティーの戦いなど、そうそう見れるものではない。実際視聴者数は減るどころか増えていく一方だったので、結局今日は見に徹した。
「真紅の小瓶」の練達の連携。「女神のくしゃみ」の重装備でグングンと押し込んで魔物を殲滅する戦いも迫力があって良かった。これなら視聴者も面白かったのではないだろうか。
……俺の戦いは闇に紛れてのものだから、絵的には死ぬほど地味だっただろうから。
魔王が出なかったのは残念だったが、残り日数を考えれば山場を最終日近くにズラすことができたと言えるかもしれない。
悪くない状況だ。
交代の隊が来て、三層の探索を引き継ぐことになった。
前半の隊40名は全員一度引き上げて、ちゃんと休んでからまた明日潜ることになる。明日はいよいよ四層だ。
後半の隊は、下の階層には行かず三層の探索を継続する。
グロリアさんの話では、いちおう決まりだから三層も探索するが、魔王はまだ五層にいるか、上がってきているとしても四層だろうとのこと。
上がってこられると都合が悪いなら、あまりのんびりしているのはリスキーなのでは? そう思い質問してみたところ、五層みたいな通常の魔物も強い場所で魔王を討つより、四層まで上げてからのほうが危険が少ないのだとか。
確かに、魔王を倒すったって普通の魔物もいるのだから、それも当然かもしれない。
五層では銀等級ですら足手まといになるのだろうから。
後半の隊は三層の探索を続けるが、魔王が三層に上がってこないかを監視する目的が主であるらしく、ほとんど全員銀等級。
魔王を倒す役目はあくまで前半の隊が請け負うというスタイルなのだ。
実際、前半の魔導銀級や金等級が半分を占める隊の力強さからすると、後半の隊は装備も普通だし少し頼りない感じだ。
「これって、後半の隊の時に魔王を発見したらどうするんだ?」
「層の階段で足止めしてる間に、前半の隊を呼び出すんですよ? 私達も今日はギルドが用意した宿で寝泊まりですね」
「それじゃ後半の隊のほうがリスクがでかいだろ。足止めなんてそう簡単にできるとは思えないし」
「まあ、それはそうなんですが、後半の隊の時に魔王と当たったことって過去にほとんどないんですよ。さっき、四層の下見もガーネットさんたちが済ませてますし。よっぽど理由がなきゃ上がってくることないんですよ」
「なるほどねぇ」
つまり、魔王の生態みたいなものはかなり解明されていて、保険として後半の隊を置いているということらしい。
魔王の中には見つけにくい姿の者もいるとかで、24時間体制が取られるようになったようだが、それまでは普通に12時間ごとの探索だったとか。
いずれにせよ、俺がどうするかは最初から決まっている。
「……悪い、リフレイア。俺は残る」
俺は、二層へ戻る階段の前で立ち止まりそう告げた。
「えっ? でも……」
「魔王が出るまで迷宮からは出ないつもりだ。第二陣にそのまま混じっとくから、リフレイアは一度戻ってくれていい」
残りは3日だけだ。視聴率一位を獲得する為には、ここで惰眠をむさぼっている場合ではない。時差があるから、どのタイミングであっても地球のどこかの地域ではゴールデンタイムなのだ。
最初に魔王が出現したときに、自分が不在だったでは悔やんでも悔やみきれない。
異世界転移から40日と少し。
アレックスが言うには、魔王というものと遭遇したことのある転移者はいないらしい。
いや、討伐記録がなかっただけで遭遇者はいるのかもしれないが……。
いずれにせよ、必ず視聴者は増える。まだ総合1位は取れていない。のんびりしている時間はない。そのために昨日はゆっくり眠ってきたのだ。
俺はあくまでリフレイアのポーターとして参加しているわけだから、あまり勝手なことをすると彼女に迷惑を掛ける可能性があるが、それでも、ここは引くわけにはいかなかった。
クリスタルをスタミナポーションと交換すれば、多少寝なくても活動に支障はない。幸い、引きこもっていた時期に貯まっていたクリスタルがそれなりにある。
「じゃあ、私も残ります。まだ、パーティーメンバーですから」
「でも」
「でももヘチマもありません。私たちはまだパーティーメンバー……でしょう? それに……迷宮に入ったら野営するのって、普通のことですからね、実は。ヒカルが異常なだけで」
リフレイアは少し悩んでから、そう言った。
俺は彼女はそう言うのだろうと思っていた。別に、それを期待して提案したわけではないが、彼女が優しく、そして面倒見が良い性格をしていることは、この短いつきあいの中でもわかりきっていることだったからだ。
「別に無理につきあわなくてもいいんだぞ、ただの俺の我が儘なんだから」
「魔王討伐には審査があって殊勲賞にはかなり大きな手当が出ますから。発見者にも特別褒賞が出ますしね」
俺に気を遣ってか、そんな風に答えるリフレイア。
「そっか。……ありがとう、リフレイア。助かる」
その後、リフレイアは真紅の小瓶のリーダーであるガーネットさんに事情を話して残留の許可をもらった。
探索者なんて、所詮はやくざ者の集団だ。
会社員じゃあるまいし、そこまで規律が求められているわけでもない。
不参加は許されないが、それ以外のことにはかなり寛容だ。
「後半の部の人たちに混じって三層で狩りします?」
「いや、フルーもいないし、階段で休もう」
実際のところ、戦闘による視聴者アップはもうそこまで望めないだろう。それでも、自分一人ならば勝手に四層に降りるなり、三層で戦うなりしてもよかったが、リフレイアが一緒なら無理はできない。
魔王との戦闘に参加することを最大目標に行動しよう。
「じゃあ、戻りましょうか。二層と三層の階段で休むんですよね?」
「いや、四層との間のほうにしよう。あっちなら、もし下層から魔王が上がってきたら、最初に気付けるだろ。……いや、それだと俺ってアレだから魔王を呼び寄せちゃうのか?」
「大精霊様でも『愛され者』の感知距離はそれなりに必要ですし、大丈夫だと思いますよ」
大精霊の愛され者感知距離は100メートルぐらいだ。
実際に大精霊と鬼ごっこをして確かめたわけではないが、神殿の神官にリフレイアが訊いたということだから、確かだろう。
ちなみに、三層から四層への階段は、ゆうに100メートルを超える。はるか下層から俺を求めて魔王が昇ってくる可能性は低いだろう。
……いや、違うな。その展開なら願ったり叶ったりなのだ。
俺は魔王と戦う為にここにいるのだから。