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098 呼び声、そして顕れし魔の化身


 ――……るよ

 ――……わいの……るよ

 ――…………きて……おきて


 いつの間にか寝てしまっていた。

 誰かに声を掛けられて起こされた……はずだったけど、隣のリフレイアはまだ眠っているようだ。


 ――来るよ。

 ――怖いのが来るよ。

 ――逃げて、逃げて、逃げて

 ――怖いのがすぐそこまで来てるよ


 今度はハッキリと聞こえた。

 そして、階下。

 底なし沼のような暗闇の奥から、精霊力の塊のような何かが迫ってきているプレッシャーを感じる。


「リフレイア起きろ! 魔王だ!」

「……えっ、あれっ、私寝ちゃってました?」

「いいから、支度しろ。一度上まで上がる。ここじゃ戦うのは無理だ」

「はっ、はいっ!」


 毛布をシャドウストレージに片付け、外套を羽織る。

 短刀を抜き、戦闘準備を整えつつ、俺達は三層まで上がった。


 階段の前ではアレックス達が火を焚いて眠っていた。

 見張りで一人だけ起きているようだ。たしかジャジャルダンだったか。


「ジャジャルダン! 魔王が来てる! みんなを起こせ! ここで迎え撃つ」

「えっえっ、えっ、魔王!?」


 いきなりの状況に半ばパニックになるジャジャルダン。

 焦って立ち上がった拍子に、傍らに置いてあった「魔王発見時に鳴らす角笛」を思いっきり蹴っ飛ばしてしまう。

 角笛は勢いよく転がり、運悪く階段の方向へ。


「ああっ!」

「マジかよ!」


 角笛は、コーンコーンと残響音を響かせながら階下の闇の中に消えていった。


「ば、バカッ! なにやってんだ!」

「ご、ごめんなさい! だって、急に魔王が出たなんて言うから!」

「魔物は急に出るものだよ!」


 たぶんジャジャルダンは戦闘員ではなく、精霊術専門なのだろう。

 髪の色からすると、水の精霊術士だろうか。


「どうしたどうした! あっ、リフレイアサンッ!」

「えっ!? えっ!?」

「魔王が近くまで来てるから、二人共さっさと支度しろっ!」


 アレックスとカニベールも起きたが状況が理解できていない模様。


「どうします? ヒカル。角笛、降りて探してきたほうがいいんじゃ」

「……いや、もう間に合わないと思う」


 階下からもの凄いプレッシャーが近付いてきている。とても降りていく勇気はない。

 足場の悪いところで魔王と対峙なんて、想像もしたくない。


「ど、どうしよう! 僕が角笛蹴っ飛ばしちゃったから」


 アワアワと動き回るジャジャルダン。


「とにかく人を呼んでこなきゃ拙い。アレックスたちは二層への階段のほうへ走って角笛貰ってきてくれ!」


 三層は霧が深い。そう簡単に他の探索者パーティーと遭遇することはない。

 しかし、魔物と遭遇することはある。

 そして、遭遇してしまったら戦う以外にないのだ。ジャジャルダン一人で、三層の入り口まで行くのは不可能だろう。リフレイアでも難しい。

 可能性があるのは、転移者である俺とアレックスだけか。そして、アレックスが抜けるなら、結局パーティーメンバーごと行ってもらったほうがいい。

 俺はカニベールとジャジャルダンの戦い方を知らないから連携も取れない。


「あっ、ヒカル! それより――」


 いきなり身体を密着させ耳打ちしてくるリフレイア。

 アレックスたちが微妙な表情になる。


「ちょっ、どうしたんだよ」

「……静かに。ヒカルは愛され者だから、魔王を引っ張れるかもしれません。無理に私と二人でここで戦うより、三層入り口まで引っ張ればどうでしょう」

「そうか!」


 問題は距離感だが、大精霊の愛され者知覚範囲は100メートルほどだという。

 魔王もそれくらいの距離なら俺を知覚して追ってくるかもしれない。

 100メートルなら、この霧惑い大庭園でもギリギリ視認できる範囲だ。


「作戦変更! 全員で三層入り口まで移動しよう! 俺とリフレイアが殿を務めるから、アレックスたちは魔物が出たら倒してくれ。なるべく迅速に」

「わ、わかった! ところで、ヒカル。魔王は見たのか? どんなやつだった?」

「まだ見てない! 見える距離まで接近されてたら戦闘になってるだろ!」


 俺は階段から階下を凝視した。


「ダークセンス!」


 魔王がどういうやつかわからないから、一応ダークセンスを走らせる。

 この術の射程は100メートル程度だ。


「いないか……」


 しかし、依然としてプレッシャーは高まっている。


 ――来てるよ

 ――逃げて逃げて

 ――怖いよ食べられちゃうよ


 精霊達が遠くから、あるいは耳元で囁く。

 その声の通り、俺だって早く逃げたい。

 だが、ここで逃げてしまってはダメなのだ。

 視聴率一位をとって、ナナミを生き返らせるには、魔王の姿を見なければ。


 振り返ると全員支度は出来ているようだ。

 さっさと逃げたほうがいいのだが、引っ張る以上はある程度引きつけなければならない。


「アレックス! 入り口への最短ルートは大丈夫か?」

「ああ! 任せとけ。ちゃんと頭に入ってる」

「残っているポイントは?」

「悪い、もらった端から使っちゃってクリスタルもろくにない」

「だよな……」


 俺もクリスタルが48。1ポイントと少し分あるだけだ。

 まあしかし、最悪1ポイントあれば、結界石と交換できる。

 事前に交換しておいたほうがいいだろうか――


 ――来たよ!


 ひときわ大きい声が聞こえて、階下へと振り返る。


(炎?)


 四層へ続く下り階段の闇の中に、チロリと蛇を思わせる炎が踊るのがわずかに見えた。

 その輝きは最初はほとんど点に過ぎなかったが、パッと花が咲くように現れては消え、また現れては消え、次第にその大きさを増しているようだった。

 炎の距離が次第に縮まってきている。


 そして、その炎を発している何かの輪郭が見えた瞬間、背中から冷たい汗が吹き上がった。


「来た! 走れ!」


 もう彼我の距離は100メートルを切っているだろう。

 とにかく、他の探索者と合流しなければ。

 この階層には三つに分けられた3パーティーからなる隊が魔王を探している。

 逆にいえば、それだけ大人数でなければ魔王は対応できないということだろう。


(後半の組は銀等級パーティーがメインと言っていたはず。さっさと角笛で知らせて、前半の強いパーティーを呼んでこないとマズい)


 角笛を無くしたのは痛恨事だったが、今更言っても仕方があるまい。


 銀等級探索者の脚は速い。

 なんといっても、位階の上昇で筋力がブーストされているのだ。


 俺も逃げようと走り出した次の瞬間だった。


 轟ッ! という音と共に渦巻く炎が階段から吹き出し、思わず振り返る。

 距離をとっていたからその直撃を食らうことはなかったが、炎の後に続いて出てきた異形の存在とバッチリ目が合ってしまった。


「こいつが……魔王……!」


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