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さよなら日常、こんにちは運命
さよなら日常、こんにちは運命
片久里
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年06月22日
公開日
8.7万字
連載中
いつも通り家から近いコンビニで食べるものを買いに行く、いわゆるニートの殻崎透。買い物を済ませコンビニから出ると、なにか好奇心を際立てる扉が一枚あった。さっきまではなかったその扉。好奇心のままに近づき、そっとドアを開けると謎の空間に通じていた。さっきあった扉はなく、謎の空間だけが広がる。そして名前も顔も知らない1人の少女と出会い、彼女から伝えられた事は…

第1話「扉を越えて」


「…レジ袋つけてください」


俺はいうなればニートだ。現実から逃げ続けた結果がこれ。


雨の音も、車のクラクションも、コンビニの自動ドアの開閉音も。


全てが俺を嘲笑っているようだった。




俺、殻崎透(からざき とおる)は、レジ袋を片手にコンビニの軒下で雨を眺めていた。時刻は深夜1時。ちゃちゃっとカップラーメンを買って帰る途中、何気なく寄ったコンビニの出口に――それは、あった。




「……なにあれ。扉?」




コンビニのガラス戸のすぐ横に、突然現れたそれは、異様だった。木製で、黒鉄の取っ手と蝶番。まるでファンタジーにでも出てきそうな質感だ。もちろん、さっきまではなかった。




「酔ってんのか、俺……いや、飲んでねーし。つか飲めねーし…」




袋の中の半額弁当がぬるくなっていくのを感じながら、透はそのドアの前に立った。


妙に吸い込まれそうな気配を、嫌というほど感じる。




だが、誰もいない夜中の住宅街に、突如現れた一枚の扉。




触れるなと言われても、こういうものに惹かれてしまうのが、ニートという生き物だ。




「……気になるんだからしょうがないよな」




取っ手に手をかけ、ぐいと押し開けた。


次の瞬間、視界が反転する。




──落ちた。


空間が、地面が、重力さえも、透の存在を許さなかった。




そして、落ちた先にあったのは――






「……なんだこれ。夢か?」




目を開けて第一声でそう呟いた。




真っ暗だった。


ただし、“本当に”真っ暗ではない。




重力がなく、地面もなく、けれどなぜか立っていられる空間に、何千枚という扉が宙に浮かんでいた。




木製、鉄製、ガラス製、骨でできたものまである。形もサイズもデザインもバラバラ。


まるで世界中の“扉”を一つの空間に寄せ集めたかのような奇妙な空間。




「寝落ちしてから、何時間経ってんだ俺……ていうか、夢にしては情報量がえぐいな」




透は現実感を拭いきれないまま、じっとその空間を見回す。感覚が鋭い彼は直感する。これはただの夢じゃない。




「正解。これは“運命選定域”。君の“未来の選択肢”が扉のかたちで並んでいる空間だよ」




突如、後ろから声がした。




振り返れば、そこに立っていたのは――鮮やかなピンクの髪を持つ少女だった。


小柄で、制服のような服装。だが、その目は、透がこれまで出会ってきたどの人間よりも“深かった”。




「君が、選ばれた“媒介”……厄災の器ね」




「その呼び方なに…? ただのニートなんだけど……てかあなたは誰ですか〜…」




「そのうちわかるよ、これから何度も出会うから」




「いやいや…意味がわからん…」




彼女は一瞬だけ、ふっと笑った。だが、すぐ真顔に戻り、指を一本立てた。




「今、世界は一応平和。人間と魔族、天界の種族も仲良くやってる。魔王も、天王も人類も。共存に協力的」




「は?異世界の話?いやまじついていけねぇ…平和なら俺の出番なくね?」




「――それは、表の話」




エリシアは一歩前に出る。




「本当は、“全てを繋げる鍵”が失われている。世界を行き来できる扉、それを制御する力が。君にはそれを起動する資格がある」




「その言い方、どこかで聞いたような……で? その力って?」




彼女は指を鳴らした。




透の胸に、一瞬だけ銀の紋章が浮かぶ。




《固有魔法:ネクサスゲート》


──時空接続。あらゆる世界の“扉”を開く、唯一の魔法。




「君に与えられた魔法だよ。これで“次元”を跨げる。今の世界を選択肢次第じゃ壊すことも救うこともできる。だけどそれはあくまで君の選択次第」




透は額を押さえ、深く息をついた。




「なるほど。とりあえず、事態はけっこうやばいってことはわかった。でも、どうせやるなら面白い方がいいな。何をすればいい?」




「君の内側にいる厄災を封印してほしい」




彼女は嘘を言っているようではなかったが、言っている意味がますます分からなくなった




「君の中に眠る“厄災の使徒”。死ぬ間際君の体に入ったみたいでね。私でも倒すのは不可能に近い、だから仲間を増やしてきてほしい…ん?仲間じゃないな、厳密には協力者」




「はぁ…??よくわかんねぇけど…了解、ピンクの謎美少女さん」




透は、空中の一枚の扉に手を伸ばす。


鍵もない。開け方もわからない。でも──直感が叫んでいた。




「俺にしか、開けられないんだろ?」




「……さすが。“選ばれた器”は伊達じゃないね」




カチリ。




取っ手が回る音。


そして扉が、ゆっくりと、開いた。






もちろん、その裏にある“真実”など、今はまだ誰も知らない。




しばらくすると光が弾けた。




重たい扉が開いた瞬間、透の身体は何かに吸い込まれるように引っ張られた。




重力の感覚、温度の感覚、空気のにおい。


さっきまでの不気味な空間とは違い、今度は──あまりにも「生」の世界だった。




──そして、あの少女はどこにもいなかった。




「……森、か?」




柔らかい陽光が、枝の隙間からこぼれている。


深い緑に包まれた場所。光の筋が地面に降り注ぎ、苔と湿気と草の香りが、透の鼻をくすぐった。




鳥のさえずり。どこかで小川の流れる音。


木々の隙間から、人影が見えた。




「な、なんだよこれ……完全に異世界じゃん……」




一歩、また一歩。


木の根を避けながら進んだ先で、透はそれを見た。




──そこには、小さな村が広がっていた。




小高い丘のふもと。木の枝を編んで作られた屋根、風に揺れる洗濯物、羊の鳴き声。


まるで絵本のような、けれど確かに“生きている”場所。




透が立ちすくんでいると、村の奥から、一人の少年がこちらに気づいて駆けてきた。




「おーい! そこの人、旅人か?」




「あ、いや、旅人っていうか……いや、そうなるのかな……?」




「そっか。だったら歓迎するよ! 久しぶりのよそ者だ、村長も喜ぶと思う!」




少年は耳がとがっていた。


それに、瞳の色が鮮やかすぎる。人間ではない、でも敵意はまったく感じない。




「ここは“ラーヴェ村”。森の精霊たちと共に生きる村だよ。大丈夫、危ないとこじゃない」




ラーヴェ村──




透がこの異世界で最初に踏み入れた場所だった。






---




その夜。




村の焚き火の前で、透はパンとシチューをもらい、村の人々に囲まれて話していた。




人間。エルフ。小さな羽の生えた妖精のような子。


様々な種族が、当たり前のように一緒に暮らしている。




「……本当に、共存してるんだな。魔族とか、人間とか、関係ないのか」




「ん? ああ、昔は違ったみたいだけどね。今は魔王さまも天王さまも、共存を推してるし」




村の誰かが、そう言って笑う。




──だが、透は気づいていた。


その笑顔の奥に、ほんの少しだけ、不自然な“躊躇”があったことに。




ほんの一瞬。


村人の誰かが、“見えない何か”に言葉を選んだような、そんな気配。




(やっぱり……何かあるな)




目を閉じれば、あの少女の声が微かに脳裏に響いた気がした。




「君の中に眠るものが良くも悪くも動くとき…扉の先に広がる運命は変わる。だから“感じて”。世界の綻びを──」








透は火を見つめたまま、静かに呟いた。




「俺は……何を探せばいい?」




その問いに、答える者はいなかった。






──ラーヴェ村での暮らしにも、わずかながら慣れが出てきた。




空気は清らかで、食事は質素だが腹を満たすには十分。


魔族と人間が当たり前に肩を並べる様子に、透は小さな違和感と共に安堵すら覚えていた。




ただ、それが“本当に平和”だと、まだ信じられたわけじゃない。




そんなとき。




村の端の小道で、一人の少女が木々に耳を澄ませていた。


灰色の髪、無表情の面差し。だがその佇まいには、どこか凜とした気配があった。




「……君、何してるんだ?」




声をかけると、少女は静かに振り返った。




「精霊の声を聞いてるの。最近、森がざわついてるから」




そう言った彼女の名は、ノア・フィンリィ。




透が外から来た人間だとは思っていない。ただの“少し変わった旅人”という程度の認識。




「この辺り、昔はもっと静かだった。けど……最近、森の中に“不自然な囁き”が混ざってる」




「囁きって……精霊の?」




ノアは頷く。




「ほんとは、旅人にこんなことお願いしちゃいけないんだけど」




「……なんだ?」




「もし、もし本当に旅の人なら──森の奥の収容区画で、エルフの子が捕まってるの。助けてあげてほしい」




透は息をのんだ。




「奴隷?」




「うん。あの子、“買われた”って噂されてる。でも、村の人はもう見て見ぬふり」




ノアの表情に感情は浮かばない。けれど、声は確かに揺れていた。




「私は、行けない。でも、精霊たちは泣いてる。……あの子、まだ小さいの」




沈黙が、間に落ちた。




透は空を仰ぐ。森を抜けた先に、また知らない何かがあるのだと──胸の奥がざわめく。




(……あの扉のことは誰にも話せない。けど、“何かを変える力”が、俺の中に眠ってるのは確かだ)




「ノア。案内はいらない。その子の場所、俺が探すよ」




ノアは目を伏せ、そっと頷いた。




「……ありがとう。じゃあ、これを」




彼女が差し出したのは、淡い光を帯びた小さな石──“精霊の眠り石”。




「これを近づければ、精霊が道を示してくれるはず。……気をつけて」




「お前もな」




そして透は、一人、森の奥へ向かった。




──知らない土地で、知らない誰かを助ける。


それは、きっと彼が“この世界に来た意味”の一つなのだと、どこかで思っていた。




森を抜けた先──そこはもう“森”ではなかった。




黒く焦げた地面、切り裂かれた鉄柵、瓦礫と化した監獄跡。


かつてエルフたちが囚われていたという収容所は、原形すら留めていない。




(……遅かったのか)




透は《精霊の眠り石》を握りしめる。


その優しい光が、まだ希望が残っていると訴えているようだった。




「精霊って……いるんだな」




ぽつりと漏らしたその言葉。


しかし、それに返す声が、静かに背後から届いた。




「──誰だ?」




鋭く、澄んでいる。だがそれ以上に、肌が粟立つほど冷たい声だった。


反射的に振り返った透の視界に入ったのは、ひとりの女性だった。




長い黒髪。金の瞳。全身を覆う漆黒の衣と、無駄のない立ち姿。


何者かもわからない。ただ、それだけで十分だった。




──“ヤバい”。




理屈ではなく、肉体が、意識が、本能が悲鳴を上げる。


目が合った瞬間、肺が凍りついた。




この空気の重さは異常だった。呼吸すら難しい。


まるで世界ごと、彼女の前に“膝をつかされている”ような感覚。




「……誰だ、お前……」




問いかけた声は、自分でもわかるほど震えていた。


だが、彼女はまったく動じなかった。




「通りすがりの者だが。ここにいた者たちは保護した。管理は私の部下がしている」




「保護……? あの、奴隷にされてたって聞いて──」




「その事実はあった。だから、排除した」




声は一切の感情を乗せずに、事実だけを語るようだった。


その言葉にこそ“怖さ”があった。




(こいつ……何者なんだ)




「……お前、一体何が目的で──」




「それをお前に話す義理はない。だが、お前がこの先何を見るかで、いずれ気づくだろう」




その言葉とともに、彼女がゆっくりと向きを変える。


その瞬間、空間が微かに軋む音がした。




今思えば、原型をとどめていない収容所も、鉄格子も。世界そのものが“斬られた”ような跡だった。




動けない。声も出ない。たったひとつの背中が、あらゆる危険の象徴に見えた。




「──名乗る必要はない。私はただ、“この世界に在るべきものを在るべき形に戻す”」




その背を見送るしかない。


去っていく彼女を、追うことすらできない。




透は、地面に片膝をついたまま、呆然とその場に立ち尽くしていた。




(なんだよ……あれ……化け物じゃねえか……)




一歩も踏み出せない。だが、確かに彼女は言った。




──「保護した」と。




その中に、ノアが言っていた“エルフたち”も、きっと含まれている。


ならば、透が次にすべきは──




(……確認する。どこにいるのか、どうして保護したのか。それを……)




震える膝を叩き、ゆっくりと立ち上がった。




彼はまだ知らない。あの女こそが、この世界の歴史に名を刻む“歴代最強の魔王”──


ステラ・アジャンスタ、その人であることを。



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